時刻はもう夜を指している。愛だって、いつもならもうベッドに入る準備をする時間だ。 でも今日は...ちょっとちがう。 厨房の明かりをつけて、そっと棚へ手を伸ばした。手にしたそれは、銀を反射する包丁。
2022-09-11 21:01:45失って気付いたんじゃない。失う前から知っていた。 愛のいのちは皆を輝かせるためにいるからこそ、それのせいで大切な人を殺してしまうことはあってはならないって。なのに、なのにどういうこと?愛のせいでひとり、そしてその人のせいでもうひとり...大切が目の前で壊れていった。
2022-09-11 21:07:12愛は、貴女がいない世界での生きようだなんて思えない。貴女が命をかけて庇った命に縋れる程強かで確かな生存本能は無かったし、そんな生き方、考えたく無いくらい残酷だった。
2022-09-11 21:07:56手中にある便箋がくしゃっと軽い音をたてる。最期のメッセージを遺した貴女は、最初から死ぬ気でいたってこと?愛を置いていなくなることはずっと前から決まってたいた故の手紙なの?
2022-09-11 21:08:45なんで愛なんて庇ったの。 なんでこの手紙を遺したの。 なんで愛に嫌悪を求めた貴女が、先に愛を嫌った貴女がこんなことするの。
2022-09-11 21:09:40包丁を掲げた先は自分の腹部。貴女が感じた痛みを味わってからじゃないと死ねない。元は愛だけが感じるべきものだったんだから。 それこそ誰にも気付かれないようなちっちゃい化け物でもいれば...殺して、ってお願いしたんですが。そんなご都合設定も結局ない。
2022-09-11 21:12:08どうして止めるの、あともうちょっとだったのに。 そう嘆きたいのに愛の口はつぐんだままだった。そうだ、いつもこうだ。愛ってどこまでも情けなく中途半端だから、こんなふうに最後は自分が嫌になる。
2022-09-11 21:17:47「なに、しようとしてたの?」 彼女の表情を見れなかった。落ちた包丁が、ひどく遠く映る。 「...ごめん、ね、つぐちゃん」
2022-09-11 21:18:32視界が歪んだ。 自分なんかが大好きな人に迷惑を、心配をかけている事実だけで吐いてしまいそうだった。 咄嗟に出た謝罪の言葉が、既に言い訳を無くしてしまっていた。
2022-09-11 21:19:02____幼い頃、自分のことをヒーローのようだと讃えてくれた貴女にだけは見られたくない姿。 それを晒した今、包丁を再び拾って死ぬこともできるわけがない。そんな勇気が出ることもない。 「......ごめんなさい」
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