嘘つきの天秤

長月笹良 @sasa_sep

#twblnovel おかしいよな、お前が笑ってるなら相手が誰でも関係ないって思うのに、もう一度触りたくなるのはどうしてだ？…酔ってるな榊、退けよ、コンちゃんに怒られる。人のせいにするな、お前は俺と寝たんだ。俺は、答えに詰まり顔を背けると、喉笛に食いつかれた。痛みに悲鳴をあげる。

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#twblnovel 友達の幸せを壊したくなったら、もう友達ではいられない。榊が俺を代弁するスピーカーに変身する悪い夢。一人で身を起こして洗面所に立ち、鏡に己の姿を映す。無惨な噛み痕と泣き腫らした目が、全部現実と告げる。馬鹿正直で偽りのない榊まで歪めさせて、嘘の報いが降ってきた。

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#twblnovel 高校からの腐れ縁の榊は、その子にこの子と目移りしては振られて立ち直って、確かに浮わついて見えた。でも俺は、可愛いあの子のように榊に思われたかった。輝いた瞳で弾むような声で語られる彼女らが羨ましかった。次の望みは、ずっと一番近しい友達。結局それも叶わなかった。

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#twblnovel　幾ら優しい恋人でも、こんなの許さないよな？俺の喉元を貪った唇が酷薄な台詞を吐き、それとは裏腹のくしゃくしゃで情けない表情。悪いけど、彼氏に疑われてくれ。直情な独占欲を向けられ、倒錯してると知りながら痺れるような陶酔を覚えた。だけどもう、御仕舞いにしなくては。

長月笹良 @sasa_sep

#twblnovel 嘘が露見したわけではない、むしろ丸呑みに信じられている。その方がずっと罪深い。架空の恋人、歪んだ欲望、榊の幸せを願ってなどいなかったこと。固めた嘘が重すぎて、今更元には戻せない。携帯の液晶に、不在着信と閉じた封筒のアイコン。榊からも自分からも逃げ回っている。

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#twblnovel …あの時、コンちゃんの言った通りにすればよかった。今からでもすればいいのよ。まだ十分伸びきらない襟足に鋏を入れながら、鏡の中の根津は言う。嘘ついたなら謝って、本当のことを言えば。遅すぎるよ。そりゃ、友達としては遅いだろうけど、あんた達もう友達じゃないでしょ。

長月笹良 @sasa_sep

#twblnovel 見てないかもしれないけど、連絡待ってる。新着から遡って、封筒を次々開けていく。後悔してる。昔に戻りたい。コンちゃんはああ言ったが、友情の修復を望む文面。ごめん、さっきのメールは消してくれ。懇願が不意に紛れ込む。その数分前の最後の一通はたった３文字。『好きだ』

長月笹良 @sasa_sep

#twblnovel あの子の何処がいいんだよと訊くと、決まって榊は理屈じゃないよと答えた。そのくせ、あそこが可愛いこんなに親切だと褒めそやす。賛美されたあの子は実物を凌駕し、俺でも好きになれそうだった。だが、嘘つきで醜い俺を見せたら、いくら榊でも幻滅する。それで詰む。終わりだ。

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#twblnovel 設定では、美容室が定休の火曜日の前日から俺は恋人の家に泊まる。週の頭に飲みには誘われないことを逆手にとった小賢しい脚本。月曜日の終業後、榊の会社の前に立ち、携帯にかけると驚いた声。息を切らせて現れるなり、榊は頭を下げた。ごめん、本当に…もう、駄目かと思った。

長月笹良 @sasa_sep

#twblnovel まず場所を変えようと、榊を促して歩き出す。髪、切ったな。半歩後ろから指摘された。そういうの、タダでやってもらえるのか。足を止めずに振り向くと、何かを押し込めた笑顔が返る。十年続けた俺から言わせれば、まるで様にならない。ああそうだ、俺も、こんな風に滑稽なんだ。

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#twblnovel 通り沿いに小さな公園があった。榊は自販機でコーヒーを買い、一本を俺に寄越す。無糖の黒い缶。榊は甘いミルク入りしか飲まない。俺達は、長く一緒にいすぎたみたいだ。半分飲み残した缶をベンチに置き立ち上がる。月田？慌てる榊を、そのまま聞いてと制す。…全部、嘘なんだ。

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#twblnovel　コンちゃんは恋人じゃない。ぽかんと見上げてくる顔に、困惑が広がる。…どうした急に。お前と寝てもまだ友達ごっこを続ける為に、嘘の恋人を作った。ごっこって何だよ？日が暮れかかり、街灯が影を濃くする。…俺は、お前の友達のふりをしてた。本当は好きだったんだ、ずっと。

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#twblnovel …いつから？高校の時から。榊の表情に混乱と当惑と、確かに喜色が交じり、みるみる萎んでいった。ほとんど初恋だ、気持ち悪いだろう。とっておきの秘密をサービスする。でも、俺が結婚した時、証人になってくれたのに。爪が食い込む程拳を握る。お前の頼みだ、何だってきくよ。

