反原発と「愛国」

個人的なつぶやきと、いくつかの反応をまとめました。
政治 原発 ファシスト レジスタンス ネオリベ 愛国 イデオロギー 右翼 小泉 左翼
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bcxxx @bcxxx
今年も終戦の日には靖国神社ではなく千鳥ケ淵の戦没者墓苑にお参りに行きたい。日本をこんなにしてしまったお詫びを言いに。
bcxxx @bcxxx
平日だから行けなさそうだったら前日の日曜に行こう。靖国の狂騒を見なくて済むし。
bcxxx @bcxxx
皆さんにとっての「愛国心」って何ですか?自分の中にはそんなものないなって思ってたけど、311から後、それに近いものを強く感じる。こんな国だけど、自分の生まれ育った国なんだ。
bcxxx @bcxxx
原発反対っていう、大き過ぎることをやってるわけで、それは何のためにやってるかと言うと、自分には子供はいないし、自分のためではなくてやはり日本のためにやってるってことになるんだと思う。それは自分でも不思議だけど、でも自然なことだと思う。
@kidmight_rza
小生にとっては、結局、自分が想像し得る「人」への愛ですね。国も人がいて成立するわけやし。自分がある程度具体的に想いを廻らすことができるのは、自分と関わりのある人。(続く) @bcxxx
@kidmight_rza
(続き)関係が深い人、浅い人、全ての。それは、血縁あるなしではなく。やはり同じ文化や時空間を共有してきた日本人に対しての方が想うことの方が多いし、自然ですから。あとは、そんな人が住む場所、食う物、言葉・・・・・・(続く) @bcxxx
@kidmight_rza
(続き)そんなとこから、自分の中では、愛すべき「国」が朧気ながらも立体的に形づくられています。 @bcxxx
bcxxx @bcxxx
@kidmight_rza 不思議なんですが、自分はあまり具体的な人、身近な人が浮かばないんです。街で通り過ぎる親子の子供の方を見てそう思うことはあっても、その子の親は自分じゃないじゃないですか。あと自分はたまたま周りに恵まれていて、みんな原発に対する意識が高いんですよね。
bcxxx @bcxxx
@kidmight_rza …その人たちは自分で自分のことを守るだろうな、と。なので、具体的な今生きている人たちよりも、変な話ですが、先祖とか、戦争で亡くなった人たちとか、戦争に命がけで反対した人たちが頭に浮かびます。その人たちの霊に申し訳ない、という感覚があります。
@kidmight_rza
もちろん具体的に今、関わりの深い人もそうなんですが、仰るように街で見かける通りすがりの人や、彼らの親とか、これから生まれてくる子とか、そういう時間軸の横断も含めての「人」です。(続く) @bcxxx
bcxxx @bcxxx
@kidmight_rza よく若い人が愛国心について言う時に「自分の身近な人や故郷を守りたい」みたいなことを言うんですけど、そういう思考よりは、もっとほんとの国体とかネイションとかそういうものに近づいていて。ちょっとまずいかなと自分でも思ったりするんですが笑。
@kidmight_rza
小生はひどく不勉強なので、「国家」「国体」「ネイション」というものが、概念以上の何かを想像できない、というか、想像力も乏しいので、幸いながら(笑)、その感覚はないですね。(続く) @bcxxx
@kidmight_rza
この感覚は、小生も非常に強いです。先ほど返信申し上げたのもほぼ同意です。 @bcxxx
@kidmight_rza
(続き)ですので、どうしてもそこに実存する、人や自然に意識がいきます。かといって「身近な人」や「故郷」まで、狭くないというか。(続く) @bcxxx
bcxxx @bcxxx
@kidmight_rza いや、そんなものは概念に過ぎないんで僕の中にもあるわけじゃないんですけど、「日本」と言って漠然と頭に浮かぶものが、凄く強くなってきてるなと思います。言語とか、海に囲まれてるとか、そういうことも大きいんでしょうけど。よその国だと事情が違ったでしょうね。
@kidmight_rza
確かに、敢えて非科学的に言えば「運命的」なまでに特殊な国、というか。だからこそ独自の文化や言動で貫く覚悟が欲しい。いい加減そろそろ。戦後、色々と事情あったにせよ、他と同じように振る舞おうとする、見せ掛けだけでも繕おうとするやり方から脱却すべきやと考えています。 @bcxxx
@kidmight_rza
アメリカの庇護の下、何とか成り立ってる国、みたいな裏の、政治的、且つネガティブな部分だけが「特殊な」のには、ええ加減、飽きました。我慢の限界や。
アイヌ料理の店 ポロンノ @poronno
もちろん逆の立場からすれば、愛国心の名の下に表現されている心情や立場は異なるとは思う。しかし自分としては、この昨日の@bcxxx さんの愛国心にまつわるtweetはとても腑に落ちる。グッと来る。
アイヌ料理の店 ポロンノ @poronno
