#十rB 『Je te veux』まとめ

そうこ @souko_ja

#十rB F6a)バイトの休憩は短い。ふと思いつきで親友にメールしてみた。『明日、買い物付き合ってくれない？』それだけだったがすぐにOKの返事。思わず笑みになったのを、目の前の席の先生が見ていた様で「お？彼氏とデートかぁ？」とからかって来た。慌てて否定したけど、何だろう、嬉しい。

そうこ @souko_ja

#十rB F6b)センスのいい親友に、服選びに付き合ってもらった。いつもと同じ色合いのシャツとパンツも、少しラインが細身のを合わせるだけで、自分で驚く程女性らしくなった。そうか、この位変えるだけでいいんだ。ほんの少しの変化に、何を怯えていたんだろう？親友は優しく微笑んでくれた。

そうこ @souko_ja

#十rB F7a)今日も駅から走る。新しい服、気持ちも新たに。無造作に降ろしていた前髪も、小花と小鳥が並ぶピンで留めた。これは、服に合わせて親友がプレゼントしてくれた。私がパワーアップするおまじないなんだって。その気持ちがとても嬉しくて、本当に力が湧いてきた。これできっと大丈夫。

そうこ @souko_ja

#十rB F7b)ラッキーは引き寄せるもの。珍しくエレベーターに乗れて、息を整える。到着音に合わせて大きく息を吸い、開いたドアから勢い良く一歩を踏み出した。少しヒールのあるブーツが、カツカツと音を響かせると、目の前の講師室の扉が開いた。先生…こんにちは！…ん、笑って挨拶が出来た。

yoika-宵華 @yoika1223

#十rB M7a)いつもの笑顔、いつもの挨拶。だが、最近急に前以上に元気になった彼女。「お、今日も可愛いの付けてんな」額を撫でると赤くなる顔は変わらない。その日、残業で二人しかいない講師室でのやり取りも、いつもと同じだった。…あの瞬間までは。突然、彼女が声を上げた。「痛っ」

yoika-宵華 @yoika1223

#十rB M7b)採点していた回答用紙で切ったらしい。俺は慌てて引き出しの中から絆創膏を探し、隣の席に座る彼女の手を取った。「見せてみろ」見ると、左手の人差し指に、赤い線が入っていた。線は見る見るうちに広がり、じわりと粒になっていく。滴りそうになったそれを、思わず唇で止めた。

yoika-宵華 @yoika1223

#十rB M8a)「せんせ…」その声で我に返った。「…っ！悪い。…血、止まったな。洗って来い、絆創膏貼ってやるから」真っ赤な顔で小さく頷いて、彼女は小走りで講師室を出て行った。窓に映る自分を見る。「…なんてカオしてんだ、俺は」まるで、獣だ。物欲しそうな。…もう、誤魔化せない。

yoika-宵華 @yoika1223

#十rB M8b)手当が終わると、彼女は俯いて、小さな声で帰ります、と言った。帰り支度をするその後ろから、そっと抱き締める。「悪かった…。嫌だったら、全部忘れてくれ」振り向いた彼女は、俺を見つめた後、ぺこりと頭を下げると、足早に出て行った。…本当に、何をしてるんだ、俺は…。

そうこ @souko_ja

#十rB F8a)授業が終わり先生と2人だけの講師室に、ペンが紙を走る音だけが耳につく。今までも2人きりになる事があったのに、この緊張は何だろう。夕方挨拶を交わした時から、先生が一言も話し掛けてくれないのは、何故？先生の気配に気を取られ、紙をめくる指が滑った。「痛っ」指先が熱い。

そうこ @souko_ja

#十rB F8b)伸ばされた大きな手。掴まれた手首。突然の出来事に何が起こったのか解らなかった。傷口に生温かく柔らかいものが触れている。それが先生の唇だとやっと繋がったけど、これは一瞬の事？「せんせ…」声になったのはたったそれだけ。促されて部屋を出たが、滲む血をそっと舌で掬った。

