毒親虐待少年が主人公のルネサンス歴史陰謀活劇&宗教詐欺&三種の裁判ミステリ盛り合わせ『The Strolling Saint 彷徨の聖者』

ラファエル・サバチニの未訳作品、1913年刊行の "The Strolling Saint" の紹介。ルネサンスイタリアを舞台にしたジャンル横断ミステリーよくばりセット(おなかいっぱい!)
33
海鷹 @SakrelBahr

翻訳予定はないけど紹介しておきたい作品シリーズ "The Strolling Saint" by Rafael Sabatini (First Published 1913) 16世紀イタリア、ゲルフとギベリン(教皇派と皇帝派)のパルマとピアチェンツァをめぐる争いを背景にした青年の成長譚。 pic.twitter.com/4Kb9mvOt2P

2019-11-03 21:47:40
拡大
海鷹 @SakrelBahr

サバチニはこの前年にチェーザレ・ボルジアの評伝"The Life of Cesare Borgia"と短編集"The Justice of the Duke"、翌年にはスペイン異端審問所初代長官トマス・デ・トルケマダの評伝"Torquemada and the Spanish Inquisition"を刊行。作風の転換期だけあって語ることが多いので何回かに分けて解説。

2019-11-03 21:47:41
海鷹 @SakrelBahr

舞台はボルジア全盛期から約20年ほど後の北部イタリア。架空の小国カルミナの領主で皇帝派だった主人公の父は、1525年のパヴィアの戦いでフランス軍と戦い生死の境をさまよう大怪我をし、その時主人公を身ごもっていた妻は夫の命と引き換えに自分の胎にいる我が子を神と教会に捧げると誓願してしまう。

2019-11-03 21:50:50
海鷹 @SakrelBahr

父が生還してすぐに生まれた主人公は聖アウグスティヌスにあやかってアゴスチノと名付けられ、神への供物として狂信的な母親から俗世と隔離された状態で育てられる事になる。砦の外には出してもらえず、字が読める齢になるとすぐ聖書と"De Civitate Dei contra Paganos"と"Confessiones"を与えられる。

2019-11-03 21:56:00
リンク Wikipedia アウグスティヌス 聖アウレリウス・アウグスティヌス(ラテン語: Aurelius Augustinus、354年11月13日 - 430年8月28日)は、ローマ帝国(西ローマ帝国)時代のカトリック教会の司教であり、神学者、哲学者、説教者。ラテン教父の一人。 テオドシウス1世がキリスト教を国教として公認した時期に活動した。正統信仰の確立に貢献した教父であり、古代キリスト教世界のラテン語圏において多大な影響力をもつ。カトリック教会・聖公会・ルーテル教会・正教会・非カルケドン派における聖人であり、聖アウグスティヌスとも呼ばれる。 23 users 120
海鷹 @SakrelBahr

勉強部屋にはキリストが槍にぶっ刺された磔刑像が置かれてるんだけど、それが苦悶の表情で血を流している鮮やかに彩色された像で、しかも微妙にデッサンが狂ってるという見てるうちに精神にキそうなシロモノ。コワイよう。

2019-11-03 21:58:25
海鷹 @SakrelBahr

訂正:血がダラダラじゃなくて「ぱっくり空いた傷口にクリスタルをはめ込んで強調してる」でした。幼い主人公は見るたび「こわい…」と思ってるけどママ上はいつもそれを恍惚とした表情で見上げているというね…

2019-11-04 17:59:35
海鷹 @SakrelBahr

このママ上、夫や子供が自分の意に沿わない事をしようとすると、怒るんじゃなくて被害者ムーブするんですよ。私は貴方のせいで傷ついた、貴方はなんて酷い人なの…という態度で相手に罪悪感を持たせようとする。自分は神の教えに従って生きてるから絶対正義、一歩も譲らない。すんげー始末に悪いタイプ

2019-11-03 22:01:05
海鷹 @SakrelBahr

大事な跡継ぎをそんな風に抱え込んだ妻にパパ上は怒るし、神に逆らう夫に対してママ上は嫌悪をつのらせる。自分の存在が両親の争いの元になってるから、幼い主人公は当然のように萎縮して自罰的な性格に育っていく。

2019-11-03 22:00:01
海鷹 @SakrelBahr

そんな風に幼い主人公は実母による軟禁洗脳教育で純粋培養されていくんですが、その間も外の世界では政治状況の激変がありまして、パパ上の領地が甥の裏切りで教皇派に実効支配されるわ、教皇クレメンス7世がフランス王と同盟するわで、パパ上は完全に教会ざけんじゃねぇモード

2019-11-03 22:05:15
海鷹 @SakrelBahr

キレたパパ上はクレメンス7世逝去のどさくさで教皇軍に反旗を翻すんだけど、新教皇パウルス3世の庶子ピエール・ルイージ・ファルネーゼ率いる教皇軍と一戦して敗走、教会からは破門され、数年間諸国を逃げ回った末に死んだという知らせが来る。 ここまでが第一部第一章。書くこと多い…

