徳島県の山の中に「日ユ同祖論」に基づいた研究者が建てた神社がある→神代文字の石柱や三柱鳥居、恵比寿様が祀られているなど盛りだくさん

これはアツい
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幣束 @goshuinchou

「稲飯神社」 徳島県神山町の山の中。二十年くらい前に地元の研究者で資産家の地中孝氏が建てた。 左右の石柱は神代文字の阿比留文字と思われるが微妙に違うっぽい。右は「スエキアワカミ」と読み阿波で信仰される事代主神=恵比寿神の事。左は「トホカミエヒタメ」。 要するに日ユ同祖論の文脈の神社 pic.twitter.com/N3Xe2q3NvZ

2021-06-17 17:04:11
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リンク Wikipedia 日ユ同祖論 日ユ同祖論(日猶同祖論、にちゆどうそろん)は、日本人(縄文人)の祖先が2700年前にアッシリア人に追放されたイスラエルの失われた十支族の一つとする説。 但し、ユダヤ人(古代イスラエル人のうちのユダ族、ベニヤミン族、レビ族)ではなく、ユダヤ人と共通の先祖ヤコブを持つ兄弟民族である。 スコットランド人が滞日中の明治時代に著した論を発端に、一部のユダヤ人によって提唱され日本でも一部の者が唱えている。英ユ同祖論など、ユダヤ人と他民族文化を関連づけて論じる多数あるユダヤ人同祖論のひとつ。 古代イスラエルの12部族と
幣束 @goshuinchou

続き 日ユ同祖論とは要するにユダヤ民族、古代イスラエルの失われた支族の一部が日本に渡来し、日本人とユダヤ人は同祖というものでその中に、四国にソロモン王の秘宝、失われた聖櫃(アーク)があるという話がある。一番有名なのは徳島最高峰の剣山であるが、地中氏はこの神山に秘宝有りと説を立てた pic.twitter.com/larP37dSVf

2021-06-17 21:36:33
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幣束 @goshuinchou

境内の彫刻、鎧を着た人物はイナイ王という人で、秘宝を携えこの神山に土着した古代イスラエルの指導者である。稲飯神社の名はここからである。2枚目はタルシシ船のレリーフ。この帆船に乗ってイスラエルの民はやってきたのだ。四国に。興奮してきたな(サンド伊達) pic.twitter.com/YslcFOhZmJ

2021-06-17 21:40:49
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幣束 @goshuinchou

本殿を覗いておると車が来てお二人男性が来られた。好事家は他にも居られるようで、お一人は以前も参拝したことがあるようで「本殿開きますよ、中入って見た方がええですよ、変わっとーからここ」と教えて頂いた。変わっとるのは私も貴方もお互い様でござる。ありがとうございます。 pic.twitter.com/tDnnIL94Se

2021-06-17 21:44:19
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幣束 @goshuinchou

本殿には恵比寿様が祀られているがこれは神代文字の石柱の通り、スエキアワカミ即ち事代主神であり、地中氏の説ではこの地に土着したユダヤ民族が信奉した航海の神である。徳島はエビス祭りや傀儡のエビス舞等恵比寿信仰が盛んであり、その辺と結びついてるのだろう。天井には世界文明地図みたいなの。 pic.twitter.com/5gpnArHh1C

2021-06-17 21:49:26
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幣束 @goshuinchou

本殿の壁には「神山ウガヤ朝」の復元図。この地に古代イスラエルの血を引いた王朝があったとする在りし日の姿である。 この「ウガヤ朝」即ちウガヤフキアエズ王朝はこの種の古史古伝と呼ばれる超古代史(学術的裏付けの無い古代史、ぶっちゃけて言えば偽書)の世界に於いて超重要なキーワードである。 pic.twitter.com/MikiOz0FLU

2021-06-17 21:56:57
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幣束 @goshuinchou

ウガヤフキアエズ(鵜葺草葺不合命)は日本神話で神武天皇の父であり目立った事績は無いのだが、古史古伝の世界ではウガヤフキアエズは神武以前に王朝を開いた重要な古代の王であり、上記、竹内文書、宮下文書など別々の古伝に記されていてそれが共有されている。その辺りに信奉者は魅了されるのだろう。

2021-06-17 22:03:55
幣束 @goshuinchou

そして、皆大好き三柱鳥居である!京都の木嶋神社(木島坐天照御魂神社)がオリジナルであるが、この神秘的な形状に魅せられて各地に作られたりしている中の一つである。それはスピリチュアル的な、宗教的な意味合いもあるが、この地の三柱鳥居に於いてはやはり日ユ同祖論的な方面での建立意図であろう。 pic.twitter.com/LjPtodstO2

2021-06-17 22:09:34
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リンク Wikipedia 三柱鳥居 三柱鳥居(みはしらとりい)は、鳥居を3基組み合わせたものをいう。 正三角形平面に組み合わされ、隣り合う鳥居同士が柱を共有するため柱は3本である。笠木は井桁状に組まれ、貫は柱を貫かない。神明鳥居を組み合わせたものや、木嶋神社の例のように、笠木に曲線を施したものを組み合わせたものが見られる。
幣束 @goshuinchou

三柱鳥居の京都木嶋神社、太秦の地は古代氏族秦氏が根付いた地であり、秦氏は古代イスラエルの末裔とも景教徒(キリスト教ネストリウス派)とも言われ三柱鳥居は三位一体を表すという言説がある。秦氏が四国に来てアークを、という考えもあり、例えば土佐の戦国大名長宗我部氏は秦氏の末裔を自称している pic.twitter.com/2kGBH7xTgV

2021-06-17 22:20:39
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幣束 @goshuinchou