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#twblnovel でも、お前達が末永く幸せであれなんて一度も思わなかった。これが無駄になればいいって、そういう気持ちで届に名前を書いた。それが叶ったから、俺は幸せだって言ったんだ。最も苦しい本音を吐き出し、唇が震えた。榊は声もない。…嘘をついてごめん。言いたい事はそれだけだ。

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#twblnovel 泣くかと思ったが涙は出ない。…月田、呆けたように俺を呼ぶと同時に高い音をたててコーヒーの缶が落ち、飛沫が榊のスラックスに跳ねかかった。うわ、と情けない声が上がる。何してんだ、反射的にポケットのハンカチを差し出した手を掴まれた。そのまま強く引かれる。衝突する。

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#twblnovel 抱き締められて身を捩る。放せ、お前に合わせる顔がない。こうしてれば見えないだろ、屁理屈と強い腕の温みに、未練がましく抵抗は鈍る。なあ、俺と佐知子がうまくいかなかったのは俺達の問題なんだ、月田がどう思おうが関係ないよ。言い切られて頭に血が上る。…関係ないだと？

長月笹良 @sasa_sep

#twblnovel お前が俺に何をしたかわかるか、大事な婚姻届を人にぽんと預けやがって、何度破って捨ててやろうと思ったか。幸せな嘘なら次々続くのに、手前勝手な本音しか残ってない。俺は好きな相手の幸せも祈れない、卑しい奴だ、放してくれ。肩を抱いていた腕の力が緩み、俺の頭を撫でた。

長月笹良 @sasa_sep

#twblnovel 刈られたばかりの襟足をなぞられる。やめろ。両手で押して体を剥がした。だけど、結局書いて渡してくれたじゃないか。そんなの、友達でもなくなるのが怖かっただけだ。俯いた顔を直に覗き込まれる。俺が今、過去を整理できてるのは月田のおかげだ、お前がいなかったら俺は困る。

長月笹良 @sasa_sep

#twblnovel　俺だって、月田とセックスして友達なくしたと思った。急いで酒のせいにして忘れようとした。でもお前可愛かったし、入院中も世話焼いてくれたとか思い出すし。俺としたのに愛されて幸せだって聞かされて訳が解らなくなったけど、俺はもう、お前の彼氏に嫉妬しなくていいんだろ？

長月笹良 @sasa_sep

#twblnovel だから、お前のしたことは何も間違ってない。全てを肯定的に捉える榊の美点。…能天気すぎだ。一等好きだという思いは、悪態となって口をつく。俺はお前を裏切った、要らない嫉妬までさせて。お互いだろ？固くハンカチを握ったままだった手を、今度は優しく取られた。冷たいな。

長月笹良 @sasa_sep

#twblnovel　緊張に強張った俺とは逆に、榊の手は温かく柔らかい。…俺は嘘をついてお前の隣にいた、ズルして手に入れたものは返さないといけないんだ。やっとそれだけ言うと、わかった、今から返してもらうと再び手を引かれた。口あけて。意図が呑み込めず、え、の形に開いた唇を塞がれた。

長月笹良 @sasa_sep

#twblnovel 怯えて引っ込んだ舌を舐められた。丹念に溶かされて息が続かず、苦しさに緩んだ処を絡め取られた。痛い程強く吸われる。子犬の鳴き声めいた音が喉から漏れる。何を。解放されて間近で睨むと、嘘つきは舌を抜かれるだろうと悪戯っぽく笑う。反応したな？腰を支えられて露見する。

長月笹良 @sasa_sep

#twblnovel オスであるが故に欲情を隠せない。榊も同じだと、密着した下肢に教えられる。たまらなくなって背中に腕を回し、コーヒーの匂いの吐息を混ぜ合う。…ここからだと、俺ん家の方が近いな。でも。誘いに尻込みすると額を寄せられた。もういいだろう、俺達は、昔みたいには戻れない。

長月笹良 @sasa_sep

#twblnovel 鞄で前を隠して地下鉄のホームに降り、別々の車両に乗った。間違って痴漢冤罪で捕まったらアウト。榊のマンションに着き、ドアを閉めてようやく息をつくと、壁に体を押し付けられた。ちょっと待て、待たない、争い合うように脱がせて脱がされる。狭い玄関で、靴を履いたままで。

長月笹良 @sasa_sep

#twblnovel 独り身には広すぎる部屋に、榊は高い家賃を払い続けている。初めて入る寝室はベッドが２台置かれ、片方は洗濯物らしい衣類が山になっていた。倒れ込み、喉元を唇でまさぐられる。噛むなよ。…悪かったよ。いや、そういう趣味は先に言ってくれ、心の準備が。お前、ちょっと黙れ。