「反証可能性」という言葉をご存知だろうか。 日常生活で使うことはほぼ無いワードだが、(分野ではなく手法としての)科学的な議論の場では常に最重要視される。 反証可能性の有無が「科学」と「非科学」を分けると言ってもいい。
2022-03-13 16:43:37いわゆるネトウヨやQアノン、反ワクチンやロシア擁護の陰謀論者といった人々は、「反証可能性」の概念が全く無いか、あるいは非常に軽視している。 例えば彼らは都合の悪い情報を「捏造」と主張したりするが、その情報が捏造ではないと直接的に証明することは「悪魔の証明」であり、反証可能性は無い。
2022-03-13 16:43:42もしくは逆に、彼らは単なる憶測や仮説でしかないことを、あたかも真実であるかのように主張し拡散する。 一般的に、デマをデマと証明するには多くの時間と労力が必要なのに対し、デマを流すのは非常に簡単なため、多数のデマが同時に流されると全体として反証可能性は失われていく。
2022-03-13 16:43:47彼らの最大の過ちは、「反証可能性が無い状態」を「誰も有効な反論をできない=つまり自分は正しい」と認識していることにある。
2022-03-13 16:43:51「反証できないこと」を「正しい」と認定してしまうことは非常に危険である。 歴史的にも、天動説やフロギストン仮説、エーテル仮説など実際は空虚な議論が数百年ないし数千年にもわたり延々と「正しい」と認識されてしまう過ちを犯した。
2022-03-13 16:43:57ただ、科学は万能ではないことも確かだ。「宇宙人はいない」ということを証明する科学的方法は存在しない。 我々が生活する上で身の周りに起きる問題で言えば、科学的に証明できることよりも証明できないことの方が圧倒的に多い(「なぜ自分の給料が上がらないのか」「なぜ恋人ができないのか」等)。
2022-03-13 16:44:02そういう意味で、例えば宗教や占いなどに関しても「この方法を使うと科学で解決できないことも解決できるんです」と言われれば、それを魅力的に感じる人が少なくないのも当然であろう。
2022-03-13 16:44:08いわゆるネトウヨやQアノン、反ワクチンやロシア擁護の陰謀論者といった人々の唱える憶測や仮説は、まさにそういう需要に応えるものだと言える。 「韓国が悪い」とか「欧米が悪い」と言うことによって、何となく問題解決の糸口を見つけたようなつもりにはなれる。
2022-03-13 16:44:15なお勘違いしないで欲しいのだが、私は「反証可能性の無い議論は科学的に言って意味が無い」と言っているだけであって、「反証可能性が無い仮説は全て誤りだ」と言っているわけではない。 例えば「宇宙人はいない」という仮説は反証可能性が無いが、それは「宇宙人は実在する」という意味ではない。
2022-03-13 16:44:22しかしながら、人類が何らかの知見を得るには今のところ科学的手法を用いるしかないこともまた事実である。 もし人類が魔法によって問題を解決できるなら、「科学か魔法か」を議論することには意味があるだろうが、我々は魔法を使えるわけではない。
2022-03-13 16:44:27先ほど私は「科学は万能ではない」という話をしたが、それでも科学の力によって人類は多くの問題を解決してきた。 それは真に科学的な手法によって「正しい」と結論づけられた知見が極めて強固であるということの証左でもある。
2022-03-13 16:44:32その知見の強固さは、宗教など他の非科学的分野のそれとは全く比較にならない。 全ての人には感情があり、学会のような場でも政治的思惑などが絡み合うことも少なくないが、それは科学的知見という事実そのものを覆せたりはしない。
2022-03-13 16:44:37だからこそ、やはり「反証可能性」から逃げていては正しい結論は得られないし、意味のある議論もできない。 いわゆるネトウヨやQアノン、反ワクチンやロシア擁護の陰謀論者といった人々は、敢えて「反証可能性」から逃げることによって自分の誤りを隠しているとも言えるのである。
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