障害者用グループホームの開設が中止された話が投稿される→ツイフェミ「トランス女性の女性スペース利用問題と似ているかも」

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障害者用グループホームの開設が中止された話

岸田奈美|Nami Kishida @namikishida

【弟のグループホームが歓迎されなくて、家族じゃなかったらよかったと思った日のこと】 電話が鳴った。 弟が入居する予定の、グループホームからだった。 「もしもし、お姉さんですか」 「はーい!ちょっと聞いてくださいよ!ありましたよ!車!セレナ!ほぼ新車!7人乗り!」 グループホームに贈るつもりで車を買ったことを、ここで明かした。 ドヤァ! 「えっ、はっ……ええ……!?」 反応が予想と違う。 いやな予感がした。 「あの、それはもう、本当に、ありがたいです……」 「どうしました?」 「ええ、あのですね、お姉さんのお耳に入れておきたいことが」 基本的にわたしのお耳には普段、右から左に抜けていくザルの役目しか持たせてないので、動揺した。 「近隣住民の方から、グループホームに強い反対がありまして」 「反ッ!?対ッ!?」 仮面ライダーの変ッ身ッくらい、にスタッカートを刻んでしまった。 「反対っていっても、ほんの一部で!ほとんどのみなさんはそんなことなくて」 グループホームは、物件の契約や支払いをとっくに終えて、家具を運び入れている。自治体にも承認された。近隣住民の方々への説明も、物件の管理会社を通して、終わったのではなかったのか。 開設は来月からだぞ。 今さら、反対なんて。 「自分たちが住んでいる地域に障害者がいるなんて、気持ち悪いし、トラブルがあったら怖いから、といわれてしまって……」 気持ち悪い。 まったく予想できない言葉ではなかった。昔っから、言うてくるヤツはおったしな。なんも知らんねんからしゃーない。 けど、まさこのタイミングで言われると思っていなかったので、絶句してしまった。 ものすごく言いづらそうにしている管理人さんによると。 グループホームがある地域は、鉄道の駅からも離れていて、緑でいっぱいの閑静な住宅街だ。 先日通りがかったとき、お庭にブランコが置いてあって、うらやましいなァ〜と思った。 休日はウッドデッキのハンモックで昼寝したり、バーベキュー。パパ張り切っちゃうぞ。 反対をしている住民の方も、そんな時間を楽しみにして、マイホームを建てたのだろう。 「反対のご意見に『うちは庭でバーベキューをするんです。障害のある人って、お肉とかをジーッと見るでしょう?家族も怖がるし、困るんですよ』っていうのもあって」 おおおおおおおお肉とかを!? ジーッと!? 見る!? 見るわけないでしょうが! 弟との日々を思い出す。 すたみな太郎の焼き肉コーナーで皿いっぱいに生肉を盛る弟。マクドへ行くと自分の分を早々にたいらげ、姉がお楽しみに最後までとってるナゲットを眺める弟。元町中華街の広場に置いてある肉まん持ったブタの人形を、なで続ける弟。 見……る……わけ……ある……かもな……? 混乱してきた。 いや、うまそうな肉があれば見てしまうのは、はじめ人間ギャートルズの時代から続く人間の性である! なにも強奪しようってんじゃないんだからさ。 っていうか、あれだろ。バーベキューなんてさ、食うものが食わざるものに見せつけて、ナンボなところあるんじゃないの?(※社交性がなさすぎてバーベキューをろくにやってこなかった大人のハードコア偏見) それにグループホームで精進料理ばかり食べるわけじゃない。夕飯に肉が出るし。 よその肉ばっか、ジーッと見んやろ。 庭でバーベキューやってる家があったとしても、ジロジロ見ないように、とルールを作れば済む話ではないのか。 す、済む話ではないのか!? はじめ人間ギャートルズに出てくるマンモスみてえな肉を焼いてたとしたら、ちょっと自信ない。