エリザ氏による、RAFメカニック、タフィー・ホールデン中佐の人生最長の12分間の冒険

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エリザ @elizabeth_munh

いんたーねっとRAFちゃんねる

エリザ @elizabeth_munh

1966年7月22日。縦二列のエンジン配置の超音速機、ライトニング戦闘機が尾部から轟々と噴射炎を発しつつ、滑走路を猛然と走る。キャノピーはなく、搭乗者はノーヘルで、そもそも戦闘機パイロットではなかった。 生涯最長の12分が始まる。 pic.twitter.com/ljf6cTp1lG

2023-09-11 17:28:49
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エリザ @elizabeth_munh

タフィー・ホールデン中佐はRAFライナム空軍基地を拠点とする第33整備部隊の指揮官で、エンジニア、メカニックだった。 この基地と部隊は縮小、解散の過程にあり、整備が終わり次第人も航空機もどんどん他の基地に向かっていったものの、ある事情で解散が遅れる。

2023-09-11 17:32:12
エリザ @elizabeth_munh

それが縦二列のエンジン配置を持つライトニング戦闘機の不具合だった。XM.135と区別されたロット製造番号のライトニングに限って、なぜか離陸途中の加速で電気系統に異常が生じ、計器が使えなくなる。 この原因を探らない限りはライトニングをそもそも飛ばせない。従って部隊も解散できない。

2023-09-11 17:34:21
エリザ @elizabeth_munh

困ったことに加速途中に起こる不具合なので、停止状態ではどうにもならなかった。ライハム基地のパイロット達はライトニングのライセンスを持たない。他基地のライセンス持ちテストパイロットの予定はなかなか空かなかった。 「参ったな。これではいつまで経っても原因を究明できないぞ」

2023-09-11 17:37:19
エリザ @elizabeth_munh

閉鎖途上の基地の悲しさで、上に掛け合ってもなかなか対処してくれない。 「走らせると言っても報告では精々30〜40メートルだ。もういっそ自分でやって見てはどうだ」 投げやりな、と思いつつ、仕方なくホールデンは自力でライトニングを走らせて原因を探ることにした。

2023-09-11 17:39:26
エリザ @elizabeth_munh

走らせてみると実際、電気トラブルが発生して計器が止まる。無線も使えないのでホールデンは基地と手旗でやりとりしつつ走らせたり、止まらせたりしながら原因を確かめる。 「待てよ、このロットの前のライトニングにあって、このロットから消えた配線があったよな。まさか……」

2023-09-11 17:41:47
エリザ @elizabeth_munh

何かを閃きそうになったところ、ホールデンは再び機体を走らせようとスロットルを操作する。 その最中、誤ってホールデンはアフターバーナー(緊急加速)のイグニッションまでスロットルを引き上げた。 途端にライトニングは猛然と加速を始める。

2023-09-11 17:44:18
エリザ @elizabeth_munh

「ぎゃああ!?」 ライトニングは点検のためにキャノピーを取り外した状態で、見る見る増加する風圧が剥き出しのホールデンを襲う。慌ててホールデンはアフターバーナーを切ろうとするものの、正規パイロットでも何でもない彼はその操作に慣れていなかった。 ライトニングの加速は続く。

2023-09-11 17:47:01
エリザ @elizabeth_munh

進路上の燃料タンカートラックをすんでのところで回避し、真上を離陸途中のコメット旅客機が通り過ぎる。やがて滑走路の終着点にライトニングは到達しようとしていた。 その先には悪い事に村があった。 「どうにもならん! 神のご加護を!」 ホールデンは操縦桿を引き、離陸する。

2023-09-11 17:49:05
エリザ @elizabeth_munh

何とか離陸に成功し、アフターバーナーを止める事にホールデンは成功する。しかし状況はむしろ悪くなった。 キャノピーなしにジェット戦闘機の速度で飛ぶホールデンは実際のスピード以上に速度を感じる。この条件で着陸しないとならない。 「こ、こんなバカな事で死ねるか!?」

