君にはラテンアメリカの蜃気楼が見えるか~南米諸国に輸出されたミラージュ戦闘機達の話

鍵垢になってますが、相変わらずだらだら読んでます。 今回の元ネタ本:Latin American Mirages https://www.amazon.co.jp/dp/0982553943/ 出版は2010年と古いですが、たのしい情報盛りだくさんです。
軍事
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下呂子(げろこ) aka でゅらちん @Geroko
【Latin American Mirages: Mirage III / 5 / F.1 / 2000 in Service with South American Air Arms/Sant →bookmeter.com/b/0982553943 #bookmeter
下呂子(げろこ) aka でゅらちん @Geroko
というわけで、どう考えても恐ろしい事がいっぱい書いてありそうな沼(ラテンアメリカのミラージュ戦闘機)の本に向かうぞ
下呂子(げろこ) aka でゅらちん @Geroko
ラテンアメリカのミラージュ本、目次からこんなでカタギ要素が全くない pic.twitter.com/cxuCSPJoL0
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下呂子(げろこ) aka でゅらちん @Geroko
めも:ラテンアメリカに初めて売却されたフランスのジェット戦闘機は、1970年代にエルサルバドルとホンジュラスに売却されたイスラエルの中古機のウーラガンとシュペルミステールであった(航空黎明期はフランス機はラテンアメリカに沢山あったが、ジェットの時代には米英に完敗状態だったそうです
下呂子(げろこ) aka でゅらちん @Geroko
1960年代に、ラテンアメリカ諸国はその時に飛ばしていたF-80やらミーティアやらの後継機を探し始めたが、当のアメリカがベトナム戦争でいっぱいいっぱいで、F-5はあってて良いなと思ってたけど売ってもらえなかったと この時期に米国からまとまって変えたのはアルゼンチンのA-4ぐらい
下呂子(げろこ) aka でゅらちん @Geroko
めも:六日戦争でイスラエルのミラージュIIIが超絶圧勝するまで、ラテンアメリカでは殆ど知られていなかった(しかし、フランスは望めば売ってくれると言う事が知られ…ww) 俺的超重要:ラテンアメリカ最初にミラージュをオーダーしたのはペルー(1967年、ミラージュ5)
下呂子(げろこ) aka でゅらちん @Geroko
@Geroko ペルーに引き続き、その2年後にはアルゼンチンとブラジル(両方ミラージュIIIE)、1971年にコロンビア(ミラージュ5)、73年にベネズエラ(IIIEと5)…そして78年にアルゼンチンはネシェルを買うと
下呂子(げろこ) aka でゅらちん @Geroko
@sudo_simoigusa アメリカがいっぱいいっぱいの時のニッチにがっつり食い込んだんですね…
下呂子(げろこ) aka でゅらちん @Geroko
この辺とか .@M36_darjeeling ニキあたりが狂喜乱舞しそうなネタだなw めも:ラテンアメリカで砲火の洗礼を最初に受けたミラージュはコロンビアの機体で、1970年代に共産ゲリラへの戦いに投入された 次いで実戦を経験したのはペルー(1981年、エクアドルとの国境紛争
下呂子(げろこ) aka でゅらちん @Geroko
@Geroko ただし、この時のペルーのミラージュ5Pはかなりの数のCAPを飛んでいるんだが、一発も撃っていないし撃たれてもいないのだそうだ
下呂子(げろこ) aka でゅらちん @Geroko
めも:ラテンアメリカで最初にミラージュF1を導入したのはエクアドル(1978)、その次にエクアドルが買ったのはクフィルC2(1981) なお、ミラージュ2000を最初に導入したのはペルー(1986) 最後に第1世代のミラージュを買ったのはチリ
下呂子(げろこ) aka でゅらちん @Geroko
@Geroko 最後に「ミラージュ」の名を冠する戦闘機をラテンアメリカで買ったのはブラジル(2005年、2000C/Bの中古機)
下呂子(げろこ) aka でゅらちん @Geroko
アルゼンチンの章が始まった アルゼンチンは1960年代中頃、ブエノスアイレスの防空をミーティア×20機でやっていて、他にセイバーを持っていたと 流石にアレなので後継機を検討、F-100(陳腐化しててアレ)とF-4(アメリカが売却拒否)だった
下呂子(げろこ) aka でゅらちん @Geroko
アルゼンチンがこの時同時に検討したのはE.E.ライトニング、ミラージュIII、ドラケン、F-104であったと(F-5も最初は候補に入っていたが、明らかに他の機体とは劣るために候補から外されたそうだ) ペルーやブラジルやベネズエラやコロンビアがミラージュに走ったのを見て買ったそうだ
下呂子(げろこ) aka でゅらちん @Geroko
めも:アルゼンチンは、当初100機!!!ものミラージュをライセンス生産しようとしていた しかし予算不足からこれが50機に減り、ライセンス生産そのものも無しになり…
下呂子(げろこ) aka でゅらちん @Geroko
レーダー無しはDのみでした(ノーズ参照) RT @Geroko: めも:アルゼンチンはミラージュIIIE(複座)/IIID(単座)を購入してるが、アルゼンチン空軍の要求によりドップラーレーダー『無しで』契約 pic.twitter.com/O6jQdE0Tgb
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(もちろんタイプミス、IIIDが複座でIIIEが単座です)