そんなもん見たいに決まってる。 「障害者を見ると怖がる子どももいるし、間違いがあったら困るから、グループホームの周りを壁と柵で見えないように囲って、カギをつけてほしい……っていうのが、あちらの希望です」 弟を? 3年間、中学校に通いながらずっと、通りがかるコンビニの店員さんたちにあいさつをしていた弟を? うまく喋られないのにそれだけで仲良くなって、コーラの買い方を教えてもらった弟を? すれ違ういろんな人から名前を呼んでもらい、まんざらでもなさそうにペコッとしてにやける弟を? 誰にも見られないように、柵のなかに入れて、カギをかける? 胃の端っこのあたりがギュンッと掴まれたようになった。 隣に座っていた弟が、言った。 「なみちゃん、どしたん」 空気を読む。 相手の感情に寄り添う。 弟が、前向きにこの世界で生きていこうとして、26年かけて、開花させた才能。 どうしたんやろうね。 わたしはきみに、これ、なんて説明したらええんやろうね。 涙がにじんだ。 電話の向こうに言う。 「ほんで、もう、カギつけるしかないんですか?」 「いいえ。それをしたらもう、あかんと思ってます。それはもう、暮らす、ってことじゃないです」 グループホームに入居するのは、障害があっても、親元を離れて、誰かを助けたり、助けられたりしながら、生きる力を身につけたいと願う人たちなのだ。 わたしの弟みたいに。 「行政にも相談したんですけど、住民とグループホーム、どっちかだけの味方はできないから、まずは話し合いで解決してほしいと」 話し合いで解決できんかったらどうなるんだろう。拳か。バーベキュー闘争か。やったるで。 「法律的にはどうなんです?弁護士に相談するとか」 〜♪ Ladies and gentlemen of the jury…I rest my case……リーガル・ハァイ!デッデデデー♪ 「あっ、それはもちろん、もう相談していて。グループホームの開設は自治体からもう許可が降りてるし、裁判になっても、負けないかと」 「よかった」 「いやー……でも、裁判になったらもう、おたがい敵じゃないですか。勝っても負けても。そうなったら暮らしにくいでしょうし」 「あっ」 「裁判はやっぱり、できないですよ」 わたしは己の浅はかさを反省した。 「とにかく、明日にでもくわしい話をわたしが聞いてきますわ。せっかくええ車を見つけてもらったのに、こんなことになってすんません」 「管理人さんはなんも……あっ、わたしも話しに行きましょか?」 「お姉さんがですか?」 「やっぱ、家族の話があった方が説得力あるかもなんで」 正直、ちょっとだけ下心が出た。 わたしは、ニュース番組のコメンテーターをしているのだ。 わが田舎における信頼株が急上昇したのを実感している。虎の威を限度額いっぱいまで借り、近隣住民を説得するだけに留まらず、マジックを点灯させてセリーグ優勝まで狙う魂胆である。 「ちょっと、相手がどういう方がまだわからないので、一度わたしが聞いてみて、どうにもならなかったら、お姉さんを頼らせてください」 電話はそこで終わった。 送迎車を探してくれた山本社長が、わたしのことを心配そうに見ていた。母のボルボを改造してくれた恩人だ。 「ごめんなさい、商談の途中で」 謝ったら、ドバドバドバッと涙がこぼれた。 受け取ったばかりのセレナのパンフレットが無残に濡れた。 弟はぶっとい手でわたしの背中をさすりながら 「だいじょうぶ、だいじょうぶ。ごめんなさい」 とつぶやいた。 なんで、きみが謝るんだい。 送迎車の契約は、もう少し待ってもらうことになった。 飛ぶように売れてしまう希少車なので、迷惑をかけてしるのはわかっていた。 別府で泊まるホテルまで、送ってもらいながら、山本社長がぽつりと言った。 「こんなんばっかですよね。本当に」 「こんなんとは?」 「僕もね、障害のある人が運転できるように車を改造してるんですけど」 山本社長のニッシン自動車工業関西は、改造を専門にしている。 