ハイヌ-ン・ニンジャ・ノーマッド #1
男は肩から矢を引き抜き、囲炉裏の燃えさしにした。それから背中に手を回した。背中にも矢が刺さっていたのだろうか。ここへ運んでくる時に、ユフコはそれに気づかなかった。鏃の根元近くから折れ、それとわからぬほど短くなっていたのだろうか。 23
2020-10-15 21:09:00ユフコはおそるおそる薄眼を開けた。落武者は小さく唸り、背中から黒い塊を引き抜いた。それは黒い鉄でできた星だった。血が僅かに、床に飛び散った。落武者は引き抜いたそれを、囲炉裏の炎の中に放り捨てた。 24
2020-10-15 21:12:00ユフコは目を疑った。それはスリケン。ニンジャが投じるとされる、伝説的な投擲武器であった。だが、もはやニンジャもスリケンも存在するはずがない。遠い、神世の時代の話のはずである。「お侍様、これは……」そう問いながらも、ユフコの視線は落武者ではなく、スリケンに定まり続けていた。 25
2020-10-15 21:12:00スリケンの禍々しい形状はユフコを魅了した。およそこの世に存在してはならぬものが、今、目の前にあるのだ。ユフコは仏陀や祖先への申し訳なさを感じながらも、恐怖ならぬ背徳感に魅了され、片時もスリケンから目を逸らさず、ごくりと唾を飲んだ。 26
2020-10-15 21:15:00さらに信じがたいことが起こった。炎で熱されたスリケンの表面に一瞬、見えない導火線をなぞるように、邪悪な鶏の紋章が赤く浮かび上がったかと思うと、小さく爆ぜ、煙を放ったのだ。 27
2020-10-15 21:18:00後には再び、黒いスリケンだけが残された。鶏の紋章はどこにも見当たらなかった。果たして何が起こったのか、ユフコには皆目見当がつかなかった。 28
2020-10-15 21:21:00(((ドク・ジツの類であったか)))地獄の底から響くような声が、落武者の方から聞こえた。「お侍様、今何かおっしゃい……」ユフコが囲炉裏から視線を戻すと、落武者はもう眠りについていた。やがて、禍々しい鋼鉄の星を灰の中へと覆い隠さんとするように、囲炉裏の炭火は崩れた。 29
2020-10-15 21:24:00