THUNDERBOLTED-off(IDOFF/ID:INVADED)
僕は自転車に乗って家に帰る。玄関前に石も戻っている。僕はそれを拾って自分の部屋に行く。石を床に置き、携帯を取り出してお兄ちゃんにビデオ通話をかける。 「何?」 「もっかい実験付き合って」
2020-08-28 18:19:39「いいけど何?石ちゃんに何かするんか?」 「……捨てる」 と石の前で言うことに胸がまだ痛む。 お兄ちゃんは 「ほうか」とひとこと言うだけだ。「何すればいい?」
2020-08-28 18:19:52「このままビデオでこの石写して監視してたらどうなるか確認したくて」 「ほんな俺はただ見てればいいんか?」 「今下降りる。あれやったら俺と替わろ」 「あれ?俺その間携帯使えんのか?」 「困る?」 「別に」
2020-08-28 18:20:05僕は石が写るように携帯を固定し、部屋を出て居間に降りる。 お兄ちゃんの携帯を借りる。 「ちょっとまた出てくる」 「もうすぐご飯やで」 「先食べてて」 「頑張れや」 「うん」
2020-08-28 18:20:18僕は携帯を見つめながら自転車に跨る。が、そのとき足がちょっとタイヤに引っかかって視線を外してしまい、その瞬間に石が来る。 自転車の籠の中に。
2020-08-28 18:20:28その愛嬌に思わず胸が締め付けられ、僕は笑う。 「石を連れて自転車乗り歩いて、普通に暮らせるようやったらよかったんやけどな」 と石を撫でて、本当にそうだったらいいのに、と思う。
2020-08-28 18:20:40でもそんな世界ではないのだ。 僕は石を抱えて家に戻る。 「あれ?もう捕まったんかい」 とお兄ちゃんが言うが、笑っていない。
2020-08-28 18:20:55僕も笑わない。 「やっぱ視線外さんと見続けるなんて無理や。ほやけどホンマ、誰かに動くとこ見られるのだけは避けてるみたいやで、……次は……録画してみるか」
2020-08-28 18:21:09「お。でも石ちゃん、《録画》って意味わかるかな」 「神様ならわかるやろ」 「おーい、石ちゃん」とお兄ちゃんが言う。「今から携帯で録画するで?ビデオを撮るんや。それは後から全部見直せるで、動いたらそれ、映像に残るでな?」 僕はまた泣きそうになる。
2020-08-28 18:21:21こんないじめみたいな感じで石を取り囲みたくなかった。 でもこのまま行く。 これしかないんだ。 お兄ちゃんが新聞紙を居間の隅に敷いてくれたので、そこに石を置く。 「俺らも石ちゃん見てるわ」 「ご飯先食べてて」 「はは。また石と一緒に帰ってくるなや」
2020-08-28 18:21:33ふ、と僕は少しだけ笑って家を出て、自転車にまた乗って出発する。目的も目的地もどこにもない。星の川を渡り、国道を進み、駅を超え、また星の川の流れに沿いながら逆流するようにして堤防を走る。日が暮れる。
2020-08-28 18:21:44携帯がないので時間がわからない。 僕は公衆電話を見つけて自転車を降りる。周囲を見渡すが、石の姿が見つからないのが暗いせいなのかどうかわからない。 電話ボックスの中に入ると、昼間の熱気がこもっていて暑い。虫の声は遠くなる。
2020-08-28 18:21:56「ごめんやけど、石、カメラから外れんようにしながら、誰も見えんところに動かしてもらっていい?」 「いいけど、石ちゃん触っていいんか?」 「いいよそんなの」 「もうずっとお前しか触っていんで」 「そうか」 と言われてみると、他の人に触られて石は大丈夫かなと思ってしまう。
2020-08-28 18:22:23いいんだ。もうそういう気の遣い方は、言ってみれば白々しいんだ。 それに僕しか気を遣っていないんだ。 石のほうは僕に気を遣わないんだ。
2020-08-28 18:22:33「置いた。携帯も石ちゃんに向けたまま録画で置いておけばいいんやな?」 「うん。ありがとう」 「ごめんな、今まで石ちゃんのことお前に押しつけっぱなしで」 「……!?」 思わぬセリフに言葉を失う。
2020-08-28 18:22:47違うんだ、と思う。ある部分僕がすすんで引き受けたことなんだ。そもそも僕が拾ってきた石なんだ。 「ありがとう」 とまた泣きそうになるのを堪えて言う。 でも本当に、僕が悪いんだ。
2020-08-28 18:22:58悪い、か。誰に悪いことをしたって、僕自身に対してだろう。僕は石と一緒にいることを受け入れ、結果他の人を遠ざけた。もっと親しくなれたはずの友達もいたかもしれない。もっと他のことに時間と気持ちを使えたかもしれない。それをできないようにしたのが僕だ。石じゃない。
2020-08-28 18:23:30そうだ。石は悪くないんだ、と僕はハッとする。 石はただ、僕と一緒にいるだけなんだ。 でも僕はもっと生きたいから、自分で拾ってきた石を勝手に捨てようとしているんだ。 そうだ。誰に悪いって、石に対してが一番悪いじゃないか。
2020-08-28 18:23:56息が苦しいほどだ。 このまま帰って石と元通りに暮らしてしまえばとりあえずこの苦しさはなくなるのかと思ったりしてマズい。 シービー。
2020-08-28 18:24:18僕は受話器を取り上げるが、ボタンを0しか押すことができない。 電話番号なんて知らない。 「あはは」 と笑いながら受話器を下ろす。
2020-08-28 18:25:07車が来ないこと、人が近くにいないことを確かめて、僕は電話ボックスの中でズボンを下ろし、チンチンを見る。 怪我はもうほとんど治っている。
2020-08-28 18:25:17チンチンを見たので、そのついでに、って感じでちょっと弄る。電話ボックスは明かりがついていて、周りは暗い田んぼと遠くのスーパーマーケットしかなくて、僕の姿はかなり間抜けだろうが、弄ったら立ったのでささっと擦って出す。
2020-08-28 18:25:28