稲川淳二の『つぶやき怪談』(2023.01.31)

稲川淳二 @Junji_Inagawa

翌日、亭主が帰ってきた。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

「おう、けえってきたぞ」 でも返事がない。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

「おうい、けえったぞー！」 返事が、ない。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

「腹が減ってるのになあ」 と思うと、ふっ、声がした。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

「あぁー、今どっかで女房の声がしたなあ」

稲川淳二 @Junji_Inagawa

で、ひょいっ、と、見ると、 戸棚だったんで、

稲川淳二 @Junji_Inagawa

「ああ、じゃあ、あいつが来るまで何か食っとこう」 と思ってガタガタ、ガタガタッ、と開けた。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

途端に、うわっ！ と驚いた。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

戸棚の中に女房の生首がぽーんとおいてあって、 こっち見てるわけだ。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

「おかえり」 って言ったから、

稲川淳二 @Junji_Inagawa

「うわーっ！」 とびっくりして家を出ようとした。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

そうしたら、女房がポーンと飛んできて、 亭主の胸ぐらにガブッと噛み付いて、

稲川淳二 @Junji_Inagawa

「この薄情もん！　女房おいてくのか！」

稲川淳二 @Junji_Inagawa

亭主は怖いから、 「ええーっ！」てんで、わけを聞くと、

稲川淳二 @Junji_Inagawa

実はこういうわけでもって、 それで体食われちゃったと。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

「なにっ！」 それでその鬼婆がこれからまた来る。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

「それじゃあ逃げるしかねえなあ」 って言って、他人の目もあるからって、

稲川淳二 @Junji_Inagawa

たもとで自分のかみさんの生首を隠して、 宿へ泊まりに行って、

稲川淳二 @Junji_Inagawa

それで泊めてくれって泊まりに行って、 「悪いが腹が減ったから、 なにか飯でも出してくんねえか」

稲川淳二 @Junji_Inagawa

言うと、 宿ですから飯が出ますよねえ。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

それで亭主が食い始めると女房が、 「私にも食わしてくれ」って言う。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

しようがねえから、 その生首をこう、前へ置いてねえ。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

それで、自分が食って、 女房がパカンと口開けるから食わしてたという。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

で、自分も食っちゃあ、 女房に食わせるんだけど、

稲川淳二 @Junji_Inagawa

生首だけでもって、 その生首がこうパカンと口開けるもんだから、