2019-11-03 22:09:04
海鷹 @SakrelBahr

読んでてすげーハラハラドキドキするんですけど、主人公の大活躍にハラドキするんじゃなく「毒親こええ…」「この子ちゃんとした大人の男に成長できるの?」「こんなオドオドした性格で陰謀渦巻く16世紀イタリアで領主としてやってけるの?」でドキドキするというね…

2019-11-03 22:14:40
リンク Wikipedia パウルス3世 (ローマ教皇) パウルス3世(Paulus III、1468年2月29日 - 1549年11月10日)は、第220代ローマ教皇(在位:1534年 - 1549年)。本名はアレッサンドロ・ファルネーゼ(Alessandro Farnese)。イエズス会を認可し、プロテスタント側との対話を求め、教会改革を目指してトリエント公会議を召集した事で知られる。 アレッサンドロ・ファルネーゼはトスカーナのカニーノに生まれる。母は教皇ボニファティウス8世も輩出したカエターニ家の出身であった。アレッサンドロは元々ローマやフィレンツェでウマ 14
海鷹 @SakrelBahr

"The Strolling Saint" つづき ママ上は惨いやり口でメンター役の男性を追い出し、主人公が反抗しようとする度に容赦なく心をへし折りにかかる。こういう母なので主人公は性情報から遮断され、周囲に若い女がいない環境で育ったんですが、思春期というのは万人に訪れる訳でして

2019-11-04 18:04:01
海鷹 @SakrelBahr

主人公はちょっとしたトラブルから偶々助けた下働きの娘をめぐって暴力沙汰を起こしてしまう。知識を与えられなくとも成長するにつれエロスとバイオレンスの衝動は自然に生まれるものですが、ママ上は「せっかく私が邪悪な世界から守って育てたのに!この子には父親の悪い血が流れてるのよー」と絶望

2019-11-04 18:05:29
海鷹 @SakrelBahr

もう母の手には負えない、と判断された主人公はピアチェンツァの学者の処に預けられて、そこで修練院に入る前段階の勉学を修める事になり、遂に生まれて初めて外の世界に旅立ってゆくのですが…という処で四部構成のうち第一部終了。

2019-11-04 18:10:52
  • 子供が大切にしている人や物を傷つけたり捨てたりする際に、自分が一方的にやるのではなく、(実質的には強制だが)子供の同意のもとにやる形をとる
  • 我が子を必死に「性」から遠ざけようとして、それがかなわないと一気に汚い存在扱いして拒絶する
  • 周囲の人間が情理を尽くして説得しても「自分は神の教えに従って正しく生きているから間違ってるのはお前の方」と聞き入れない

ルネサンス時代が舞台の100年以上前に書かれた小説なのに、罪悪感を利用して相手を支配しようとする毒親描写の解像度が高くて震撼しますわ……。

第二部 "ジュリアーナ"

海鷹 @SakrelBahr

"The Strolling Saint" 第二部 さて、毒親の許を離れた主人公。 その前途で彼を待ちうけていたものは…… 「人間の性『悪』なり!」の梶原ワールドだったのです。いやマジで。

2019-11-05 23:10:54
海鷹 @SakrelBahr

プチ留学先の学者の家で様々な人物(中にはアンニーバレ・カロなんてマニアックな実在人物も)と出会う主人公。 享楽的な高位聖職者の姿にショックを受けたり、父を陥れた従兄と遭遇したり。刺激的な人間関係に加え、宗教書以外の文学哲学に触れることで急速に世界が広がっていきます。

2019-11-05 23:12:43
海鷹 @SakrelBahr

世間知らずの純情青年は俗世の毒にあてられ、若く美しい人妻からの誘惑に翻弄された挙句に、学者と不倫妻と高位聖職者の色と打算まみれの三角関係に巻き込まれ、結果的に世話になっていた学者を殺害してしまうのでした。

2019-11-05 23:15:45
海鷹 @SakrelBahr

これもう「牙は初恋を知った。牙は空手を知った。が、より骨身に徹して思い知る。人間の性『悪』なり!(『カラテ地獄変』より)」ですわ… かねてより提唱してきた「ラファエル・サバチニ≒梶原一騎」説を改めて確信いたしました。

2019-11-05 23:17:18
海鷹 @SakrelBahr

ちなみに"The Lost King"でのバッツ男爵の"Men are not good."という科白、ほんとは「人間の性『悪』なり」と訳したかったのですが、日和ってマイルドな表現にしたのを今更ながら後悔しております。 数年後に訳文見直しする時に修正するかな…

2019-11-05 23:18:47
1 ・・ 4 次へ