毒杯の独白

#pyx イーシェンの根幹部分みたいなののまとめ。
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生方一寛 @na_ma3

@null イーシェン。北の五柱のひとり。政務面では主に徴税や商業を担当する。基本的に前には立たず、だが大事な部分では手綱を離さずに仕事をするタイプで、会議等は別として国の行事やパーティにもほとんど顔を出さないため、業務の重要度に対して当人の国内外での知名度は低い。

2012-01-28 21:32:42
生方一寛 @na_ma3

@null そのため表立っては敵も味方も少なく、寿命の違いから軋轢の起こりがちな宮殿と庶民との間を取り持つ折衝役としても動くことが多い。両者に得を出す交渉法を心得ているようで、禍根を残さずに折衝を終えることを得意とする。

2012-01-28 21:32:52
生方一寛 @na_ma3

@null 純粋な北方人ではないらしく北方語に奇妙な訛りを持ち、とぼけた会話にしかならないので、相手が毒気を抜かれてしまうことも多々ある。後々彼が五柱だと知って驚く商人もいるという。だが、そういった彼の姿はすべて計算されたものだ。

2012-01-28 21:33:03
生方一寛 @na_ma3

@null 彼はもともと先王の時代に権勢を奮った商人一族の出身である。と言っても、祖父の時代に現王による革命がおこり、家は没落。祖父をはじめとする一族のほとんどはその折に咎によって斬られ、生き残った母は己から総てを奪った現体制を恨みながらイーシェンを産んだ。父は不明である。

2012-01-28 21:33:16
生方一寛 @na_ma3

@null 彼の母は恨み言を述べるだけで実際に行動するタイプの人間ではなかったが、育ちゆえに実力にそぐわぬ万能感を持っていた。己が没落したままである原因のすべてを現体制、そして彼女にとって“足かせ”である息子に向けながら日々を生きることになったのは、当然の成り行きだったろう。

2012-01-28 21:33:30
生方一寛 @na_ma3

@null ゆえに、イーシェンは母にすら憎まれ、愛を知らずに育った。母が自分に向ける唯一の感情、憎しみすら無関心よりは良いと、彼はむしろ積極的にその憎しみを受けに行った。母の苛立ちを見抜き、的確に逆なでする技術、表情を変えず、ただおどけて見せる技はそのころ学んだものだ。

2012-01-28 21:33:39
生方一寛 @na_ma3

@null 当然、そんな人間が誰かを愛せるはずもない。母が死んだ時にも涙ひとつ流さなかった少年は、生きるために母の知人であった商人の下で働き始める。この商人も反体制派ではあったが、国と商売をする分別も持ち合わせており、イーシェン少年は彼から面従腹背を叩き込まれた。

2012-01-28 21:33:56
生方一寛 @na_ma3

@null 彼の基本的な人格は、このころまでに完成する。相手の不満を見抜くすべは、よいほうに転化すればそれを爆発させる前にいさめることに役立つ。面従腹背の術も、バカ正直に苛立ちを浮かべるよりは役立つことの方が多い。己の顔立ちを利用し、訛りを取り入れることも学んだ。

2012-01-28 21:34:06
生方一寛 @na_ma3

@null 母親やその周囲が行なう非難を心中で検証しながら生きてきたためだろう、彼個人は、現体制がむしろ善政の部類に入ることを理解している。だが、反対派が一定数いることも、それがいつか国を蝕む毒になるだろうことも同時に理解していた。

2012-01-28 21:34:21
生方一寛 @na_ma3

@null だが、彼にとってそれは他人事のはずだった。育ちを考えれば仕方ないことだが、誰も、自分自身すら愛することができない人間となっていた彼にとって、生き死にもたかが数十年存在し消滅する程度のことだ。その存在の条件がどうなろうと、今更心が動くこともない。

2012-01-28 21:34:37
生方一寛 @na_ma3

@null しかし、転機は訪れた。いつしか商会で国相手の大きな仕事を担当することになっていたイーシェンの前に、王の使いが現れたのだ。彼を五柱として招聘する、という言葉を伴って。

2012-01-28 21:35:12
生方一寛 @na_ma3

@null もちろん、彼は断った。五柱と言えば国の行く末を左右する立場である。自分すらどうなろうと構わないと思っている人間に、そんなことが務まろうはずもない。なにより、このとき自分が五柱となるという想像をしてはじめて理解したのだが、彼は千年の生になど耐えられそうになかった。

2012-01-28 21:35:25
生方一寛 @na_ma3

@null 最終的に彼が折れたのは、現王自らが彼の下に現れ、彼の(彼自身はいまだに買いかぶりだと思っているが)民の声を聴く耳を必要とする、と告げたからだった。民の声を聞く耳は兎も角、毒を持つ民を見分ける目は彼にはあった。そして、その毒でこの王を失わせてはいけない、と感じたのだ。

2012-01-28 21:35:34
生方一寛 @na_ma3

@null その感情をひとは何と呼ぶのだろう。彼は、いまだそれを知らない。だが、その時から彼は五柱となり、民の毒を絞り集める器となることを己に課した。絞りつくすだけ絞りつくしたら、最期には器ごと捨てればよいと考えて。彼は、毒杯となった。

2012-01-28 21:35:51
生方一寛 @na_ma3

@null 惜しまれず捨てられるためには、目立ってはならない。目立たぬようにしながら、いざという時に庇う人間が出ないように言い訳の利かぬ立場を用意せねばならない。淡々と仕事をするように見せながら、有事の……毒が溜まりきった際に捨て駒となれるよう、己を追い込むこと。

2012-01-28 21:36:02
生方一寛 @na_ma3

@null すべては、あの時の……空っぽだった自分に、はじめてなにかを失うのは惜しいと思わせたあのひとために。そして、そのひとの目指す美しい国から、己のような人間を含むすべての毒を取り除くために。それは、イーシェンという人間が初めて持った、人生の目標であった。

2012-01-28 21:36:10
生方一寛 @na_ma3

@null 以来、彼は国を富ませ、毒を集め、いつか己を滅ぼすことに向けて働き続けている。己の後に入った五柱が人を愛し、それをきっかけにしたのか国全体が春めいてきたことも、彼には好都合だ。ひとは己が幸福になったとき、他を顧みることが少なくなる。

2012-01-28 21:36:19
生方一寛 @na_ma3

@null そのようにして周囲がみな幸福になれば、いつか己が消えるときにも誰も気にすらしないだろう。そう、彼は思っている。誰かを愛する人間を見分けることは、気づいてみれば簡単だった。自分自身が向けられたことのない、ゆえに理解のできない感情を含んだ目。それを探せばよかった。

2012-01-28 21:36:28
生方一寛 @na_ma3

@null 冬の魔女が先王を語るときの目。エレーナが南へ向かうときに浮かべる目。アーシェラがある一族に向ける目。そして、なによりザキがあのひとを見る目。すべてが彼には縁遠く、そして彼が人間として欠陥品であることを再確認させるものだった。

2012-01-28 21:36:36
生方一寛 @na_ma3

@null ゆえに、彼は淡々と己の仕事をこなす。己を毒で満たし、誰にも顧みられず、毒に塗れて死ぬために。……願わくば、そんな自分を大悪人として覚えていてくれる人間がいればいい。そのことをもって、己の生が無駄ではなかったと思えるだろうから。そう、彼は思っている。

2012-01-28 21:36:46