日本全人口のたった7%ほどしかいない障害のある人のうち、自分で車が運転できる人なんて、わずかだ。 苦しい商売だけど、成り立っている。それだけ山本社長を頼って、全国から障害のある人が車の改造を頼むのだ。 「こないだも、わざわざ遠くの県から若い女の人が来てくれて。両手が動かないから、足だけでハンドルもブレーキも操作できるようにしようって。実際できるんですよ。メッチャうまい。どうしても車が乗りたくて、ものすんごい練習しはってたんで」 うちの母は両足が動かないから手で運転するのだが、彼女と同じ気持ちだった。とてもよくわかる。 運転できることのありがたさを身にしみて知っているから、母は10年以上、ほぼ毎日乗っているが無事故だ。 「いざ車を申請しようってなったら、免許センターで断られた。運転はたしかに上手くて、安全だとしても、前例がないからって。おかしいでしょう!」 「どうしたんですか?」 「むちゃくちゃ腹が立ってね。何回も免許センターに行って、設計図とか安全仕様とかのプレゼン資料作って、えらい職員さんを集めてもらって、説明したんです。そしたら免許証が交付されて」 「うおーっ!」 「人間が線引きしてるから、ひっどい理不尽だらけですよ。ほんまに。けどね、岸田さん」 山本社長の声が震えていた。 「人間やから、諦めずに何度も話したら、わかることもある。一回でも突破口を開けたら、それが前例になる。そう信じへんかったら、この仕事、やっていけません」 神戸からわざわざ別府まで、車を紹介しにきてくれた山本社長。わたしが車を買ったとしても、彼には一円も入らない。 せめてお礼をしようとしたら、固く辞退された。 仕事じゃない。 人間だから、別府まで、来てくれたんだ。 「僕たちは、車のことしかわからないけど。なんぼでも応援しますから」 ホテルの部屋に入ると、弟は腹を丸出しにして、昼寝をはじめた。実家じゃねえんだわ。 猛烈な怒りと、強烈な悲しみがピークを越えて、感情が収まってくる。 別の感情がわきあがる。 悔しかった。 とても。 本当なら今すぐにでも神戸に帰って、反対をしている住民の人に、説明をしにいきたい。 怒らずに。悲しまずに。ただ冷静に。 弟も連れていこう。 うちの弟は、ノリツッコミもできるのだ。相手に気をつかわせないボケができるやつは、優しさの象徴なのだ。 そうだ、そうだ! 障害者を怖い人ばかりだと思いこんでるだけなんでしょう? だったら、うちの弟を見てもらおうじゃないの!それがいい! 姉だって、そこそこのモンですし。 けど、ダメなのだ。 だって、わたしは、家族だから。 障害のある弟と、一緒に育ってきた、姉だから。 家族だから、感情がこもる。 切羽がつまる。 熱意が伝わる。 いくら説得しても、 「だってそりゃアナタ、家族だからでしょう」 という一言に、呆気なく収束してしまう。 親の欲目、子の欲目。温かい家族の物語は、冷たい一笑に付されることもあるだろう。 刑事ドラマでも、家族によるアリバイ証言は、信ぴょう性が低いとされる。 弟の、平和に上下する腹のデベソを見ながら、わたしは思った。 家族じゃなかったら、よかったのに。 わたしが、家族じゃなかったら。きっと信じてもらえただろう。きみの優しさを。 ままならないこの世界で、生きていきたいという思いを。 ごめんな。 姉ちゃん、言い返せずに、ほんとにごめん。 姉ちゃんだから。 きみのことが大好きな姉ちゃんだから。 役に立てなくて、ごめん。ごめんな。 チキンマックナゲットの残った最後の1ピースを躊躇なく譲れるくらいに、愛している弟に、家族じゃなかったら、よかったなんて、思ったのは生まれて初めてだった。 弟を起こさないように、顔を枕に押し付けて、ワンワン泣いた。 母が心配して電話をかけてきたので、母も神戸でズビズビ泣いた。 きみの家族だから、わたしはこんなにも幸せで、こんなにも悔しい。 (つづく)

