ツイッター小説「ある女医の青春と学歴」のスピンオフ「ある篤志家の人生と学歴」も内容が濃い

ぼんくらも書いてほしいな
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ゆな先生 @JapanTank

🐣しがない労働者 兼 投資家 億り人 (中華用 六四天安門 法輪功) おすすめふるさと納税はNoteへ

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【ある篤志家の人生と学歴】 「社長、今年やっと年収2000万円になりました」 盆暮れのいつも同じ日に、墓石の前で女性が私に語りかけてくる。 「経験中心の履歴書」「親ガチャ」「遺伝子ガチャ」という単語が飛び交う今、あの女子高生も、立派な大人になった。 あの年の出来事を、今でも思い出す。

2022-08-30 22:48:36
ゆな先生 @JapanTank

私は海なし県の田舎村に長男として生まれた。 父は商売に関心がない金物職人だったが、母は勘定にうるさい商売人だった。 父と母、2人が支え合って商売を営み、私が中学校を卒業する頃には、商売も安定していた。 中学を卒業すると同級生の多くは農家を継いだが、高等学校に進むものもいた。

2022-08-30 22:48:37
ゆな先生 @JapanTank

舗装されていない道路を通って、隣町の商業高校に通った。私の中学では、勉強のできる者は普通科高校、そうではない者、運動が好きな者は商業高校に進んだ。 商業高校の先輩たちは厳しかった。毎日水泳部でしごかれて、3年で随分体と根性が鍛えられた。 卒業後、18歳で父の金物工房に弟子入りした。

2022-08-30 22:48:37
ゆな先生 @JapanTank

金物職人から始まった会社は、金属加工の技術力を上げ工房から工場になろうとしていたが、 父は早いうちに体調を壊し、私が26歳のときに隠居した。 母は献身的に看病したが、私28歳のとき、父は病気でなくなった。 まだ私の町には、小さな診療所があるだけだった。

2022-08-30 22:48:38
ゆな先生 @JapanTank

父が息を引き取った隣町の町立病院の医者からは、​​長年金属を吸い込んだ影響もあるかもしれないと言われ、あなたも健康の知識をつけなさいと言われた。 私は26歳で会社を切り盛りし始めたわけだが、私には学がないのが悩みだった。 私の両親は中卒だったし、私も商業高校に行って部活で体を鍛え、

2022-08-30 22:48:39
ゆな先生 @JapanTank

商業一般、帳簿の勉強をしたに過ぎない。帳簿は特によく勉強した、母が勘定にうるさい人だった影響だ。 私には当時、2つの知識が足りなかった。 1つは、理科の知識だった。 工場には職人が何人かいた。しかし誰も学校を出ていなかった。 金属加工をするのに、化学の基礎知識がないので、

2022-08-30 22:48:39
ゆな先生 @JapanTank

どうしても製品精度や硬度を高める技術開発をすることが出来ずにいた。 もう1つは、外国語の知識だった。 ものを高く買ってもらうには、まだ貧しい日本に限らず、裕福な欧米諸国に輸出する必要があった。 でも貿易の仕組みも何も知らなかった。

2022-08-30 22:48:40
ゆな先生 @JapanTank

最新技術を知るために、外国の技術誌などを読む必要もあったが、私は中学校の担任の山田先生から教わった中学英語をかろうじて覚えている程度だった。 29歳の夏、私は商品を売り込みに海外にでかけることにした。

2022-08-30 22:48:41
ゆな先生 @JapanTank

県庁の商務課の役人に聞くと、まずパスポートを取得しろというが、パスポートなるものが何なのか知らなかったから、村で1人目のパスポート申請をした。 県庁でパスポートを受け取った日、村長が役場に来いというので行くと、パスポートを手に持つ写真をとられ、役場の広報誌に勝手に載せられた。

2022-08-30 22:48:41
ゆな先生 @JapanTank

まだジェット機ダグラスDC-8も就航してなかったしアラスカ経由の航路もなかったので、プロペラ機や船を乗り継ぎ南回りでアジアと中東、欧州を経由して米国に渡った。 最終目的地は米国だ。 世界一大きな国だと聞いて、商売も大きいと思った。

2022-08-30 22:48:42
ゆな先生 @JapanTank

まだ戦争が終わって間がない頃、大卒初任給が月給5000円、うどんは15円で食べれた時代。1ドル=360円の固定レートだった。 アメリカでは何もかもが高かった。 レストランは日本人お断りも多かったし、東洋人だからと罵られ怖い思いもした。私は日本ですらチビだったのに、彼らの体はとても大きかった。

