ステップス・オン・ザ・グリッチ #2

公式note https://diehardtales.com/ ニンジャスレイヤー「はじめての皆さんへ」 http://togetter.com/li/73867
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ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「おやつがタダだから良い会社ってワケじゃないさ。そうだろ?毎日、企業の成長に貢献するために、イノベーションしないといけないんだ。それが大変」イサムラは言った。パーティションで区切られたオフィス。過酷な成果主義。研修。カチグミ企業生活は、ある日突然の解雇と背中合わせだ。 18

2024-01-28 23:07:13
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

1時間休憩を挟みながら、イサムラはニューロンをブーストさせて働き続ける。極度の緊張の中に置かれ、時間はあっという間に過ぎる。そして気がつけば同窓会……この後来るらしいタベタ=センセイの顔も、ぼんやりとしか思い出せない。あんなにお世話になったのに、時間は残酷だ。 19

2024-01-28 23:10:31
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「今、製品は何が売れてるの?」「秘密秘密。コンプライアンス」「コンプライアンス!スゴーイ!」皆が沸いた。いつの間にかイサムラが話題の中心だ。「アルカナム株を買おうと思うんだけど、今、買い時ですか?」「教えられないよ。コン……」「コンプライアンス!」皆が喜んだ。 20

2024-01-28 23:15:35
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「ちょっとノれてないでしょ、イサムラ=サン」マミコが隣に座り、小声で咎めた。「疲れてる?」「全然だよ」マミコは当時、隣同士の家に住んでいた。正直、憧れだったが、そういう関係にはならなかった。そして今……マミコは当時よりずっと綺麗になった……「私も、ちょっと酔っちゃったかも」 21

2024-01-28 23:17:22
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「エッ」イサムラは息を呑んだ。タベタ=センセイが到着し、皆が初老の紳士を囲む。だがマミコはイサムラの隣に居た。「酔っ払って忘れちゃう前に連絡先交換、しよ」マミコが端末を差し出す。イサムラは咳払いし、力強く頷いた。「勿論、勿論だよ」恋の予感。背後のベルトコンベアを焼肉が流れた。 22

2024-01-28 23:21:46
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「皆!イサムラ=サンとマミコ=サンが、いい感じです!」「コンプライアンスだぞ!」かなり酔った同級生が二人を見咎め、囃し立てた。「やめろって」イサムラは苦笑した。やがて宴もたけなわ、会は平和に終わり、イサムラはマミコと別れた。「絶対、来週ね」「わ、わかった」手を合わせる。 23

2024-01-28 23:25:13
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

おぼつかない足取りで会を後にし、転がるように乗り込んだのは、近くの駐車場に停めた愛車、バンザイ・モータースのSUVだ。後部シートに倒れ込むと、ダッシュボードに液晶パネルが点灯。『おつかれですか、イサムラ=サン』自動運転システムのAIの顔がワイヤフレーム描画された。「家まで頼むよ」 24

2024-01-28 23:31:52
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

『勿論です。安全な帰路をお約束します。シートベルトを、しめてくださいね』「OK、OK……たのんだよ」シートベルトをしめ、深くもたれる。携帯端末には、マミコからのIRCメッセージが着信している。『今日は楽しかったね!』イサムラは微笑み、絵文字を送信した。SUVが快適に発進した。 25

2024-01-28 23:35:02
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

路上でティッシュを配るサイバーボーイ、ドラム缶の焚き火で暖をとる者たち、アクリル壁の喫煙所にスシ詰めになった喫煙サラリマンたち、立ち飲み屋台で酩酊するサイバネティクス労働者たちが、自動運転するイサムラのSUVを目で追う。流れるネオン。まるでオヒガンの対岸じみて現実感がない。 26

2024-01-28 23:38:36
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「現実ってのは、そうだな……」イサムラは欠伸をして、にやにや笑う。「現実は……アッパーで……現実感がない。ははは。それがカチグミ・サラリマンって事なんだろうな……」ラジオ局は再び犯罪のニュースを流す。今はその種のエンターテインメントの気分ではない。音楽チャンネルに切り替える。 27

2024-01-28 23:41:46
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

『毎日……毎日……十人十色……』ノスタルジックな電子音に乗せて、漠然とした歌詞が流れる。SUVはマンションの地下駐車場に入り込む。あっという間だ。カチグミ・ハイウェイは渋滞知らず。「もう少し寝ていても良かったのに。カチグミはつらいな」イサムラは頭を振って眠気を払い、車外に降りた。28

2024-01-28 23:45:16
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

普段のイサムラならば、駐車場の一角にしめやかに駐車された、ものものしい装甲車輌に気づいただろうか。あるいは、やはりぼんやりと、気づかず看過してしまっただろうか。読者諸氏はどうお考えだろうか?否……数分後に起こった出来事が、その手の問いを無意味にする。7階に上がり、自室に帰宅。 29

