222 当日、テレビ局は約束どおり 彼女のところへ向かった 電撃突撃の空気を高めるために しばらく前に事前に話を決めただけで 電話などの打ち合わせをしないことになっていた アナウンサーがインタホンを鳴らすと ウサギの夫が出た
2024-02-01 14:14:02223 さりげないひと手間に アナウンサーは「演出を入れたな」と思った ところが、ウサギはいないという どういう演出なんだと思っていると 夫は 「これ今ライブですか?」としきりに訪ねた 「これ今、中継じゃないってことですよね 収録して、あとで流すってことですよね」 何度も確認した
2024-02-01 14:17:45224 そして夫は テレビ局は1つしか来てないこと、 周囲に他にだれもいないこと確認した 夫は、インタホンの向こうから小声で ウサギは明日テレビ局がくると勘違いして 今、「あした渡す用のお土産」をスーパーに買いに行ってるという
2024-02-01 14:20:08225 ウサギの天然をくらったカメラマンは、 「まいったなぁ」とカメラを降ろし、 女性アナウンサーも「困りましたね」と言って とりあえず待つかと表にでると スーパーの袋を持って帰ってくるウサギを見て またカメラを担ぎ直した 「このまま行きましょう」と アナウンサーはウサギに向かっていった
2024-02-01 14:24:05226 アナ「ウサギさん、 相方のキノコさんの小説を読み終えたそうですが、 なにか感想はありますか?」 ウサギは、カメラマンとアナウンサーの顔を キョロキョロ何度も交互に見ていた アナ「読み終えて、なにか ここは実際と違ったな、みたいなとこは あったりするんでしょうか?」
2024-02-01 14:26:48ウサギは、スーパーの袋のなかから 買ってきたクリームパンを取り出し アナウンサーに渡した 答えを欲していた彼女は、とっさに受け取った ウサギは、もう一つクリームパンを取り出し カメラマンに差し出した ウサギは全国の視聴者にむかって言った 「嘘は書いてません だいたい、あんな感じです」
2024-02-01 14:30:57228 ----- <死の山> キノコには、尊敬する先輩芸人がいた 特別交流があったわけではないが 彼の才能と世界には憧れていた 彼は芸人でありながら、小説を執筆し芥川賞を受賞していた 彼の小説「死の山」はこんな話だった
2024-02-01 14:33:20229 --- 主人公の「僕」には先輩がいた それは高校の部活の先輩で、女の先輩だった 恋愛感情はなかったが 後輩として彼女のことを慕っていた 彼女は切符のいいところがあるというか Sというか彼女の言うことには「絶対服従」だった といってもそれは冗談のようなもので 理不尽な関係ではなかった
2024-02-01 14:40:34230 「先輩」は、高校を卒業したあと 芸人を目指しプロデビューまで果たしていた もともとお笑いも好きだった「僕」は 先輩の後を追い、お笑いの世界を目指した やがてそこそこの売れっ子になった先輩と 僕は再開し、名前にさん付け「ねえさん」ではなく 僕は「先輩」と呼び続けていた
2024-02-01 14:43:13231 先輩は、はまり出すとなんでも追求するタイプで 「お笑いはすごい」とデビューし売れだしたあとも 慢心することなく、お笑いの研究をし独自の世界を切り開いていった 彼女には、2つの得意分野があって シュール系に近いものと 志村けんのようにオジサンに変装してやるネタとがあった
2024-02-01 14:45:31232 先輩は、女だがオジサンに扮装にして 一般受けしやすい、しかし独特の持ち味のある 志村けん+キャシー塚本のような世界を作っていた これはわかりやすさと、一種の狂気性、味わいによって 広くマニアまで大爆笑させていた
2024-02-01 14:47:41233 僕はある日、そんな先輩の新しい姿に驚いた まさかと思った 彼女は「カツラをかぶるのが面倒くさい」 自分の髪の毛を抜き、帽子をかぶるようになった 僕は「帽子を普段かぶるほうが面倒くさいのでは?」と思った
2024-02-01 14:51:57234 次にまた驚かされたのは、 「メイクの時間を省略するため」と 「よりリアリティをもたせるため」に と整形までして オジサンの顔に近づけていった 幾分、昔の面影ものこってはいるが 彼女は、ますますバーコード頭のオジサンになっていった
2024-02-01 14:53:48235 最後に、彼女は 「男に性転換手術する」といい出した 「これが一番効率がいい」というのだ これまでどうにか、先輩の才能の裏返しと 言い訳していた僕もここまでくると 「やっぱり頭がおかしくなってしまったんだな」 と認めざるをえなかった
2024-02-01 15:16:28236 しかも先輩は、性転換でおさまらなかった 僕は、そのときの僕に 「そんなことで驚いてる場合じゃないよ」 と鼻で笑いたくなる 結果的にいうと 先輩は「この世界を破壊した」のである
2024-02-01 17:17:43237 先輩の異変に気づいたのは 僕が駅で先輩を見かけた日だった その日、先輩は僕の何メートルか先におり それを見つけた僕は、先輩を追いかけた
2024-02-01 17:18:48238 先輩は、切符を買わずそのまま改札に向かった すると駅員のいるところに向かいなにか言うと そのまま定期なども見せずに、改札をぬけてしまった 僕はおいていかれると思い声をかけると
2024-02-01 17:19:58239 先輩は振り向き、改札をなにも言わずにすりぬけ 僕の手を握り、一緒に行こうというのだ そうしてまた駅員のところへ行くと 「二人です」といった 駅員は、ぷっと吹き出すと僕たちを通らせた まったく不思議なできごとだった
2024-02-01 17:21:15240 話すと同じ駅に向かうことがわかったので 一緒に電車で話をしていた 駅につくと、先輩はまた駅員のところへ行き 「マジで二人です」というのだ 「なにがマジなのか」と思ってると 駅員は僕たちをそのまま通した
2024-02-01 17:22:30241 駅員は大爆笑していた 僕はあっけにとられるしかなかった これはまだ誰にもいっちゃいけないと、先輩に言われた 絶対服従である
2024-02-01 17:23:36242 そんなことが何度かあり 僕はまったく理解できなかったが ふと簡単な答えにたどりついた ドッキリである これはいつ放送されるのか もう放送されているのか
2024-02-01 17:24:29243 水曜日のダウンタウンなどチェックするが まったくそんな放送はなかった 先輩はこう説明した 相手の空気を読み、一定の角度で「入れる」と 人を動かすことができるのだという これはお笑いと同じなんだよ、と
2024-02-01 17:25:52244 これが見え始めたから、自分は 「お笑いの力はすごい」といってたんだと話した しかしもともと善人で普通の道徳心を もちあわせていた先輩は、それを犯罪などに利用することはなかった
2024-02-01 17:27:36245 そんな先輩のたがも、いずれ外れはじめた 先輩がやったことは犯罪ではなかった クーデター?戦争? いやそんなものも超えていた 我々には、先輩がはじめたことを 形容する言葉はまだ持ってなかった
2024-02-01 17:29:07