いつわさん(@ituwahako)のTwitter小説 投稿時間はバラバラですけど、上から順に読み進めてください。
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波多間津 留碑霞 @ituwahako

それは、ありふれた大衆食堂。半ドンの言葉のある時代の土曜日。仕事帰りに、その場所ではつと秀子はお昼ご飯を食べていた。店の玄関が音を立てて引かれた。「秀子ちゃん」と入って来た男は、声を発した。晃であった。「こんなものなのね、結局」と、はつは胸の内で呟くのであった。 #音26

2011-10-05 23:19:26
波多間津 留碑霞 @ituwahako

それがきっかけとなり、二人はいつしか付き合い始めた。恋愛の始まりなんてものは、何となくで始まる。他人同士がいつの間にか、近くにとなっている。はつと晃も同じだった。燃え上がる情熱はなく、寂しさを埋め合うのでもない。お互いに居た方がしっくりくると云う、それだけだった。 #音27

2011-10-06 22:25:24
波多間津 留碑霞 @ituwahako

晃の学生生活は退屈なものだった。それは、はつと付き合い始めても変わらず。何か足りないものがある気がして、それを埋める為に生きている。それが晃の日々だった。演劇も、それがきっかけで始めた。その演劇を続けるうちに、はつにと出逢った。空虚感が何かを始まらせた。 #音28

2011-10-09 21:19:39
波多間津 留碑霞 @ituwahako

ある日の舞台の上で、晃は台詞を全て忘れた。照明の中で立ち尽くすのみ。他の役者が機転をきかせてくれて何とか場は収まった。舞台を降りた晃は、酷く落ち込み頭を下にするばかり。「これが潮時かも知れない」と肩を落としていると、足音がした。「まあ、良くある事だよ」と声があった。 #音29

2011-10-10 20:33:34
波多間津 留碑霞 @ituwahako

声の主は、この舞台のホンを書いた男。そう、秀子の兄である幸也であった。振り向く晃に、「たかがセーガクの遊びと、見てる人も思ってるだろうし」と幸也は笑った。脚本を書いた人間にそう言われると、晃の気持ちも和らいだ。幸也の笑顔は妹である秀子にと、やはり似ていた。 #音30

2011-10-11 21:58:14
波多間津 留碑霞 @ituwahako

晃と同学年で一歳年上の幸也は、「俺の書くのは台詞が長いから」と言葉を続けた。立ち上がりながら「俺、オモテから引こうかな」と言う晃に、「ウラはウラで面倒だぞ」と幸也は言った。暫くの遣り取りの後、話は思わぬ方に進んだ。「俺、学校辞めようと思ってるんだ」幸也はポツと言った。 #音31

2011-10-13 00:15:02
波多間津 留碑霞 @ituwahako

「このまま行っても、親父の会社を継ぐだけだしさ」と言う幸也は、少し息を吸い込んだ。静かな空気が流れた。小さな高い窓から、街路灯の青い影が差し込んで埃が舞うのが見えた。「本気でホン書きになるつもりなのか」と、宙を見ながら晃は言った。二人の時間が緩んだ。 #音32

2011-10-14 00:44:25
波多間津 留碑霞 @ituwahako

「なれる自信なんてないよ。でも、試してみたいんだ。」幸也はそう言って、軽く笑った。その軽い笑いに、晃は幸也の将来の成功を予感した。何かを積み上げるよりも、何かを上手く掴み取る。そういう人間に陽があたる、そんな時代が来る気が。「俺は、どうだろう」と、晃は心に問いかけた。 #音33

2011-10-17 23:46:31
波多間津 留碑霞 @ituwahako

不思議な事に晃の心には、暗い想いは広がらなかった。さっき、舞台で台詞を全て忘れたというのに。晃は明るい表情で「おまえがホン書きを本気で目指すなら、俺も役者を続けるか」と、幸也に言った。「それなら余計に本腰を入れなきゃな」と、幸也は晃に軽口を叩いた。時代はまだ重かった。 #音34

2011-10-18 00:11:23
波多間津 留碑霞 @ituwahako

数年後、大学を辞めていたのは晃の方であった。劇団の方は辞めてはいなかった。暖かい古い長屋通りを、はつは一人で歩いていた。その中の一軒に晃は暮らしていた。「ああ、嫌だ嫌だ」と思わず呟きながら、はつは通りの中央に立ち止まり空を見上げた。呑気に飛び行く、春鳥の影があった。 #音35

2011-10-18 21:45:24
波多間津 留碑霞 @ituwahako

見合いの話が勝手に進められていた事に、はつは憤慨していた。理屈では、親の気持ちは分かる。しかし感情が、それを許さなかった。それで仕事にと向かう途中の駅で、衝動的にホームに降りた。その足は自然と、晃の住む古い長屋へと。玄関の引き戸を開けるはつに、「やあ」と晃の声がした。 #音36

2011-10-20 00:57:11