【平和について考えよう】イラク戦争と沖縄米軍基地問題の意外な関係
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ファルージャには、今も米軍かイラク軍の許可がなければ、イラク人であっても立ち入ることができない。車も米軍に登録していなければ、乗り入れることができない。小学校のグラウンドは集団墓地にされた。そこに埋められる遺体は増え続けている。身元がわからないため、墓標がないものも多い。
2010-04-24 20:35:44高遠さんが、昨年ワセックや私と一緒にファルージャを訪れた時の映像を解説中。高遠さんは、日本で集めた募金を元に、ファルージャ郊外サグラウィーヤの診療所を修復した。周囲には、医療機関がなかったため、ファルージャからの避難民にとっては非常に重要なものとなっている。
2010-04-24 20:41:48ファルージャ攻撃の最中、航空自衛隊が運んだ米兵の数は、その前後に比べ飛び抜けている。空自が運んだ米兵の中にもファルージャでの虐殺に手を染めた者もいたのかもしれない。
2010-04-24 20:45:01報告会@宜野湾、完了。珍しいことに主催者参加者全員私より若かった!ワセックは、映像を見るのはもう限界だ。これからはまた私が代弁者になります。沖縄の後は学校訪問だけ。ファルージャの子どもたちの話をします。辛い映像なし。
2010-04-24 23:03:41「米軍基地に抗う沖縄の人々をサポートするために来た」とイラク・ファルージャのワセック。占領される苦しみ、横行する暴力の不条理は国境を越えて共感できるようだ。
2010-04-25 01:47:37明日はチャーターバスに乗って読谷へ。バスの中でワセックがイラクトークします。宗派対立ってホント?とか、イラク戦争があってイラク人は自由になったの?とかそういう話をする予定。それにしても、沖縄寒すぎ。半袖ムリ。
2010-04-25 02:06:55県民大会へのバス内なう。真喜志好一さん「普天間は1980年代に一度閉鎖が決まっていた。それが復活したのは、思いやり予算など日本政府の手厚い米軍支援があったから」
2010-04-25 11:27:29米軍によるファルージャ虐殺の犠牲者の遺体回収したワセック。「あの時の映像はもう観たくない」そりゃトラウマだろう、あれは。
2010-04-25 11:45:18県民大会会場なう。写真家の森住さんと合流。民主党の喜納議員にワセックを紹介。喜納議員はイラク戦争前、バグダッドでデモやってましたね。夜は那覇に戻り交流会。国際通りのスタバ近くの居酒屋レキオス。
2010-04-25 13:43:55この混雑の中、記者会見直後の国会議員の皆さんににワセックを紹介。突撃&短時間ながら、イラク戦争検証をアピールできた!まだ渋滞にはまっているバス多数らしい。大会始まる。
2010-04-25 15:02:13宜野湾市長「世界の例では政権交代で米軍が撤退する確率は80%」「あくまで普天間を押し付けるなら、沖縄から全ての米軍撤退を求めざるを得ない」
2010-04-25 15:37:52沖縄では自民党県連も含め超党派、立場を超えて県民一丸となっている。この熱気、本土のマスコミはどれくらい伝えられるのだろうか?
2010-04-25 16:06:00「授業中でも試験中でも全てを中断する騒音」「延々と続く米軍基地のフェンス。囲まれいるのは基地なのか、私達なのか」普天間高校の生徒のスピーチ。
2010-04-25 16:16:22脱字修正して再掲「授業中でも試験中でも全てを中断する騒音」「延々と続く米軍基地のフェンス。囲まれているのは基地なのか、私達なのか」「ここは日本なのか」普天間高校の生徒のスピーチ。
2010-04-25 16:24:12