#墨俣物語

墨俣城建築の裏話
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蜂須賀正勝&家政 @Hachisuka1526

@busyo_nari 当時、美濃国は大変混乱をきたしておりました。道三殿が義龍殿に討たれ、その義龍殿も病で倒れられ。義龍殿の御子息龍興殿が美濃稲葉山城主となり美濃を治められておりました。これに目をつけられたのが、大殿様…信長様にございまする。 #墨俣物語

2012-03-22 15:24:40
蜂須賀正勝&家政 @Hachisuka1526

@busyo_nari 道三殿から「美濃を譲り渡す」との書き付けを頂いていた大殿様は、この稲葉山城を攻める為に川の中程に出城を築く事をお決めになられ、臣に命ぜられたのです。ところが、斎藤龍興軍の猛攻激しく築城は難しい。 #墨俣物語

2012-03-22 15:27:36
蜂須賀正勝&家政 @Hachisuka1526

@busyo_nari その「難しい!大変!大殿様が困ってる!」の三点せっとに反応されるのがうちの殿、秀吉様でしてな…「見事出城を築いてみせます!」と名乗りを挙げられたのでございます。で。その晩秀吉様がおいでになられたのが、我が館でしてな。 #墨俣物語

2012-03-22 15:32:10
蜂須賀正勝&家政 @Hachisuka1526

@busyo_nari 「この川の上流から木材を流して、夜の間に城を急いで作っちゃう!から、協力してくれ!」と、仰られたのです。と言いますのも、某が纏めております「川並衆」。川を使った運送業をやっておりました故に、やろうと思えば出来ぬ事ではなかったのです。 #墨俣物語

2012-03-22 15:37:02
蜂須賀正勝&家政 @Hachisuka1526

@busyo_nari ところが大殿様に対して……ボソッそのまあいろいろあるんだ察してくれ。簡単に言えば、大殿様が…些か苦手でしてな。今でこそ恩義感じておりまするが(*´`) 「ついでに信長様の下につけばお家安泰だよ!」と言われ。一晩だけ時間をくれと言ったのです。 #墨俣物語

2012-03-22 15:40:33
蜂須賀正勝&家政 @Hachisuka1526

@busyo_nari 次の日。来られた秀吉様に対してこう答えました。「信長様に付き従い戦う事はできない。だがしかし、秀吉殿。貴殿のその誠意、しかと受け止めた。貴殿の為ならば戦える。これより蜂須賀小六、秀吉殿にお味方いたす」 #墨俣物語

2012-03-22 15:43:20
蜂須賀正勝&家政 @Hachisuka1526

@busyo_nari そうして秀吉様の下で、川の上流から木やら武具やら何やらを運びましてな。(*´`)運んでいる間にも敵は来る、だが攻撃を弟分である前野長康が受け、そして某は築城の指揮に辺り、城は完成したのであります #墨俣物語

2012-03-22 15:45:43
蜂須賀正勝&家政 @Hachisuka1526

@busyo_nari ここだけの話。(*´`)勿論あんな場所に一夜で城ができるわけねえでございます。まずは馬防柵など、敵を塞ぐ高い柵だけを建て、敵の攻撃を防ぎつつ幾日かかけ、城…と言いましても皆様が想像されるような城ではなく、砦にございまするが。を築きましたな。 #墨俣物語

2012-03-22 15:48:44
蜂須賀正勝&家政 @Hachisuka1526

@busyo_nari 今となっては有難き良き思い出。秀吉様の旗下として、某も名を馳せていくことになりまする。…ですが秀吉の奴んな仕事持ってきやがって最初はどういうつもりk「…(;´Д`)親父、親父ー。昔の口調まざって訳わかんない事になってるよー!」 …失礼(´`*) #墨俣物語

2012-03-22 15:51:18
蜂須賀正勝&家政 @Hachisuka1526

@busyo_nari ただ一つはっきり言えますのは、この後より某は秀吉様に仕える事になり、「秀吉の動くところ、正勝のあらざるなく」とまで呼ばれるようになったのでございまする。以上、御清聴くださりまして有難うございました(*´`) #墨俣物語

2012-03-22 15:57:34
蜂須賀正勝&家政 @Hachisuka1526

@busyo_nari 「なお一部音声が乱れました事お詫び申し上げまーす!(*´∀`)」 …おい待てどういう意味だ。 「そのままの意味です父上様。」

2012-03-22 15:58:42