そしてこれは小熊英二が「民主と愛国」で模索しようとしたテーマそのものであり、とても興味深い心情でもある。類似と思われる言葉や心情は、戦後思想や新聞の投書欄などにも多く見られる。ある意味、福島の惨事は、ある人々にとってはあの敗戦に匹敵するような価値の転換を迫られるものだった。
アイヌ料理の店 ポロンノ @poronno
しかし今の状況は現在進行形の戦争である。
bcxxx @bcxxx
http://t.co/QZoeWXy 小熊英二という人の書いてることにはピンと来る部分も来ない部分もあるが、自分のような人間がそういう心情を抱くのはたぶんもっとシンプルで、母国がファシストによる侵略を受けた時に、いわゆる左翼な人間がどう考え、何をするか、に近いと思う。
bcxxx @bcxxx
毎日、吐き気がするような怒りを感じている。
bcxxx @bcxxx
震災前に『誰がため』というデンマークのレジスタンスの映画を観に行った。その主人公の一人は、街を行進するナチスの隊列を見て実際に嘔吐する。http://t.co/m3UJblL
bcxxx @bcxxx
母国がファシストによる侵略を受けている。この感覚を抱き始めたのは震災後ではない。小泉ネオリベ改革がその輪郭を表し始めた頃だった。
bcxxx @bcxxx
シンプルに考えようや。
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コメント

中村U子 @when_we_cry 2011年7月18日
「ナチスへのレジスタンス」=「左翼」とは限りません。たとえばフランスレジスタンスの英雄であるド・ゴール元大統領を「左翼」と定義する人が、どれほどいるというのでしょう。
中村U子 @when_we_cry 2011年7月18日
左翼と右翼のカテゴライズは不毛ですが、少なくとも「左翼→民権>国権」「右翼→民権<国権」という定義があります。その伝において「愛国的左翼」という言説は牽強付会に他なりません。
中村U子 @when_we_cry 2011年7月18日
私は「左翼」をアプリオリに称揚する訳でもなく、まして「愛国心」を否定するものではありません。ただ今この瞬間、福島在住「国民」への支援を先送り(≒半ば放棄)しているのが、他ならぬ「国家」であることは強調してしたりないと考えています。
中村U子 @when_we_cry 2011年7月18日
「集団による個人の圧殺」は他の国家と同様、あるいはそれ以上に日本でみられることです。そして国家は集団の最たるもののひとつであり、原発事故で苦しんでいる「個人」の存在を捨象する概念であると私は考えます。
ゴイスー @goisup 2011年7月18日
when_we_cryさんの言われる「福島の住民を見捨ててるのは国家」というのは間違いですね。正しくは「政府」です。民間人は決して見捨てず大小様々な支援を足りないながらも懸命に行なっていますよ。「国家」という言葉はその時々の統治システムを表すものではありません。
中村U子 @when_we_cry 2011年7月18日
@goisup そして大多数の「民間人」が震災と津波を「過去のこと」と忘れ去り、福島支援より「自分と家族が被爆した食材を避けること」に戦々恐々としている現状…
岡一輝 @okaikki 2011年7月18日
国と政府と政治家と役人と思想と主義と民族と郷土と血族、みんな違うのでちゃんと区別しないといかんな。
ゴイスー @goisup 2011年7月18日
@when_we_cry そら戦々恐々しますよ。当たり前。なぜそれが民間人が被災地支援を放棄した事になるのか、全くもって意味不明です。「福島の畜産家も大変だよね、被曝したお肉も食べてあげようね」が支援になるとは思えない。
中村U子 @when_we_cry 2011年7月18日
@goisup まず「国と政府と政治家と役人と思想と主義と民族と郷土と血族を区別して論じる」という提案に賛同します。その上で、福島在住の各位を未だ被爆の危機に晒し続けているのは「政府」の無能ですね。(続きます)
中村U子 @when_we_cry 2011年7月18日
@goisup (続き)その無能な「政府」は有権者≒「民間人」(在日外国人など選挙権のない各位もいるので)が選出したものです。私を含む有権者には、そのような愚昧な政府を齎した責任があります。(続きます)
緑川⋈だむ @Dam_midorikawa 2011年7月18日
「愛国」を訴える方々が原発マンセーしてる話がありましたな。「国土をもっともっと放射能で汚染したい」というのが、「愛国戦士」のかたがたの切なる願いなんでしょう(・∀・)
中村U子 @when_we_cry 2011年7月18日
@goisup (続き)問題を単純化することは、却って解決から遠ざかることにつながると私は考えます。たとえば福島周辺に留まっている子供たちの被爆と、その他の地域の子供たちの被爆については、対処法が異なります。(続きます)
ゴイスー @goisup 2011年7月18日
え? そっちいくの? 全然違う話なんだけど
