何者にもなれずただ汚くて臭いおじさんになってゆくだけの長い長い人生が、僕の目の前に横たわっていた。

麻布競馬場 @63cities

わざわざ紙で買った宣伝会議3月号に、僕の名前はなかった。僕の中のどこかに眠ると信じた才能。マンガも、音楽も、コピーライターも、何にでも手を出して、何も成し遂げられなくて、何者にもなれずただ汚くて臭いおじさんになってゆくだけの長い長い人生が、僕の目の前に横たわっていた。

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「何をやらせてもうまくやる子」だと小学校の先生は家庭訪問で母に言った。何にでも興味を示し、何でもそこそこうまくやる。上達も早い。でも少し飽きっぽいところがあるから、何か打ち込めるものが見つかるといいですね。いま振り返ると皮肉なほどによく当たる、ひどく皮肉な予言だったなと思う。

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家にはたくさんの賞状があった。習い事の数だけあった。水泳、お絵描き、英会話。母は僕をフジグランのカルチャースクールに片っ端から通わせた。旧帝大を出て地銀に勤める優秀な息子の、何てことのない家の出の短大卒の嫁。近所に住む祖父母の冷たい目。それらの賞状は彼女にとっての賞状でもあった。

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いつでも母と、その向こうにいる祖父母の期待に応えた。勉強も結構できた。小学校の、やけに薄くてペラペラの紙のテストはいつでも満点だった。気を良くした祖父母がお金を出して、中学受験を目指して塾にも通った。でも落ちた。合格発表の日、母は唐揚げをたくさん作ってくれた。黙って全部食べた。

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結局、中高は地元の公立に通った。高校は地元の三番目くらいの学校で、毎朝早起きしてチャリで通った。本当は父の母校に行きたかったが偏差値が足りなかった。父の年収や祖父母の期待を超えられないだろうと次第に分かってきた。畦道をガタガタと走る銀色のアルベルトの上でエナメルバッグが跳ねた。

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自分の人生に久々に期待が持てたのは、受験勉強の憂さ晴らしで描いていた漫画が地元の新聞社の小さな賞に小さく引っかかった時だった。応募総数が20くらいしかない賞の佳作なんてたかが知れているが、何というか、自分の価値のない人生の埃っぽい暗闇に、か細い一筋の光が差したような気分になった。

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自転車の漫画だった。主人公は遠くの高校に自転車で毎日通ううちに気付けばすごい脚力を獲得していて、顧問に無理やり入れられた高校の自転車競技部で才能を開花させるという話だった。描いたのは一話だけだったから、ちゃんと続きを描こううと思った。母親はペンタブを買ってくれた。嬉しかった。

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3話まで描き進めた。それなりのページ数になったから出版社に送ってみようと思った。その月、ジャンプで同じような設定の漫画の連載が始まった。読んだ。レベルが違った。話の作り方も、画力も、センスも、何ひとつ勝てないとすぐに分かった。漫画を描くのはやめた。大学受験に集中しようと思った。

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高校の成績は良かったから、指定校推薦で明治に入った。早稲田落ちの一般受験の連中は見下したような感じでムカついた。父の母校から同じ学部に来た人もいた。彼も早稲田に行きたかったと言っていた。A判定だったと偉そうにしていた。同じ学歴になるんだからコスパが悪い人生だなと思った。

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サークルは、何となく軽音サークルに入った。大手じゃないし、初心者も多くて居心地が良かった。授業とバイトがないときはだいたいボックスにいた。先輩のお下がりのフェンダーを安く譲ってもらった。RADWIMPSのコピーを何曲かやって、オリジナル曲を作った。センスあると褒められた。嬉しかった。

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一年生同士で「ザ・早稲田落ちズ」という名前のバンドを組んだ。ちょうど「出れんの？サマソニ」の応募が始まっていたから、オリジナル曲を演奏した動画をYouTubeにアップした。FacebookやTwitterでシェアもした。サークルだけじゃなくて学部の友達シェアしてくれた。みんな褒めてくれた。嬉しかった。