下呂子(げろこ) aka でゅらちん @Geroko
@Geroko なおミラージュIIIEの値段は1機9992700フラン、IIIDの値段は9406810フランだったそうだ
下呂子(げろこ) aka でゅらちん @Geroko
@Geroko 最終契約は訓練・スペア付きで123151580フラン(2800万米ドル相当)だったそうです
下呂子(げろこ) aka でゅらちん @Geroko
めも:1971年に、アルゼンチン空軍はイスラエルへミラージュIIIの使い方の情報を学ぶべく使節団を送り込んでいる
下呂子(げろこ) aka でゅらちん @Geroko
AMDって略語が"Avions Marcel Dassault(ダッソー・ブレゲーになる前の社名、マルセル・ダッソー航空機会社)"出出てきて脳が混乱する
下呂子(げろこ) aka でゅらちん @Geroko
アルゼンチンにとってのミラージュは、水平飛行でマッハ1を超え、シラノIIレーダーのおかげで自立した(GCIに頼らない)要撃が出来、AAMが撃てる最初の機体であったそうだ
下呂子(げろこ) aka でゅらちん @Geroko
めも:アルゼンチンは7機で2億2400万フランで、追加のミラージュIIIEAを1977年に契約している ホントは新造ミラージュだけで100機欲しかったがそんなおかねはないので、26機のネシェルをイスラエルから買ったそうだ
下呂子(げろこ) aka でゅらちん @Geroko
@Geroko 最終的には、アルゼンチンは1972~82年までに92機のミラージュ/ダガー(アルゼンチンでのネシェルの名前)を購入し、(多分ラテン)アメリカ最大のデルタ翼機オペレーターになったそうだ
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コメント

今日が終わりの始まりの日 @__blind_side 2016年10月14日
コロンビアがイスラエルに対し代金の一部を石炭で支払ったというくだりを読んだ時、コロンビア革命軍が武器の類い購入する時に葉っぱで支払う姿を想像してしまいました。
三十郎 @sanjuro2 2016年10月25日
下呂子さんの興奮が伝わってくる楽しさw
空弁者 @scavenger0519 2019年7月22日
1995年に富裕層向けツアーに紛れ込んでアルゼンチンとチリを訪ねた。行く途中、というか米国に着いた時に阪神淡路の震災を知った。アルゼンチンの国内用空港・国際空港問わず、行った先々の空港の客用ロビー各所にアクリルケースがあり戦闘機パイロット用ヘルメットが飾られていた。日本人観光客のオジサマ・オバサマ方はその意味が判らなかった様子。まぁ興味もないのだろう。「何故飾られているの?」もなく。
空弁者 @scavenger0519 2019年7月22日
アルゼンチンは南米の国々の中で最初に「白人国家である」と自称した国。なんて傲慢なウエメセの言葉だろう。だけれどマルビナス紛争をしたときに他の南米国家がみんなアルゼンチンを応援してくれた。戦争には負けたけれどアルゼンチンは心を入替えた(人も多かった)。
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