2024-01-28 23:49:00
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「酒臭いな?お前」「えっ?」後ろ手に玄関ドアを閉めたイサムラは、視線の先、リビングに立つ人影を見咎めた。「ここまで臭うぞ」彼女は鼻を不快げにひくつかせた。金髪のマレットヘア、サングラス、肩パッドの厚いジャケットが特徴的だった。「えっ……?」イサムラの血の気が引いた。 30

2024-01-28 23:54:09
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

次の瞬間、イサムラの両腕は、左右両脇に立つ屈強な男二名によって確保された。ナムサン。室内、玄関ドアの両脇に、微動だにせず待機していたのだ。「なっ、何を!?やめてくれ!僕はアルカナムの社員だぞ!」「ザッケンナコラー!」「スッゾオラー!」二人は厳しく威圧!クローンヤクザだ! 31

2024-01-28 23:56:44
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

恐怖のなかでイサムラのニューロンが加速する。クローンヤクザ……という事は、彼らは単なる押し込み強盗やサイコパス殺人鬼ではありえない!クローンヤクザを使う者、即ち、ヤクザ、あるいは暗黒メガコーポである!「アルカナム社員、そンな事は当然知っている」女は懐に手を入れた。すわ、銃! 32

2024-01-28 23:59:56
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

だが、彼女が取り出したのは銃ではなく、もっと恐ろしいものだった。クローム補強された黒革の手帳には、彼女の正面写真と、「アルカナム社専属尋問官:ルシンダ・キョウコ」という威圧的プロフィールが書かれていた。「私もアルカナムの社員だからな、イサムラ・コーゴ=サン」「アイエエエ!?」33

2024-01-29 00:03:22
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「ザッケンナコラー!」「スッゾオラー!」クローンヤクザに背中をドンと押され、つんのめる。前方のルシンダ尋問官は一人。このままどうにかして押しのけて……そしてベランダから逃れれば……一瞬よぎった考えは即座に捨てる。彼女の両手の鋼はグローブではない。サイバネティクスだ。 34

2024-01-29 00:08:03
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

次の瞬間、ルシンダはイサムラのネクタイを掴んでいた。彼女は荒っぽくネクタイを引っ張り、イサムラを犬めいて、彼自身の物件のリビングに引きずり込んだ。「アイエエエエ!」「黙るんだ、意味がない」ルシンダは腕先をイサムラの首に押し当て、壁に押しつけた。「僕は何もしていません!」 35

2024-01-29 00:12:20
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「虚偽の回答は君が考えているより危険な行為だぞ、イサムラ=サン」「本当に何もしていないんだ!」「虚偽の回答を行えば、アルカナム社の規定により処罰される」「絶対に何もしていません!」イサムラは涙を流す。ルシンダは懐から黒い棒を取り出す。殴る警棒?否、ミニライトだ。 36

2024-01-29 00:15:23
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「誓って……捜査に全力で協力します。お願いします」「そうか」ルシンダはミニライトをイサムラの瞳孔にいきなり照射した。「アイエエエエ!何ですか、そのライトは!?」「検査器具だ、気にするな。質問するのは私の役目だ。君はたった今、全力で協力すると言ったろう」「アイエエエエ!」 37

2024-01-29 00:18:30
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ルシンダは照射を止めない。イサムラのサイバネアイが悲鳴めいて軋み音を発する。「今季のセールス情報を、外部に漏洩していたか?」「いいえ、していません」「不祥事情報を外部SNSなどに漏洩していたか?」「いいえ、していません」 「オペレイション・ムーンチャイルドについて、知っているか」38

2024-01-29 00:23:12
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「いいえ!知りません!」「では何故、社内UNIX端末から、この言葉に対して情報検索を行おうとしていた?何故、ペーパールームの "O" と "M" の棚にアクセスした?」「え?」イサムラは息を呑んだ。情報検索?ペーパールーム?「そ、そんな事は一切していません!絶対に!」「……精査が必要だな」39

2024-01-29 00:27:38
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ルシンダは照射を止め、一歩離れた。当然、イサムラにはもはや、逃走をはかる意志も気力もなかった。「僕は……」その時、ピロピロペペー。携帯端末が音を鳴らした。ルシンダは顎を動かし、身振りで着信に出るよう促した。「モシモシ……?」『モシモシ!オレだよオレ!オレオレ!』 40

2024-01-29 00:32:45
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「……」イサムラの目から涙が溢れた。「……おじいちゃん……!」『そうだよ、コーゴ!お前、今日同窓会だったんだって?元気でやっているか!』実家の祖父は当然、今のイサムラの状況など知りようもない。『お前、ちゃんと栄養取ってるかね?なんとかいうカイシャ、大変じゃないかね?』 41

2024-01-29 00:36:02
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「た……大変じゃ……ないよ……カチグミなんだから……」イサムラは泣きながら笑った。「ジャ、ジャングルジムがあってさ……おやつも食べ放題で、一時間働く度に一時間休憩があるんだよ」『本当かあ!そりゃたまげるな!』「カチグミ・ハイウェイを使える……渋滞しないんだ。毎日定時さ」 42

2024-01-29 00:38:07