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サマソニには行けなかった。Twitterで回ってきた、同じ大学の一年の動画を見たらレベルが違った。曲もいいし声も腕もいい。ギターボーカルはイケメンで既にたくさんファンがいた。調べてみたら東京生まれで内部校出身。お父さんは有名なギタリスト。平凡な田舎者には何ひとつ勝てないと思った。

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サークルもあまり行かなくなった。ギターももちろん弾かなくなった。この間の引っ越しで捨てた。何となくゼミに入って、何となく就活を始めた。やりたいことは何もなかった。手当り次第に会社説明会に行った。何となく、父と祖父と同じ銀行にだけは行かなかった。

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電通の説明会で頭をぶん殴られたような衝撃を受けた。ここだ、と思った。汐留の本社の大きなホールは満席。パーカーを着た30歳くらいの社員は明治出身。音楽を諦めて、やりたいこともなくて、何となく電通に入って、コピーライターとして賞をたくさん取った。僕も知っているコピーもこの人が書いた。

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「何も成し遂げられなかったけど、ムダなことなんてなかったなと思うんです」器用貧乏と言われ、何ができるようで何もできないもどかしさ。音楽活動も中途半端にやめてしまった。でも、それでも全てのことには学びがあり、それが今の仕事に繋がったり繋がらなかったりするんですよ。泣きそうになった。

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自分の人生は無価値だと思っていた。価値あることを何も成し遂げなかったから。でも、だからこそ、その溺れそうな時間の中で僕は、何か価値あるものを獲得していたのかもしれない。僕のやってきたことを振り返ると、それらはすべて表現だった。今度こそ、今度は言葉で、誰かを感動させたいと思った。

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ESに僕のすべてを書き記した。怠惰のせいか不運のせいか、収穫には至らなかった数々の僕の才能のリンゴ。地面に落ちて腐って、肥料となって大きなリンゴを実らせる。僕は本気でそう信じていた。あのコピーライターが有名なコピーライターの息子で、メジャーデビューまで行っていたなんて知らなかった。

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今年で30歳になります。電通の本社に行った日のことを今でも思い出すんです。帰りの電車で、実は少し泣きました。書類落ちでした。納得できなくて、あのコピーライターに長文のDMを送りました。何年経っても返ってきません。今は生命保険の会社で働いています。去年郡山から東京に戻ってきました。

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博報堂も、ADKも、それどころか大広も読広も、ベクトルもオプトも、どこにも引っかからなかったんです！郡山はやることもなくて、家でお酒を飲んで、noteに短編小説を書いたりしてたんですが、それも全然伸びません。YouTubeも一本上げてみたんです。すごいでしょう、再生数3回です。うち1回は僕です。

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なんだか、書くのをやめたらその瞬間に、自分のこれからの人生が、なんの価値も期待もないものに感じられる気がして、自傷行為みたいな創作活動をやめられないんです。宣伝会議賞なんて毎年出してるんです。一次すら一度も通りませんでした。今年もたくさん出しました。ひとつも通りませんでした。

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今年で最後にしようと思ったんです。審査員があのコピーライターなんですよ。これで通ったら絶対に泣いてしまうと思ったし、これで落ちたら、もう涙も出ないと思ったんです。文教堂で宣伝会議を買って、我慢できなくてお店を出てすぐ開いて、めくってもめくっても私の名前がなくて。駅で捨てました。

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その時の感情は、いま振り返ると、やっと終わってくれたんだな、という感じでした。もう何も書かなくていいんだなと。今年の宣伝会議賞、何も思いつかないんですよ。思いつくたび、こんな言葉に感動はないなとすぐに忘れてしまう。価値がないものだけは、何度も作ってきましたから。すぐ分かるんです。

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メルカリで「コミュニケーションデザイン」も「なるほどデザイン」も売りましたし、GO三浦とか、ああいう人たちのフォローも外しました。窓際三等兵とかも、目に入るだけでイライラしますからミュートしました。noteのアカウントも消しました。今日はFANZAでも巡回して、早めに寝ようと思います。

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おしまい

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「麻布競馬場の長文連投は実は作り話で私はそれに気付いている」という特殊マウント引用RTが地味に多いな 自分に自信を持つのはいいことだからね