2023-09-11 17:51:34
エリザ @elizabeth_munh

ホールデンは飛行機を操縦したことがあった。しかしそれは練習用の複葉機で、それも何度も飛んだ訳ではない。彼は整備士なのだから。 「そうだ! こんな時のための緊急射出座席じゃないか!」 シートベルトしててよかったと思いつつ、イジェクションしようとするホールデン。しかし反応なし。

2023-09-11 17:53:34
エリザ @elizabeth_munh

テストモードに設定していたため、射出座席は地上不活性モードにあり、反応しなかった。 「じゃあアフターバーナーも不活性にしとけよ!」 万事休す。ホールデンは覚悟を(強制的に)決めて、航空機で最も難しい操作と呼ばれる着陸にノーヘル、キャノピーなしで臨む。

2023-09-11 17:55:48
エリザ @elizabeth_munh

二度試みたものの、速度と高度が異なっており、ホールデンは着陸を諦めて基地を周回し、三度目のチャレンジに臨む。 「そうだ。ライトニングの着陸速度は150ノットじゃないか。きっと速すぎるんだ」 メカニックとしての知識を唐突に思い出したホールデンは減速し、村を避けて着陸態勢に移った。

2023-09-11 17:58:27
エリザ @elizabeth_munh

過去の練習を思い出し、ホールデンは機体を滑走路に滑らせる。しかし過去に操縦した複葉機とライトニングは着陸のやり方がまるで異なり、後輪に負荷をかける形で着陸したライトニングは滑走路にどっすんと大きく尻餅をつく。 「ぐぇっ!?」 テールストライクを起こし、ガリガリと後尾を引き摺りつつライトニングは減速。

2023-09-11 18:01:41
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エリザ @elizabeth_munh

そして滑走路の終わり手前で何とか停止に成功した。 「大丈夫ですか!?」 通信も出来ず、ハラハラと見守っていた仲間達がたちまち駆け寄ってホールデンは機体から引き摺り出された。ここまで、僅か12分の事だった。 「げ、原因は……」 血の気が引いた顔でホールデンが呟く。

2023-09-11 18:03:50
エリザ @elizabeth_munh

「電気系統異常の原因は、廃止された筈のスイッチの配線がまだ生きてて、そこが加速に伴って電気を帯び、短絡を起こすからだ……」 こうしてホールデンは自らと機体を守り、異常の原因を突き止める事に成功する。

2023-09-11 18:06:14
エリザ @elizabeth_munh

その後の調査で勝手にライトニングを乗り回していた訳ではなかった事が判明したホールデンはお咎めなしとなり、事故を防いだ事が評価される。 「経験豊富なテストパイロットに任せた方が良かったと思うかね?」 空軍元帥に問われたホールデンは一も二もなく頷いた。

2023-09-11 18:09:49
エリザ @elizabeth_munh

ホールデンは休暇を与えられた後軍務に復帰し、以後は真っ当に軍歴を終えた。 人生で最も強烈な12分間を経験したホールデンはさぞ寿命が縮んだと思いきや、90歳まで生きる。後にも先にも、ノーヘル、キャノピーなしで整備士がジェット戦闘機で飛んだなんて例は、恐らく彼くらいでしょう。

2023-09-11 18:12:35
兄浜隼矢 @toshiya_niihama

@elizabeth_munh 読みふけりました 面白かった…… そんなトラブルあったとは……

2023-09-11 20:23:29
たーーーーっ(੭˙o˙)੭ @pD1epkuzfNKcluN

@elizabeth_munh 映画化しても、「実話に基づいたギャグ映画」になりそうですね…

2023-09-11 22:22:42
かーくん @valkyriexb70a2

@elizabeth_munh 軽快な文章、また楽しませてもらいました。 ありがとうございます。

2023-09-11 19:26:00
sonsi @sonsi987654321

@elizabeth_munh JETを降ろす羽目になるって、怖すぎ

2023-09-12 00:26:29
鋼の後継 @0p1QQKkBdmNgSH0

@elizabeth_munh 武勇伝に事欠かないってすごいなぁ

2023-09-11 22:21:00
toshiharu kainuma @palhta

@elizabeth_munh 最後まで読みましたよ 映画に出来そうですね👍

2023-09-11 21:50:39