- exumbra_insolem
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人間は幸福や満足より不幸や後悔のほうを過大評価してしまうという傾向と,リスク回避的であるという傾向とをもっているが,そのどちらも,生きながらえて将来の正なる純利益に賭けるよりただちに死んで利得を 0 に確定させる方向に流れる動機となる.
2012-02-22 22:22:31@khulud おおーっ、と感心してしまいましたが、「死」のリスク評価という観点で異論がありうるところですね。将来の不幸や後悔のリスクの方が「死」のリスクを上回ってしまった極限状況の人にとっては当てはまる議論でしょうけど。
2012-02-22 22:27:32@roardel なるほど.いま「死」に関しては,痛みや苦しみ,そして失敗の可能性ということを考慮の外に置いて,「現在時点で人生を完結させ,将来の幸福と不幸を放棄すること」というだけの中立的なものとして考えていましたが,ご指摘の意味では修正が必要でしょうね.
2012-02-22 22:32:39@khulud 普通の人にとっては「死」の恐怖は∞に近いでしょうから、それくらいなら将来の不確定な不幸の方を選ぶでしょう。ただ、毎年3万人(統計に表れない自殺者や未遂を含めればその数倍)以上の人たちにとって、「死」の閾値は限りなくゼロになってるわけでして、寒気がしますよ。
2012-02-22 22:37:14生きるべき理由,死んではならない理由を,徹底的に追究し思索した結果,逆にそんな理由は存在しないという (自分が納得する) 根拠を見つけてしまい,自殺した哲学者がいるのではないか.
2012-02-22 22:38:12@sunaga_322 うわあそんな方がいらっしゃるのですね.科哲出身,65 歳で決断,ですか.どちらも自分にとって重いなあ.ありがとうございます.
2012-02-22 23:08:06とりあえず,とっつきやすいところだと,中島義道『どうせ死んでしまうのに、なぜいま死んではいけないのか?』(角川文庫) あたりを読む必要あり.
2012-02-22 22:42:48本当はどんなに考えても生きるべきことを根拠づける説得的な理由なんてなくて,ただそれ以上に死への恐怖がずっと大きいから,消去法的に生かされているのでしかないのかなあ.これはこれですごく常識的な結論だけれど.
2012-02-22 23:00:07そんなことを考え悩むのはまだ早い,みたいなことを言われてしまったけれど,問題を問題として思いついてしまった以上,考え抜くしか道はないのですよ.
2012-02-22 23:02:42将来の計算によって不幸のほうが上回ると確信しても,不確実な未来は計算間違いの可能性がある.思索によって生きるべき理由はないのだという結論を得て確信しても,検討不足による勘違いの可能性は残る.不確実性・予測不可能性を思えば,どこまでいっても自死に完全な根拠がもてることは絶対にない.
2012-02-22 23:16:02@kozawa 死のうとはつゆほども思ってませんよー.俺は 1 000 年生きなきゃいけないので! むしろ,自分がどうしてそういうふうに生に執着するのか,単なる意地なのか根拠はあるのか,それを考えなきゃいけないのです.
2012-02-22 23:20:24さっきの,自殺を決断する根拠が 100 % になることはどこまでいっても絶対にありえない,という議論は,一般の自殺志願者を引き止める理由にはきっとならないのだと思うけれど,いまの俺が自殺に反対する理由としては基本となるものだ.
2012-02-22 23:33:32自殺を否定する向きの議論としてはそこをコアにしていけば OK.もっと大きな問題は,逆側の,生きることを積極的に肯定する方向の論拠だけれど,こっちはまだ手がかりがないなあ.
2012-02-22 23:36:22