針の穴に糸を通すような出来事

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堀井義博 @yoshihirohorii

たびたび書いているような気がするが、俺は見知らぬ人からしょっちゅう声をかけられる。外国にいる時でさえ、どう見たって外国人なのにも関わらず、現地の人や旅行者から道を聞かれたりするほどだ。そんな俺でさえ、未だかつてない、妙ちきりんでちょっと愉快な問いかけを、つい今さっき受けた。

2011-09-03 09:41:53
堀井義博 @yoshihirohorii

そのシワクチャのお婆さんは、最寄り駅に向かって路上を急いで歩く俺の前方から、手招きをしながら面と向かって俺に呼びかけてきた。

2011-09-03 09:46:18
堀井義博 @yoshihirohorii

「ちょっとこの針に糸を通してくれないかしら。見えないのよ。若い人なら出来るんじゃないかしらと思って。」

2011-09-03 09:48:45
堀井義博 @yoshihirohorii

実を言うと、そろそろ俺にも老眼が始まっており、パソコン画面の見過ぎによる慢性的な眼精疲労もあって、手元に焦点を合わせるのに一苦労する。まったくの偶然だけど、つい先日、取れたズボンのボタンを付け直すのに、針に糸を通すのにとてつもない苦労をしたところだった。

2011-09-03 09:54:28
堀井義博 @yoshihirohorii

まったく返す言葉もなく、黙って仕草だけで返事をし、彼女の手から針と糸巻きを受け取り、不思議なことに、一発で針穴に糸を通して、再び無言で彼女の手にそれらを返した。

2011-09-03 09:58:03
堀井義博 @yoshihirohorii

この間10秒かかってないと思う。俺は最初から最後までひとことも発してない。喋ったのは彼女だけで、彼女はいわば「空中に向かってお願い」をし、そこから結果を返してもらった。俺はそこには居なかった。

2011-09-03 10:08:06
堀井義博 @yoshihirohorii

俺はただ、この不思議な事態の、唯一の目撃者だった。俺がそれを目撃していなければ、地球上に、あの奇妙なひとときは存在してないという確信がある。

2011-09-03 10:11:54
堀井義博 @yoshihirohorii

そのくらい、透明で一瞬の、儚く美しい奇跡だった。

2011-09-03 10:13:01
堀井義博 @yoshihirohorii

この出来事は、これまた偶然としか思えない、奇妙な現実的符号によって、カッコでくくられている/いない。

2011-09-03 10:22:40
堀井義博 @yoshihirohorii

具体的に言うと、彼女に針と糸を返した後、俺は最寄り駅に着いたのだが、駅の改札を通るその時に、俺の目の前を歩いていた若い男が、ポケットからSuicaか何かを取り出そうとした際に、携帯電話を路上に落としたのだった。そしてこれと全く同じことが、今度は下車した駅の改札を通る時に起きた。

2011-09-03 10:24:35
堀井義博 @yoshihirohorii

俺に声をかけたあの老女とその出来事が、カッコで括られた〈なかみ〉なのだとすると、俺が電車に乗る前に俺の目の前で男が携帯電話を落とした事が〈 で、同じく下車した駅で別の男が俺の目の前で携帯電話を落とした事が 〉だ。

2011-09-03 10:28:05
堀井義博 @yoshihirohorii

さっき「この出来事は、これまた偶然としか思えない、奇妙な現実的符号によって、カッコでくくられている/いない。」と書いた。

2011-09-03 10:28:52
堀井義博 @yoshihirohorii

つまり〈なかみ〉は綺麗に両〈〉に収まってはおらず、並列され、はみ出している。

2011-09-03 10:30:07
堀井義博 @yoshihirohorii

俺の理解が正しければ、あの老女とその出来事とは、肥大化したリビドーで、突出しており、今朝の俺の実時間と実空間とを完全に支配している。一方、俺の目の前で携帯電話を落とした二人の男とその出来事とは、純粋な形式であり、中身を伴わないシニフィアンである。

2011-09-03 10:45:12
堀井義博 @yoshihirohorii

この上さらに可笑しかったのは、これらの並列的な出来事群を、文字通り "水平的に" 横断して行くメタレベルの作用が働いていた、という事実だ。

2011-09-03 10:49:55
堀井義博 @yoshihirohorii

具体的に書いておくと、あの老婆に声をかけられる数分前に、俺は、自宅のすぐ近所で、今まで俺が見たことのない、珍しい形のブレーキハンドルを装備した一台のピストバイクに目を奪われていた。

2011-09-03 10:55:41
堀井義博 @yoshihirohorii

老婆に針と糸を返して駅に向かう途中で、かつ、例の男が俺の目の前で携帯電話を落とすより前の僅かな間に、先ほど俺が目を奪われていたピストバイクに乗った男が、俺の横を走り去って行った。

2011-09-03 11:09:53
堀井義博 @yoshihirohorii

つまり、彼(というよりその自転車という記号)は、俺の背後からやって来て、一連の出来事を "水平に" 貫いて行った。

2011-09-03 11:11:02
堀井義博 @yoshihirohorii

このピストバイクに関するイベントは文字通りの「キルティング」である。作用としての「キルティング」は、様々な浮遊するシニフィアンの間を "水平に" 横断し、縫い合わせ、これらの浮遊を留め、シニフィアンの意味を固定する。

2011-09-03 11:33:06
堀井義博 @yoshihirohorii

ピストバイクは、実世界における縫い針の役割を、意味世界において代理した。

2011-09-03 11:39:04
堀井義博 @yoshihirohorii

しかも俺の背後からやって来て、俺を "前方に向かって(foward)" 貫き、文字通り "縫い付けて" 行ったのだった。

2011-09-03 13:25:28
堀井義博 @yoshihirohorii

さて、今朝、自分に起こったバラバラの事柄(正確には老婆から「針に糸を通してくれ」と言われたこと以外は全て近くで起こっただけで、本当は俺とは何の関係もなかったのだが)は、何故か全てが特定の意味世界を構築する目的でセットされていたかのように綺麗に収まっていて、妙に納得が行く。

2011-09-03 15:05:29
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