2024-01-22 14:35:05
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岸田奈美|Nami Kishida @namikishida

【グループホームに反対された理由と、過去が重なってしまった日のこと】 翌日。 「事情を聞いてきて、まあ、ひとまず、反対されている理由がわかりました」 教えてくれたことには。 なんと、障害のある人が、先にあちらのご自宅を訪れていたというのだ。 「えええ!?!?!」 わたしはてっきり、会ったこともない入居者たちに「気持ち悪い」とイチャモンをつけているんだと思っていたので、びっくりした。 グループホームは、入居を希望する人のために、見学の時間を設けている。 弟がそこへ行く、少し前。 障害のある、ひとりの見学者がいた。 見学はご家族やケアマネージャーなどが付き添うことがほとんどだが、どうしてか、彼はひとりで見学にやってきたそうだ。 落ち着いていて、わたしの弟よりは話すのが上手だし、電車やバスにも乗れる、しっかり者だったらしい。 彼は、道に迷ってしまった。 グループホームの見た目はフツーの一軒家だし、あのへんは住宅街だから、見分けがつかなかったんだろう。 彼はやっとたどり着いて、チャイムを鳴らした。 「どちらさまですか」 カメラ付きのインターフォンから、家主の声がする。 そこはグループホームじゃなかったのだ。 「ぼくの家を見にきました」 「……はっ?」 「ぼくの、家を、見にきました」 こんなやりとりがあったんだろう。 留守を預かっていたのは女性で、部屋には小さな子どももいた。近くにグループホームができることも知らなかった。 「ぼくの、家を、見にきました」 彼はそれ以上の説明を、うまく言葉にすることができなかった。 詳しくはわからないが、彼はその家を追い返され、自力でグループホームにたどりついた。 その晩、間違われた家に、当主が帰ってきて。 かくかくしかじかで恐ろしいことがあった、と家族から聞き、怒り心頭でグループホームに反対の申し入れをしたのだ。 管理人さんが、わたしに言った。 「わたしたちもそんなことがあったなんて知らなくて、謝りました。けど、気持ちが収まらないみたいで」 泣きそうな声だった。 「たったひとりの知的障害がある人が、間違えてしまっただけで、あんまりだと思うんですけどね」 ちがうよ。 喉まで出かかった。 怖かったんだよ。 インターフォンに出た人は。 大切な家族を置いて、留守にしていた人は。 障害者は気持ち悪いとか。バーベキューのときにジロジロと見てくるとか。子どもによくない影響があるとか。 そういう、一段、二段、すっ飛ばしたような想像をして、強い言葉を使って、全力で怒りをぶちまけるくらいには。 グループホームなんていらないって、願っちゃうくらいには。 怖かったんだよ。 本当に。 思い出した。 わたしも、あの時、すごく怖かったんだ。 今まで、忘れてた。 思い出すと今でも傷ついてしまう記憶だから。 わたしがまだ、幼稚園に通っていたときのことだ。 母と、友だち家族と、ファミレスに行った。 