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かじ @kaijsan
【日本語も他人との差異を認める言語になる必要性】について考えてみます。きっかけは同じ大学であろう人からのリプライでした。
かじ @kaijsan
大した話ではありません。私の元彼がTwitterを嫌がったのが、仕事と私とどっちが大切なの?という質問と同じ次元だという話。その話にSさんは「それは違うと思うなー」というリプをくれました。
かじ @kaijsan
私はそのリプに何故かイラっとしました。何でだろうと考えた時、このリプライには否定しか入ってないことに気づきました。彼の考えが全く入っておらず、私の意見も入っていない。そこには「違う」という言葉だけが宙に浮いています。
かじ @kaijsan
こんなことでイラっとした私の心の狭さを反省しました。それと同時にこの形式の会話が日常になんて多いのかとも思います。日本は均一化した幸せのなかで生きていた分、違いを許容する会話の少ないことを感じます。
かじ @kaijsan
多様化を求めてきたのか、それしか方法がなかったのかはわかりませんが、これからますます私たち日本人は多様な価値観と文化の中、同じ島国で生きていきます。
かじ @kaijsan
そんな中で共感を求める行為がますます難しくなって行く。共感だけを求めるならますます小さなコミュニティでしか生きていけなくなる。そう考えると共感ではない、何かを人と分かち合わないといけないわけです。
かじ @kaijsan
もうそんな悠長なことは言っていられません。小さなコミュニティで合わせることが嫌ならば、言語を駆使して人と分かり合わなければなりません。伝えなければわかってもらえないんです。
かじ @kaijsan
大学ではあまり必要とされない価値観とか文化を伝える言語。サークル、バイト、恋愛の話だけではなく、もっと多彩な話題を交換し合う、そんな場所に大学があることを願います。おわり。

コメント

かじ @kaijsan 2012年4月23日
まとめを更新しました。
かじ @kaijsan 2012年4月23日
まとめを更新しました。
セルフ執事 @SF_yomi 2012年4月23日
Stop making a fuss. It really get on my nerves!
たかしまよしお @takashimayoshio 2012年4月23日
言語の問題だとは思わんけど。
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