【ある冒険者の酒場】

サザンクロス @Mizuho_K

【ある冒険者の酒場1】朝は情報収集、昼は腹ごしらえ、夜は苦労話と自慢話で、この酒場は賑わっている。多くの冒険者はここから一日が始まり、ここで一日を終える。同じ話題が出ることなどないと思えるくらい雑多な話し声たちに耳を傾けてみると、時として思いがけない何かが飛び込むかもしれない。

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【ある冒険者の酒場2】「本当だって！ 見たんだ！ 幽霊がそこの通りを……」 「それで慌てて戻ってきたのか」 「あんだけ飲んでりゃ幻覚も見るわな」 「見間違い、かなあ……」 「さて対象の確認、害意があれば排除。行くぞ」 「目撃者が増える前に手早くお仕事。それが俺達のモットーだもんな」

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【ある冒険者の酒場3】残念ながら酒の場に喧嘩は付き物だ。しかしこの場には残念に思うものは少なかったようだ。ある者は煽り、ある者は加勢し、ある者はとっくに場を仕切り賭けを始めている。誰も場を収めようとしないのは、一線を越えた先にはマスターによる制裁が待っていると知っているからだ。

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【ある冒険者の酒場4】酒場に軽いどよめきが起きる。トップクラスの冒険者グループが帰還したようだ。 「すげーな、たった三人で老ワイバーンを仕留めたんだってさ」 「俺らじゃオーガだってやっとなのになあ」 「じゃあオークは？」 「それなら多分いけるかなー」 「スライム……」 「無理無理！」

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【ある冒険者の酒場5】あなたが食事をしていると数名の冒険者が駆け込んできた。仲間が負傷したとのことだが、何故酒場に？ しかしマスターは慣れた様子で――しかしウンザリしながら――手当てを始めた。あの冒険者たちはここの料理に解毒草が使われていることを知っていて、応急処置に訪れたようだ。

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【ある冒険者の酒場6】「酒がない？ 酒場に？」 「団体さんが夜通し飲み明かしたからな。誰かがギルドの依頼を受けていれば昼過ぎには届くだろうよ」 「そんな悠長に待てん！ 俺が行く！」 「そりゃありがたい」 「さっきの、一番飲んでた人ですよね」 「酒に飲まれると、あんな風に記憶が飛ぶのさ」

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【ある冒険者の酒場7】特別な理由がない限り、夜も更ければ酒場は閉まる。吸血鬼や人狼などを雇い昼夜問わず営業している店もあるようだが、習慣の差異による苦労話を耳にすると、良いことづくめとも言えないようだと常々思う。溜め息をつきながら、いつものように酔い潰れた冒険者を外へ放り出した。

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【ある冒険者の酒場8】「マスター、厨房借りるよ」 「ちゃんと片付けろよ……いや待て。食材を確かめさせろ」 「信用ないなあ。危ないものはないって」 「この前、幻覚作用のあるキノコを焼いて大騒ぎになったことは忘れてないだろうな」 「楽しかったでしょ？」 「お前を遠慮なくぶん殴れたからな」

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【ある冒険者の酒場9】《ドラゴンの肉　入荷しました》 「ほう、食べてみるか」 「うーん、とにかく固いのでヒトの顎じゃ無理ですね」 「ますます気になるな。一切れでいいから焼いてくれ！」 「こんな小指の大きさでも噛み切れないのか……」 「物珍しさで食べたがるお客さん、よくいるんですよね」

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【ある冒険者の酒場10】「うわ、危ねえな何だこの穴」 「ドワーフ、喧嘩、酔い潰れ」 「把握した。つうかさっさと大工を呼んどけよ。何なら、そのドワーフにやらせりゃいいだろ」 「その当人、巨大な石鎚ごと穴の中で眠りこけてるんだよね～。キミが引っ張り上げる？」 「あー聞こえない聞こえない」

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【ある冒険者の酒場11】「やあどうです？ 酔い止めや二日酔いに効く薬、揃えてますよ」 「おいおい俺たちゃ酔いに来てるんだ、そんなモンいらねえよ」 「はっはっ、そりゃ失礼しました」 （薬師の兄ちゃん、よく効くヤツをくれ。今日の賭けは負けられねえ） （はいどうも。即効性のモノがありますよ）