その日も、運ばれてきたお子様ランチに、舌なめずりをしながらフォークを突き刺すところだった。 「キャアッ!」 入り口の方で、誰かが甲高く叫ぶ。 なにごとかと思う間もなく、わたしの前髪が、つむじ風にでもさらされたみたいにぶわっと浮いた。 目を開けると、男の人がいた。 ガツガツと、わたしのお子様ランチを、手づかみで食べていた。 ガシャンとテーブルの上から転げ落ちたコップが割れる。水がこぼれてスカートが濡れる。わたしの両隣にいた子たちは、いつの間にかいなくなっていた。 わたしだけ、固まっていた。 男の人はわたしを見ない。大人が叫んでいるが、構わず、一分一秒でも惜しいのかというほどにハンバーグをむさぼっている。 数秒のことだったと思うけど。 テーブルの一番奥にいた母が、ようやくわたしの腕を引っ張って抱きとめるまで、わたしは数時間のことのように感じていた。 「あっ、いたぞ!こっち、こっち!」 入り口から、ドタドタと男の人たちが入ってきた。わたしたちのテーブルへ駆けつけて、手と口の周りがベタベタになっている彼を、羽交い締めにする。 「イヤダーッ!イヤダ!アアアアアアッ!」 叫びながら、彼は外へ連れて行かれた。男の人たちは、店員さんや母たちに、何度も頭をさげていた。 彼は、すぐ近くの障害者施設から、逃げ出してきた人だったのだ。 めちゃめちゃになった店内は、急に静かになった。 母の腕のなかで、わたしは、おしっこをチビりそうなほど泣いた。 「こわかった……」 「うん、うん、怖かったな。もう大丈夫やで、大丈夫やから」 「なみちゃんのごはん、たべられた」 「新しいのあるで」 「いやや、もういらん。こわい!なんでなん、なんでなん、へんな人や!」 「さっきの人はな、障害があるねん。ほんまは怖くないよ」 「こわい!いやや!あんなん、いやや!ショウガイシャなんかいや!かえる!」 わんわん泣きわめいていたので、お店の人か施設の人のはからいで新しく出てきたお子様ランチにも手をつけず、わたしは帰った。 二度と、そのファミリーレストランには行けなかった。 記憶に焼き付いてるのは。 わたしが「こわい」「いやや」「障害者なんてきらい」と連呼するたび、わたしを抱きしめていた母と。 母の隣で、なにが起きたかもわからずボケーッとキッズチェアに座っている、弟の姿だった。 弟に生まれつき障害があるとわたしが知ったのは、それから三年後のことだ。 あのとき、母は。 「あの人も、よっぽどここのご飯が食べたかったんやろうな」 と、帰り道でつぶやいた母は。 どんな顔をしていたんだろう。どんな思いでいたんだろう。 小学生に上がる前の日に、 「奈美ちゃんは、奈美ちゃんが幸せなように生きるんやで。弟のことがイヤになったら、無理して一緒におらんでええねん。奈美ちゃんが幸せなのが、ママとパパの願いやから、それだけは覚えといてな」 どんな痛みを隠しながら、母は、わたしに言ったんだろう。 因果は、巡る。 「障害者なんかイヤ」 あの日、わたしが放った言葉が、いま、わたしに突き刺さっている。 母に抱きついて泣くわたしと、怒る住民のだれかが、重なりあう。 わたしは最初から、説得する言葉を持ち合わせていなかった。 