書く女物語

書くことを生業にした女の書く物語。
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@cihcugadum

大学を卒業して数年間、コピーライターという職業に就いていた。書くことが好きで書くことを生業にしたかった。広告のコピーもパンフレットや雑誌の文章もラジオCMも著名人のインタビューもいろんなことをやらせてもらっていた。たくさんの人に出会った。たくさんのことをしている気がした。

2012-01-28 22:33:47
@cihcugadum

最初の頃は楽しかった。ひとつのキャッチフレーズのために100個のキャッチフレーズを考える。会社に徹夜して朝までコピーを考える。デザイナーと夜通し頭をかきむしる。いろんなことが新鮮だった。

2012-01-28 22:35:57
@cihcugadum

年月が経って疑問に思うようになった。私は何を書きたいんだろう。クライアントの意向、CDを唸らせるアイデア、営業からの指示。ぜんぶ、当たり前のことでその当たり前のことを覆すコピーを書きたいとずっと思っていた。

2012-01-28 22:38:42
@cihcugadum

でも、それはとても簡単ではなかった。書けば書くほど分からなくなった。一言で言い切るキャッチフレーズよりも私はこんこんと語るリード文が好きだった。さすが普段、無駄口が多いだけのことはある。

2012-01-28 22:40:20
@cihcugadum

会社を辞めた先輩が雑誌を作ることになった。ライターにならないかと誘われた。少し考えて、やっぱり私はコピーを書きたいと思った。でも時々お手伝いをさせてもらった。面白かった。でも、それはあくまで手伝いの範囲だった。

2012-01-28 22:42:46
@cihcugadum

仕事は何をしているか、と聞かれて「コピーライター」と言うと、たいてい興味津々という顔をする。質問もたくさんされる。最初は誇らしかったそれが、いつしか意味のないように感じるようになった。肩書きでしか人を驚かせることができない自分はいやだった。

2012-01-28 22:45:35
@cihcugadum

そんなとき、ある会社の周年記念のキャッチフレーズを考えることになった。新聞15段、大きな仕事だった。一晩、机に向かった。人気のない会社で言葉を書きなぐったり落書きしたりくしゃくしゃにしたりした。会社のテーブルは真っ白で私の頭の中みたいだった。

2012-01-28 22:50:46
@cihcugadum

どんな言葉でも書いていると自分の中で、これだと思う瞬間がある。でもその日は、何もやって来なかった。もう一晩考えた。それでも、言葉は降りてこなかった。ありきたりのどこにでもあるような言葉が新聞には掲げられた。

2012-01-28 22:53:10
@cihcugadum

私は書くことが分からなくなった。

2012-01-28 22:53:50
@cihcugadum

それでも、仕事は山のようにあったから、わからないままに登っていく。山を登りきって頂上から見下ろしたことはなかった。ピッケルの代わりに鉛筆を手にして。

2012-01-28 22:57:39
@cihcugadum

そんなとき、いつも仕事をしていたデパートの新聞広告を連載で書くことになった。その仕事は楽しくて、クライアントにダメだしをされながら、たくさんたくさん書いた。掲載されたときは嬉しかった。でも、すごく、というわけじゃなかった。

2012-01-28 23:00:30
@cihcugadum

何度も書いていくうちに新鮮さも醒めて、少しルーティンのようになっていった。そんな時、ディレクションをしていた先輩が一通のファックスを手にして、満面の笑みでやってきた。

2012-01-28 23:02:53
@cihcugadum

「これ、見て」それは、広告を見て買い物の楽しさを思い出したという、お客さんからのファックスだった。喜ぶクライアントから手渡されたと先輩が言った。

2012-01-28 23:04:39
@cihcugadum

そのとき、私は震えた。誰かの心を動かしたことに震えた。そして、何よりも先輩の嬉しそうな顔がとてもとても嬉しかった。

2012-01-28 23:06:54
@cihcugadum

私は人を喜ばせたいんだ、と思った。書くことで、人を喜ばせることができたなら、それは私にとってとても幸福なことなんだと知った。自分のために書いているんだと、ずっと思っていたのに。

2012-01-28 23:09:40
@cihcugadum

それからしばらくして私はコピーライターを辞めた。今は肩書きのない、普通の人として書くことを続けている。もしも、誰かが私の書いた言葉を読んで、喜んでくれたり、ニヤリとしたり、笑ってくれたなら、私はとても嬉しい。面白かった、と言ってくれるあなたがいるなら私は書きたい。そう思っている。

2012-01-28 23:15:08