三方にはそれぞれ扁額が掲げられ、稲飯、ゆうがさん、お稲荷さん、とある。ゆうがさんはおそらく瑜伽神社の事で神山の地にかつてあったらしい三つの神社をこの三柱鳥居にまとめたという事であるらしい。ちなみに稲荷というのもINRIという日ユ同祖的な言説があり秦氏が云々…というのは省略する。 pic.twitter.com/YcoZ27NdpL

2021-06-17 22:27:41
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幣束 @goshuinchou

そういうわけで、当地は近代に於いて花開き今も根強く信奉者のいる日ユ同祖論の一つの聖地であろう。地中氏は既に他界された。ウガヤ王朝が実在したかは定かではないが、その探求した夢の跡は確かにこの地に残されている。 ※地中氏の本はAmazonとかで普通に買えるので興味を持った好事家は是非。終。 pic.twitter.com/hJVyk7Tn7J

2021-06-17 22:37:15
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幣束 @goshuinchou

ハングルに見える、という反応が多くありますが、神代文字の阿比留文字はハングルを基に作られたと言われてるので当然でありましょう。これを持ってたのは対馬の卜部に関わる阿比留氏であり亀卜発祥の対馬文字なんて別の文字も伝えてた(作った?)らしいのでまああれです。怪し(省略) twitter.com/goshuinchou/st…

2021-06-17 22:52:59
幣束 @goshuinchou

あんまそういう決めつけも良くないですが。しかし対馬は場所柄朝鮮半島との窓口であり、亀卜は対馬守護の宗家の命により年に一度は必ず行われ、その年の吉凶が占われその項目の中には朝鮮との交易の良否もあったそうである。土地柄そういう文字が生まれる土壌があったと言えるのではないかな。

2021-06-17 22:57:47
たけぽん @revolvermario

@goshuinchou 日ユ同祖論の正体見たり逆賊朝鮮人としか思えないなあ >神代文字の阿比留文字はハングルを基に作られたと言われてる

2021-06-17 22:58:28
幣束 @goshuinchou

@revolvermario 阿比留文字を真実の神代の文字として大々的に紹介したのは国学者平田篤胤であるというのは知っといて下さい。あと私は朝鮮半島に関してはフラットな見地ですので貴殿の思想は尊重しますが私へのそういうリプはお控え下さい。

2021-06-17 23:04:01
リンク Wikipedia 平田篤胤 平田 篤胤(ひらた あつたね、安永5年8月24日〈1776年10月6日〉 - 天保14年閏9月11日〈1843年11月2日〉)は、江戸時代後期の国学者・神道家・思想家・医者。出羽国久保田藩(現在の秋田県秋田市)出身。成人後、備中松山藩士の兵学者平田篤穏の養子となる。幼名を正吉、通称を半兵衛。元服してからは胤行、享和年間以降は篤胤と称した。号は気吹舎(いぶきのや)、家號を真菅乃屋(ますげのや)。大角(だいかく)または大壑(だいがく)とも号した。医者としては玄琢(のちに玄瑞)を使う。死後、神霊能真柱大人(かむ 31 users
幣束 @goshuinchou

>神代文字は漢字が伝わる前に日本で使われていた文字 という体で国学の隆盛などによって日本の「古代からの在るべき、在ったであろう姿、文化」が探求され、求められた時期に 偽作されたのが神代文字 と説明すれば私の立ち位置はお分かり頂けるでしょうか? twitter.com/sazannkasatuki…

2021-06-17 23:30:30
リンク JapanKnowledge 神代文字|改訂新版・世界大百科事典|ジャパンナレッジ 漢字の渡来および〈かな〉の成立に先だって,上古の日本にかつて行われたと称せられる文字。〈神字〉と書いて,〈かんな〉とも呼ぶ。そのような固有の文字が存在したとする説は,おそくとも室町時代から神道家の間にひろまっており,江戸時代においては,平田篤胤をはじめ国学者のうちに

漢字の渡来および〈かな〉の成立に先だって,上古の日本にかつて行われたと称せられる文字。〈神字〉と書いて,〈かんな〉とも呼ぶ。そのような固有の文字が存在したとする説は,おそくとも室町時代から神道家の間にひろまっており,江戸時代においては,平田篤胤をはじめ国学者のうちに,その存在を主張する者が少なくなかった。一方,伴信友のように,それを否定する者もあって,議論が沸いたが,明治になって後は,学者としてその存在を信ずるものはほとんど影をひそめるにいたった。

幣束 @goshuinchou

神代文字信じる人は信じてそれを証明する為に頑張って探求されればよろしい。それはもうその人の信仰に関わる事なので。信仰の否定はできませんので勝手にやってりゃよろしい。ただ社会に影響悪く侵食してくるようなことになれば困るけど。

2021-06-17 23:33:44
幣束 @goshuinchou

topics.or.jp/articles/-/410… ↑ この稲飯神社の詳細と、これを建てて神山ソロモン秘宝ウガヤ王朝説を唱えた地中孝氏についてはこの徳島新聞電子版の記事が大変よくまとまっているので興味のある方は御一読下され。 twitter.com/goshuinchou/st…

2021-06-17 23:14:56
リンク 徳島新聞Web 徳島ワンダーランド~不思議スポットに行こう!~第4回 神山町下分の稲飯神社【動画あり】 古代ミステリー探訪!ソロモンの秘宝・阿波神山説を追う|文化・芸能|PICKUPニュース|徳島新聞 歴史はロマンだ。歴史文献に載った史実よりも、にわかには信じがたい仮説にロマンをかき立てられることがある。さまざまな解釈を楽しむのも歴史の醍醐味(だいごみ)。徳島には、紀元前に実在したとされる古代イスラエルのソロモン王の秘宝(※注)が神山町に眠っている-という大胆な説が存在する。 1 user