#hamari 今晩は、坊や。元気にしている? 風邪など引いていないかしら。あなたにどうしても訊きたいことがあるのだけれど。二人であの丘に植えたシロヤマブキのことを覚えている? あの種は芽を出して綺麗に咲いたのかしら。いまは人気のなくなったあの丘で白い花は風に揺れているのかしら。
2011-08-03 22:38:24#hamari 今晩は、馬鹿な坊や。二人でよく行ったあのカフェがテレビのニュースで流れていたわ。砕けた硝子がアスファルトに散らばり、あたりには人っ子一人いなかった。あの頃二人で話したことは何も覚えていないけれど。あなたの笑顔だけは覚えている。あなたはもうみんな忘れてしまった?
2011-08-03 22:42:30#hamari 窓の外から悲鳴が聞こえてくる。わたしは扉に七つも鍵をかけて、決して窓は開けない。なにもかも変わってしまった。それでもあなたはいつもと変わらない暮らしをつづける。毎朝一杯のミルクときつね色に焼けたトーストで朝食をとる。馬鹿な坊や。あなたを残して世界は変わってしまった
2011-08-03 22:45:21#hamari 馬鹿な坊や。それでもあなたを愛しているわ。あなたは知らなかったでしょう。わたしがどれだけあなたを愛していたか。この街を出る最終電車の窓からあなたが手を振ったとき、わたしだけはあなたの約束が果たされないことを知っていた。この街はゆっくりと滅んでいく。
2011-08-03 22:46:57#hamari 坊や、もう終わりが近いわ。ジョンソンさんの牧場からは牛たちの鳴き声が聞こえなくなってずいぶんと経つ。五月蠅い蝉の声を聴かずに済むことだけが救いかしら。新聞もとどかないから、わたしには世界がどう狂ってしまったのかわからない。
2011-08-03 22:48:52#hamari 愛しい坊や。これだけは覚えておいて。わたしはあなたを愛していた。この街を捨てたあなたを愛していた。バリケードに隔てられたあなたの住む街にこの手紙は届かないけれど。それでも千ものキスとともにこの手紙をしたためるわ。あなたを愛している。
2011-08-03 22:50:32#hamari さぁ夜もすっかり更けたわ。明日はわたしの死亡通知を手にして市長がわたしの家のドアを叩く。その音が天国のドアをノックする音に聞こえるように、わたしはいまから心の準備をしているのよ。あなたはどこへでも行ける。わたしはこの滅び行く街と運命をともにする。
2011-08-03 22:52:13#hamari さよなら坊や。わたしの墓掘り人夫に穴は深く掘ってくれるように頼んでおくわ。わたしは百二十日ぶりに窓を開けて今夜は夜空を楽しむの。夜も遅くなったわ。もう筆をおくわね。さよなら、坊や。あなたは知らなかったでしょうけれど、わたしはあなたを愛していたわよ。
2011-08-03 22:53:43