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【ある冒険者の酒場12】ここを商談や交渉の場とするなら、利が少ない取引や契約、近くに聞き耳を立てている輩の存在に注意を払うこと。それができないなら宿の個室でも使うことだな。相手に酒を勧めて交渉を有利にするつもりが裏目に出たり、横から獲物を掻っ攫われる話なんて珍しくもないからな。

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【ある冒険者の酒場13】「片方は精霊の加護で浄化された泉の水を使った酒、片方はそこらで流通している安酒。違いがわかるか？」 「……明らかに違う。この喉越しと後味の悪さ、これは安酒だな」 「うむ、間違えたのはお前で十人目だ」 「いや待ってくれ、精霊の加護だぞ？」 「思い込みって怖いよな」

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【ある冒険者の酒場14】「今入ってきた客だ。気を向けておけ」 「あの二人組が例の……でもそんな簡単に尻尾を出しますかね」 「手掛かりさえ掴めばいい。根気良くいくぞ」 （誘拐は明朝……日が昇る直前……） （崖側……警備が手薄……） 「こんなとこで堂々と悪事を話すな！」 「うわあ!?」

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【ある冒険者の酒場15】「おい、見ねえ顔だな？」 「……」 「ここじゃ新顔は全員に一杯奢る――」 「ほお、ちょっといいか？」 「何だ俺は酒場のしきたりを……げ、マスター！」 「お前は奢ったことなかったよな？ おいみんな！ コイツが今から一杯奢ってくれるってよ！」 「嘘！ 冗談！ 今のなし！」

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【ある冒険者の酒場16】この酒場は多くの旅人がふらりと顔を見せる。今宵の客も、そんな旅人の一人だった。 「何か自慢の酒はあるかい」 「酒は全部自慢できるが、魔族の口に合うかな」 「『魔王』という名の酒があると聞いたことがあるぞ」 「ああ、飲んでみるかね？（魔族とは何も関係ないんだが）」

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【ある冒険者の酒場17】「お前みたいなヒヨッコはミルクでも飲んでな」 「あ、じゃあ俺も一つ」「私も飲もうかな」「こっちにもくれ！」「俺も俺も」 「あ？ え？」 この酒場で上質なミルクを提供していることは、常連客の間では周知の事実であった。

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【ある冒険者の酒場18】「侵入してきたゴブリンを、誠意を込めて説得して追い返したぞ」 「見事だ。祝杯を挙げよう」 「迷子の子猫を見つけましたわ」 「これは祝杯案件だぜ」 「腰を痛めたおばちゃんの代わりに薬草を摘んできたよ」 「素晴らしい。祝杯ものだな」 （つまり飲む理由がほしいんだな）

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【ある冒険者の酒場19】「ドラゴンのステーキ、ひとつくださいな」 「お前さんじゃ食えんよ」 「ですから、ダマスクスの入れ歯を持参しました」 「しょうがねえな、こっち来い」 「この仕事がどれだけヤバいか、わかってんだろうな？」 「もちろん。僕にはお金が必要なんです。やってみせますよ」

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【ある冒険者の酒場20】「もうちょいとまけてくれよ、魔石三つ出すからさ！」 「仕方ねえ！ あんたにゃかなわんな！」 「あんな調子でまともに交渉できるのかなあ」 「よく見てみな。料理には手を付けても酒はまったく減ってないだろ？ ありゃ互いにギリギリのとこまで腹を探り合ってるんだよ」

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【ある冒険者の酒場21】誰かが歌う。その歌に合わせるように、誰かが即興で楽器を弾く。音色に乗っかるように、誰かが食器を鳴らし、また別の誰かは舞い踊る。唐突な喧騒は微かにマスターの顔をしかめさせたが、それらを止めようとはしない。普段と変わらない今夜の酒場は、少しだけ賑やかだった。

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【ある冒険者の酒場22】「あんた相当デキる奴だね？ 組む相手を探しているんだけど、どうだい？」 「いえ、僕なんか全然駄目な奴で……」 「その強そうな全身鎧は見掛け倒しかい？」 「そうなんですよ。こうしてると絡まれにくくて」 （そんなものを着て平気で歩き回れる奴が、弱いわけないんだよな）