管理人さんの電話には 「ああ……でも、そういう事情なら………はい……」 と、気が抜けた返事しかできなかった。 交渉のゴールは、 ・グループホームと反対する近隣住民の方々は、一切かかわらないようにすること。 ・障害者が間違ってインターフォンを鳴らすことなど絶対ないように取り計らうこと。 となるようだった。 具体的な話は、管理人さんが後日、話し合いに行ってくれるということで、電話は終わった。 昨日、車を運転する母に、思いきって打ち明けた。 あのファミリーレストランで、わたしに、なにを思ったのかを。 「いや、怖いわな。そりゃ!」 母は、 「大人はさ、障害のことも、施設の事情も、わかるもん。よう見てたら、ご飯食べたいだけやってわかるし。けど、子どもはかわいそうやわ」 あっさり言った。 「あんなん怖いに決まってる」 弟は、人一倍、他人に気をつかう。 あいさつは必ずするけど控えめだし、ちょっと大げさなんじゃないのってくらいマナーを守るし、行列に並ぶとなんか知らんけど後ろの人に順番を譲る。譲るな。 弟がそんな具合に育ったのは、母の塩梅なのだ。 どうかきみは、誰かを怖がらせないように。 どうかきみは、誰かを喜ばせるように。 どうかきみは、誰かに愛されるように。 母はきっと、祈りをこめて。 ええ塩梅に。 母が付け足した。 「あんなに怖がって、傷ついて、奈美ちゃんはかわいそうやった」 怖かった。本当に。 ずっと覚えてる。 覚えすぎて、忘れてる。 「でも、子どもを怖がらせてしまったあのお兄さんも……傷ついてるんやと思うわ」 うん。 話は戻る。 電話を終えて、のそのそと別府のホテルを出発する準備をしていたわたしは、悩んでいた。 弟をあの町のグループホームに通わせて、いいんだろうか。 そういう方向で話を進めてきちゃったし、別府まで来ちゃったし、車だって買う約束しちゃったし。ここまで走り続けていたけれど。 ここでグループホームの入居を取り消せば、次の空きはもう何年も回ってこないかもしれない。 とはいえ。 弟こそ、誰かをむやみに傷つけることを、一番いやがる人間なのだ。 「あー、なんかほんまに、どうもすいませんっ」という、弟が頭をかきながらペコペコと頭をさげる、くたびれたサラリーマンみたいなフレーズが頭から離れない。 あの地域で暮らす以上、ピリピリした不穏な空気にのまれ、彼は謝り続けてしまうんじゃないか。 暮らしているうちに馴染んで、いつのまにか歓迎されるという希望の展開は残されているのだが。 わたしは飽きっぽい人間だった。 アルバイトはすぐ辞めてしまって、20歳までに経験した業種は軽く両手の指をこえる。わたしは理不尽なことがあったら「もうよろしいわ!」と啖呵を切って出ていけるクズだけど、弟は傷ついても、耐えるだろう。 さあ、どうしようか。 ここまでの旅が白紙に戻るかもしれない、という気配を微塵も感じ取らない弟は 「いくでー、ほないくでー」 リュックサックを背負って、別府の街を練り歩く気満々だった。今日は一日、弟が行きたい場所に行く日なのだ。 しっかりと目指していたはずの家族の幸せが、途端にぼやけはじめた。 (つづく)