2022-08-30 22:48:42
ゆな先生 @JapanTank

かろうじて入れたレストランも目が飛び出るほど高かったので、場末のハンバーガー屋で食事をとった。 敗戦国の民扱いは、悔しかったし、言葉が出来ず言い返せないのも辛かった。 日本の商社のNY事務所に、同郷の駐在員がいるというので、県庁の商務課に推薦状を書いてもらって、面会を取り付けていた。

2022-08-30 22:48:43
ゆな先生 @JapanTank

当時はまだ人情があった。大きな商社といえど同郷から来た私のような者にも優しくしてくれた。 駐在員からは見込みのある米国企業を紹介してもらった。米国で普及しているというテレックスを操り、電話口で流暢な英語を話すのが、格好良かった。 彼は神戸商業大学(現:神戸大学)に通っていたと言った。

2022-08-30 22:48:44
ゆな先生 @JapanTank

当時は時間が進むのが遅かったから、商談の訪問先が決まるまでNYの街を散策もした。高層ビルに見とれて上を向いて歩いていたら、商社マンから「口があいてますよ」と言われた。 紹介してもらった会社何社かを訪問し、買い叩かれながらもいくつか小さな仕事を試験的にもらうことができた。

2022-08-30 22:48:44
ゆな先生 @JapanTank

日本に帰国後、米国の仕事に熱心に取り組んだ。 貿易書類も書けなかったから、隣町の英文科出身の戸田君のところには何度も通ったし、技術開発では県の大学の冶金科の研究室に通ってアドバイスをもらった。 そこの50代の教授のことを兄のように慕っていたので、私は「五十兄(いそにい)」と呼んでいた。

2022-08-30 22:48:45
ゆな先生 @JapanTank

五十兄の指導は技術開発に大いに役立ったが、彼がなぜこんな田舎で教えているのか疑問に思っていた。 ある日私がなぜこんな田舎にいるのかと聞くと、こう言われた。 「世の中上には上がいるんだ。私はこの世界じゃまだ真ん中だ。 もし会社の技術力がもっと向上したら、東京の先生に聞いたほうがいい」

2022-08-30 22:48:46
ゆな先生 @JapanTank

東京、遠い世界だけど、やっぱり人も技術も集まるんだなあ、と憧れた。 五十兄とその研究員たちからは長年にわたって技術指導を受けた。公務員で金は受け取れないというので、農産物や酒を持ち込んだ。 大の女好きというので、女の世話までしてやった。彼はよくお礼に草大福をくれた。

2022-08-30 22:48:46
ゆな先生 @JapanTank

米国からの試験的な仕事は、相手の期待を上回ったようで、完成製品を輸出することができるようになった。 現地での商流拡大には同郷の商社マンの力を借り、商売は随分伸ばすことが出来た。彼にとっては小さな商売だったとは思う。 日本では貿易や言語での戸田君のちからは大いに役に立ったし、

2022-08-30 22:48:47
ゆな先生 @JapanTank

五十兄教授の技術的支援は助かった。 学問の力とは偉大だな、と思いながら、学のある者とない者の差を痛感していた。 でも彼らは、私を平等に扱ってくれた。私の必死さが伝わっていたのだろうか。 周りの人に本当に恵まれ、商売は順調に成長していった。

2022-08-30 22:48:47
ゆな先生 @JapanTank

ところで、私の会社には、涼子さんという働き者の女性がいた。性格は無骨だが、真面目で勤勉、職人たちからの信頼も厚かった。 涼子さんが3人の子供を産んだすぐ後に夫は病気で亡くなっていて、彼女は女手ひとつで3人の子供を育てていた。 私とおなじ商業高校卒だが、非常に賢い女性でもあった。

2022-08-30 22:48:48
ゆな先生 @JapanTank

当時は賢ければ皆大学に行くというわけでもなかったし、女性は当時進学先は限られていたから、学歴だけで他人の、特に女性の頭の良さをはかることは出来なかった。 私が若い頃勉強のために村の図書室に通っていたときから、彼女をよく見かけた。

2022-08-30 22:48:49
ゆな先生 @JapanTank

彼女はいつ行ってもその図書室にいたし、いつも英語の勉強をしていたのを覚えている。 彼女が子供を産んでからは図書室で見る機会は減ったものの、それでも子供を連れてきているのをよく見ていた。 ある日、貿易で私が強く依存していた隣町の英文科出身の戸田君が、この地を去ると伝えてきた。

2022-08-30 22:48:49
ゆな先生 @JapanTank

彼には海外との仕事ではかなり世話になっていたので衝撃だった。しかしこの地を去る意思は固いという。 仕事を一緒にしていく中で、私と五十兄だけには打ち明けてくれていたが、彼は同性愛者だった。 私も五十兄も気にはしていなかったし、必死に仕事をする仲間としてしか彼を見ていなかった。

2022-08-30 22:48:50