そうこ @souko_ja

#十rB F9a)動悸が静まる事なく講師室に戻り、絆創膏を巻く長い指だけをぼんやり見つめていた。居た堪れず帰ろうと鞄を持った時、後ろから抱き締められた。耳に届く声が微かに震えていた。驚いて振り返ると、苦しそうな瞳があった。胸がぎゅっと軋んだ。そのまま出てしまって、涙が零れた。

そうこ @souko_ja

#十rB F9b)先生の声が躰に染み入る。嫌だったら忘れろだなんて。嫌じゃない。こんなに好きなのに。左手で額を撫でた。先生も私と同じなんだって、思っていいんだよね？踵を返し廊下を戻ると、階段を走り降りて来た先生と鉢合わせした。「先生！私…」掌を顔の前に突き出され、言葉を遮られた。

yoika-宵華 @yoika1223

#十rB M9a)彼女が出て行った扉を見つめて、呆然と立ち尽くす。…これで良かったのかと、頭の中で問う。他にどうしろってんだ。逃げるように帰って行ったあいつに。なかったことに出来るようにしてやるのが、あいつのためだ。…あいつのため？違う。拒まれるのを恐れる、自分のための逃げ道だ。

yoika-宵華 @yoika1223

#十rB M9b)また諦めるのか。かつて追いかけた夢のように。求めるものから目を逸らして、楽になったつもりか？物分りの良い大人の振りで、俺は結局、何もかも有耶無耶にして逃げようといる。まだ何も伝えてないのに。何も伝わってないのに。…まだ間に合う。俺は、扉を開けて走り出していた。

yoika-宵華 @yoika1223

#十rB M10a)階段を降りかけた所で、こちらに走ってくる彼女が見えた。駆け寄って来て何か言いかけたのを、手で遮る。「嘘だ」「…え？」「忘れろなんて嘘だ」さっき手当した左手を取った。「忘れるな。この傷が塞がっても、いつか此処を離れる時が来ても」俺のことも、俺のこの想いも。

yoika-宵華 @yoika1223

#十rB M10b)握りしめていた左手を引いて、そのままかき抱く。細い体を胸に閉じ込めるようにして、耳元で告げた。「好きだ」顔を上げた彼女と視線が絡んだ。ゆっくりと引き寄せられる。互いの唇に息がかかりそうなところで、最後に言った。「止めるなら今の内だぞ…」もう止められやしないが。

そうこ @souko_ja

#十rB F10a)「忘れるな…俺のことも、俺のこの想いも」そう言って抱き締め耳元で囁かれた「好きだ」の一言に、息が止まるかと思った。告白された？私が？確かめたくて顔を上げた先に、あの苦しげな瞳じゃなく優しく濡れるそれがあった。重なりそうな唇が止めるならと動いたけど、私が塞いだ。

そうこ @souko_ja

#十rB F10b)勢いで押し付けた唇は引き結んだまま。ぎゅっと閉じていた瞼を上げると不敵な笑みを含んだ視線とぶつかり、先生がにっと口角を上げ言った。「こっちも俺が教えてやるよ、でこちゃん」そして、柔らかく食む様なキスを落とされ、私は大きな背中に腕を回して告げた。「私も好きです」

そうこ @souko_ja

#十rB ちょこっとその後…

そうこ @souko_ja

#十rB F10+)お互いに想いを打ち明けたあの日から2年が経つ。大学を卒業し念願のスクールカウンセラーになった。バイトを辞めると彼に会えるのは週に1度になったが、穏やかに愛を育み、記念日に贈られた指輪が今、左手で光る。今日は一ヶ月後の式の相談。待ち合わせのカフェへ、全力で走る！

yoika-宵華 @yoika1223

#十rB M+)カフェのオープンテラスから、あいつが走ってくるのが見えた。前髪は案の定、全部上がってしまっている。「お待たせ！」息を切らせてやって来た彼女。隣の席に着こうとしたのをちょっと止めて「その前に」開いた額に唇を落とす。これが今の挨拶。赤くなる彼女の今度は唇にキスをした。