『本格ミステリの本流』と後期クイーン的問題
- quantumspin
- 1304
- 2
- 0
- 0
いま、『本格ミステリの本流』を読んでいるのですが、渡邉大輔さんの「ポスト・トゥルース化するミステリの果て――『虚構推理 鋼人七瀬』論」が面白いですね。この人の考えている事は、ミステリ評論家のなかでは比較的私と近いところにあるように見えました。
2020-12-12 07:35:22本論では、近年のミステリの特徴を「ヒトとヒトならざるモノ=オブジェクトとの関わりの様子が描かれ」る事として、AIやIoTだったり、現代実在論だったり、社会や思想の変遷と重ね合わせて論じています。
2020-12-12 07:36:26これは拙論「ガウス平面の殺人」で、サイバー・フィジカル・システムや複素平面になぞらえ論じたものに近しいですね。人工物(サイバー)と自然物(フィジカル)が混在する社会における、ミステリ(システム)の可能性のお話。
2020-12-12 07:36:58その上で、「人知では理解できない超常的で非合理的な働きを示す「モノ」(=怪異)の超越に注目する現代のポスト・ヒューマニティーズの哲学は、わたしたちの実存からは失われていたある種の「超越性」(高さ)を回復する契機となりうるだろう」と、井上真偽さんを引き合いに論じておられます。
2020-12-12 07:38:35同じ論点を拙論「本格ミステリの原罪――井上真偽論」では、「リアリズムを追求することで本格ミステリを根源的不均衡に導くこと」として論じたのですが、渡邉さんに言わせればそれは逆なのでしょうね。
2020-12-12 07:39:10本論は「本格ミステリを追求する事によって、リアリズム(神の実在)を回復させること」と論じられている。これはちょうど、「ガウス平面の殺人」でエラリー・クイーンの作風として論じたものに近しいですが、渡邉さんはこれを井上作品に見たという事です。
2020-12-12 07:39:31一方で、近いからこそ違いが気にもなってくるもので、キャラクターの取り扱いについては対照的な印象を受けました。私の場合、キャラクターも人工物の一種と考えるのですが、恐らく渡邉さんは、生身の人間とキャラクターとをあまり区別されていないように感じられます。
2020-12-12 07:42:17例えば『medium』とヒトならざるモノ=オブジェクトとの関係について、渡邉さんは鏡に着目されているのですが、私の場合、もっと端的に、あの大仕掛けそれ自体がなぜトリックとして機能したのか、その理由にこそ、ヒトならざるモノ=オブジェクトの気配を感じています。
2020-12-12 07:42:47あるいは、タイトルにもある「ポスト・トゥルース」について。〝空気〟の問題というのは、業界では伝統的に『インシテミル』を引用する作法が確立されているようで、渡邉さんの文章も前例に漏れずこれを引用するのですが、私にはどうもこの感覚がよくわからないのですね。
2020-12-12 07:46:00「必要なのは、筋道立った論理や整然とした説明などではなかった。どうやらあいつが犯人だぞという共通了解、暗黙のうちに形作られる雰囲気こそが、最も重要だった」 というやつです。
2020-12-12 07:46:49しかし、一方で岩永琴子の推理は「筋道立った論理や整然とした説明」そのものですから、『インシテミル』の引用はあまり関係ないのではないでしょうか。
2020-12-12 07:47:22『虚構推理』を『インシテミル』の系譜として扱う議論は、渡邉さんに限らず、多くの方が行っておられます。法月綸太郎さんの『烏丸ルヴォワール』解説であったり、井上貴翔さんの『〈拡散〉と〈集中〉を超えて』だったり。たしか藤田直哉さんや荒岸足穂さんなども近い事を書いておられた筈。
2020-12-12 07:48:13でも、それってちょっと乱暴な話のような気がしているのですね。実際のところ、『虚構推理』や『ルヴォワール』シリーズの本格ミステリ感て、すごいじゃあないですか。 「筋道立った論理や整然とした説明などではなかった」なんて、とてもまとめられそうにない。
2020-12-12 07:52:13でも、それら作品は、かつて本格ミステリが追求していた「真実」が、何かにとって代わられている。それはいったい、何なのか。『虚構推理』を『インシテミル』を同列に扱い〝空気〟と一言で片づけてしまうと、こうした本質が見えなくなってしまいそうな気がしています。
2020-12-12 07:52:52『本格ミステリの本流』の他の評論では、法月さんが『完全恋愛』論で、まんが・アニメ的リアリズムに言及しているのにも、おお、となりました。これは『法月綸太郎の消息』からの流れですかね。
2020-12-12 15:03:35さきほどの渡邉さんの議論に引き付けると、まさに「わたしたちの実存からはうしなわれていたある種の「超越性」(高さ)を回復する契機」になっているのだと思います。一連の作品を、法月さんも現代実在論を踏まえ書いているわけですね。
2020-12-12 15:07:56拙論『本格ミステリの原罪』のアイデアの多くも『消息』を下敷きにしているので、渡邉さんがヒトならざるモノに注目し、法月さんがブラウン神父やシャーロック・ホームズに注目するのも、根っこは全て同じところにあるのでしょう。
2020-12-12 15:12:59あとは諸岡卓真さんの「待機する犯人――今村昌弘『屍人荘の殺人』論」も、キャラ解釈の議論をなさっておられますね。渡邉さんは同作をヒトならざるモノと扱っていましたから、諸岡さんもキャラクター=人工物と見ているのかもしれません。
2020-12-12 16:04:48本論はどこか、前島賢さんが『セカイ系とは何か』で論じておられた、キャラクターの自己言及性を思い起させられますね。アムロはガンダムという未知なる巨大人型兵器と出会っているが、碇シンジはエヴァンゲリオンという既知のアニメ・ロボットと出会っている、というやつです。
2020-12-12 16:11:48それにしても『本格ミステリの本流』、思ったほど後期クイーン的問題に関する考察が少なく、久々togetterにまとめようかと読みながらつぶやいたものの、この点で新しい発見が得られなかったのは残念でしたね。
2020-12-12 18:02:47