2024-01-22 14:56:04
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岸田奈美|Nami Kishida @namikishida

グループホームを見つけて、いろんな壁にぶち当たって、笑いながら巣立ってゆく弟を見送るまでの長い話は、noteで全24話まるっと読めます。 ⇨ 苦い顔されてた近隣の人も、今では優しいおせっかいをくれます。 note.kishidanami.com/n/n8ee377c2d86… 『姉のはなむけ日記』全話リスト ⇨ note.kishidanami.com/m/m010c45885534

2024-01-22 15:00:44
岸田奈美|Nami Kishida @namikishida

ツリー🌲途切れてしもたので続きや全話リストはこちら twitter.com/namikishida/st…

2024-01-22 15:47:05

しおのコメント

しお @sodium

めちゃくちゃ難しいけれど、特に知的障害の人に対しては「人となりや普段の言動をよく知っている家族などは彼(彼女)が人に危害など加えない」ことなど知っていても、「それは他の人にはわからない」「その人個人はそうでも、同じ属性の別の人も同じだとは言えない」ということだと思う。(そういう意味ではトランス女性の女性スペース利用問題と似ているかも) 人は単純に「自分の常識が通じない相手」は怖い。何をされるかわからないから。 そして知的障害など「自分の常識ではやらないことをやる人」(大きな声での独り言や、人との距離感がおかしいなど)は「常識が通じない相手」とみなしてしまう。 もちろん健常者の犯罪者もたくさんいるんだけれど、ここが健常者相手とは違う部分だと思う。 「普段の言動や外見が自分と大きく違うから、自分の常識が通じない相手」という分類をしてしまう。人種差別などにも通じる部分だと思うけれど。 さらには、実際に障害のある方が人に恐怖や危害を与える事例も少なからずあるので…。 私も、必ず電車のホームの端には立たないようにしてるんだけれど、それは昔使っていた駅で、知的障碍者にホームから突き落とされて亡くなった人がいるから。 あと前も言ったけれど、3~4歳の頃に性被害に遭った(レイプ未遂)相手の男児(当時5~6才は、おそらく何かしら障害がありその後支援級みたいなところに入ってた。 同じ中学にいた知的障害(もしくは自閉症)の男子は、男の先生を血まみれにするくらい暴れる子だった。(うちの母が血まみれでその子の下校を手伝ってる先生をたまたま車で拾って送り届けたことがある) 「自分の常識(言葉も)が通じない(可能性が高い)」+「過去に同じ属性からの加害事例が少なからずある」+「被害に遭った場合に加害者が罰されない可能性が高い」 これだけそろってしまうと、ただ「差別だ」で片づけられる問題にはならないと思う。 「何もしていなくても、眼に入るだけで気持ち悪い」みたいな本当の感覚のみの差別は別として、「何かされたら」「トラブルが起きたら」という不安に対しては、「何もしない・トラブルを起こさない」ということを、かなりしっかりと証明しないと信頼を得られないのは仕方がないと思う。

2024-01-23 14:44:11
しお @sodium

こないだ、駅で30代くらいの大柄な男性が、気づいたら後ろにぴったりくっついてきて、ウ~ウ~って唸ってたって話をしたけれど、あれだって人によっては「危害」と受け取ると思う。 私もめちゃくちゃ怖かったし、ホームでやられていたらそれこそ落ちたりとかの事故に発展する可能性もあったと思うよ……。 あと、前も言ったけれど、障害支援を受けてる人たちがバスの中で、一瞬スマホの着信受けただけの人の悪口を、下車するまでバス中に響く大声でずーっと言い続けてたなども見ていると、正直何かしらのトラブルは起きてしまう可能性は高いと思う。

2024-01-23 14:51:25

CDB達のコメント

吉澤🌈 @yoshizawa81

障害者でも健常者でも、将来にわたってトラブルを起こさないことを証明することはできない。こんなのは、マイルドなT4作戦に過ぎないわけですよ。 twitter.com/sodium/status/…

2024-01-27 15:18:21
5億円 2017 @Beriya

私は何度もTERFはトランス以外の属性も幅広く差別しているといっていますが、これはそのわかりやすい典型だし、トランスと犯罪者の見分けがつかないので排除は致し方ないといっていたのが障害者にも矛先を向けるのは当然なんだよな。

2024-01-27 15:21:36
上原潔 @UeharaKiyoshi

最初はトランスジェンダー、そしてご覧の通り、今度は知的障害者、そのうち外国人も差別の対象になるでしょうね。 twitter.com/sodium/status/…

2024-01-27 11:55:06
CDB@初書籍発売中! @C4Dbeginner

汐街コナさんだけではなく、ネットでフェミニスト風のこと言ってるアカウント、恐ろしいほどの割合で障害者男性に対してこういう見方を持ってます。こういう人たちに乗っかって利益を得て、彼女たちをいいように利用してきた学者や活動家の罪は本当に重い。この人たちは次々と標的を見つけるでしょう。

2024-01-27 14:58:11
CDB@初書籍発売中! @C4Dbeginner

汐街コナさんは別に今までもこうしてきたんですよ。「xxxしろなんて言わないけど…怖い…配慮して…えっ、それだけで叩かれるの…」という身振りをすれば学者や活動家が拡散いいねしてネットでバズる味を覚えて、次々と標的を変えて繰り返してきただけ。この怪物を育てたのはネットフェミニズムですよ

2024-01-27 15:07:31