中村U子 @when_we_cry 2011年7月18日
@goisup (続き)リソースには限界があるので、とても悲しいことですが、各種対策には優先順位を付けざるを得ません。福島で高線量に晒されている子供たちへの対策と、市場に汚染食材が出回ることへの対策と…。(続きます)
中村U子 @when_we_cry 2011年7月18日
@goisup (続き)そこで自分と、自分の大切なひとたちを優先することを、私は非難することはできません。私自身も、極限状態に追い詰められれば選択しきれないでしょうから。ただ、ここで再考した方が良いことは。(続きます)
中村U子 @when_we_cry 2011年7月18日
@goisup (続き)いま現在、もっとも危険な状況にある福島周辺、特に子供たちに自己決定権がないことです。そのひとたちの意思に基づいて生命や生活を守るシステムを、未だ日本社会は確立することができずにいる。(続きます)
中村U子 @when_we_cry 2011年7月18日
@goisup (続き)それは今回の事故に始まったことではありません。年齢/性/出自/障害、等々で「多数派」となり得ないマイノリティの声を切り捨ててきた、まさにその矛盾が福島周辺に住む人たちを脅かしている。(続きます)
中村U子 @when_we_cry 2011年7月18日
@goisup (続き)専門書の1冊や2冊では追いつかない複雑な問題を今回の原発事故は孕んでいます。それを「シンプルに考える」ことは、とりも直さずいま被災している人たちを切り捨てることにつながってしまうと私は思うのです。
ゴイスー @goisup 2011年7月18日
自己決定権が無いのはその通りだと思う。専門家でも意見が割れるものをどっちかに寄せる事なんて出来ないし。だったら「分からない」ものとして両面で支援しなきゃ。「シンプルに」動いてる人々も沢山いて、結果も出てるんだよ。義援金にしても避難にしても政府は「シンプルに」動けなかったから滞ってる。もっとも「シンプルに」法令に乗っ取ってやっただけ、と言われてしまうかもだけど。
中村U子 @when_we_cry 2011年7月18日
@goisup そうですね。複雑な社会構造に、ひとは100%対応することは至難です。ひとりひとりはシンプルな行動原理で動くより他ないかもしれない。そして多様性のもと、他者の行動原理を否定や阻害しない…ことを願っています。
中村U子 @when_we_cry 2011年7月18日
@goisup 「国家」を論じるとき、往々にして「個人」が捨象されてしまう。その問題はご理解頂けると存じます。国家のレベルから動くひと、個人の権利擁護の立場から動くひと。各々の利害が一致するならば問題はないでしょう。
中村U子 @when_we_cry 2011年7月18日
@goisup 人間は卑小な生物です。明らかに矛盾を孕んだ原発というシステムを、一部の人々の利害で稼動した為に悲劇が起こっている。その愚を繰り返さないために、行動はシンプルでも志向は複雑性を拒否せずにいたいと思うのです。
hamp@横浜山中 @32hamp 2011年7月18日
@bcxxxさんがシンプルに考えた結果、現実の人の顔が浮かばず、ナチに侵略された国という、シンボル化され全悪が単純化された架空の歴史(自分で想像した過去歴史)の中に共感した、というのが興味深い。 意地の悪い言い方をすると、ヒトラーが政治へ進んだ動機に近いんだよな……
北守 @hokusyu82 2011年7月18日
大日本帝国が、沖縄戦で沖縄の人々をアメリカとの戦争に動員するための理屈だなあと思った。
九郎政宗 🕊️【∃】🌈🚩🖖 @claw2003 2011年7月18日
口に出すと嘘になる。断言すると嘘になる。連呼するたびに嘘になる。他人に強要すると真逆のものになる。たとえば「愛」がそうだ。「愛国心」はもっとそうだ。(@∀@)
yonezu tokuya @mujigedari 2011年7月18日
千鳥ヶ淵参拝か。ふつうに右翼だね。「植民地主義」を隠蔽したがるのも当然だ。
yonezu tokuya @mujigedari 2011年7月18日
1959年にゲバラが来日した際、千鳥ヶ淵に献花を求める日本政府に対して「侵略の兵士を称える施設を訪問するわけにはいかない」と断り、代わりに夜行列車で広島を訪問。
bcxxx @bcxxx 2011年7月19日
千鳥ヶ淵に参拝したら右翼かい。じゃあ福島瑞穂も原水禁も右翼だな。 http://www.peace-forum.com/houkoku/100815.html http://www.gensuikin.org/frm/rprt/090815.html
bcxxx @bcxxx 2011年7月19日
「大日本帝国が、沖縄戦で沖縄の人々をアメリカとの戦争に動員するための理屈だなあと思った。」←これが「糾弾の論理」の典型
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