秒針は止まらない

原 沙良葉 @harasaraha

ぱた、と読み終えた冊子を閉じて彼女は尋ねる様に私を見た。「で？」「何か思い出さない？」「何も思い出さないってさっきから言ってるだろう。しつこいなあ。僕がこれを読んで分かったのはこの冊子の作者は趣味が悪いってことだよ。バッドエンドばかりじゃないか」　#空想の街　#秒針は止まらない

原 沙良葉 @harasaraha

「だからその作者の話をしてるんだってばあ」「知らないものは知らないよ」私を見て芽衣ちゃんは困ったような表情になった。よっぽど情けない顔をしてたらしい。（だって、）「芽衣ちゃんならって思ったのに」自分のものと思えないほどに弱い声が研究室の床に落ちた。　#空想の街　#秒針は止まらない

原 沙良葉 @harasaraha

「はあ、」「ううう」「そう小さくなるなよ、僕が苛めてるみたいじゃないか。話なら聞いてあげるから、頼むから泣かないでくれよ」ぽんぽん、と俯く私を芽衣ちゃんが撫でる。「・・・芽衣ちゃんが優しい。奇跡だ」「で？僕が誰を忘れてるって？」「やっぱ優しくない」　#空想の街　#秒針は止まらない

原 沙良葉 @harasaraha

・飯島芽衣（１９）流南大学の超自然科学専攻１回生。ふわふわ茶髪くっきり目の美人。僕っ子で頭の回転は早い。・リュカ（１９）新米時計職人。進学はしてないが頭が良く好奇心旺盛で色々調べたりしている。黒髪ポニテ猫目の元気っ子。頭いいはずなのに阿呆っぽい。　#空想の街　#秒針は止まらない

原 沙良葉 @harasaraha

「・・・遥」「うん。数藤遥、男、私たちと同い年で文学研究の為に去年の冬からこの街に来た」ふー、とため息を吐いて芽衣ちゃんは閉じていた目を開く。「・・・正直に言って覚えはない」「でもいたんだってば！」低い芽衣ちゃんの声に答える声は自然と大きくなる。　#空想の街　#秒針は止まらない

原 沙良葉 @harasaraha

「時計塔で出会って、そこから仲良くなって色々話したりお茶したり散歩したり三人でだらだらしたり、」ぼそぼそ喋る遥の姿が思い浮かぶ。「人見知りだけど友達増えていっぱい遊んで、なのに誰も覚えてないって、」「オッケイ」涙声になる私を芽衣ちゃんが手で制した。　#空想の街　#秒針は止まらない

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「つまりこういうことだ。リュカには数藤遥という記憶がある、けれど僕を含む彼を知っているはずの人間にはその記憶がない」「うん」「ということはだ」くっきりした茶色の瞳が私の瞳を覗き込んだ。「リュカが間違ってるか僕たちが間違ってるかのどちらかだろう」　#空想の街　#秒針は止まらない

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「・・・嘘じゃないよ」「そんなことはとうに分かってるよ」むくれた私を見て芽衣ちゃんは呆れた顔をした。「君は僕の専攻を何だと思ってるんだい」「あ」「超自然科学。ナマエが逃げたり見たい夢が見れる仕組みに理論性を見つける学問だぜ」春の陽が揺れる。　#空想の街　#秒針は止まらない

原 沙良葉 @harasaraha

「何らかの形で君に架空の記憶が紛れたの、はたまた僕らの記憶の方が消えてしまったのか。どちらにせよ僕の専門分野な可能性は高い」「じゃあっ遥探すの手伝ってくれるの！」「当前さ。君の話では彼は僕の友人でもあるんだろ。僕は友人を見捨てるほど冷たくはないぜ」　#空想の街　#秒針は止まらない

原 沙良葉 @harasaraha

「じゃあ行こうか」研究室を出た芽衣ちゃんがスタスタ歩き出すので私は慌てて追いかける。「行くって何処に？」「まずは間違ってるのがどちらかを見極めなくっちゃならないだろう？ない記憶を探すよりはある記憶の綻びを探す方が楽だ」「私の記憶を浚うってこと？」　#空想の街　#秒針は止まらない

原 沙良葉 @harasaraha

「そうだな。最近のものから日常を辿ってみよう」「ってなんでそれで芽衣ちゃんが先導するのよう」「先を歩くのがどちらなんて些細な問題だろう。どうせ行き先は決まってるんだ」「知ったかぶり」意地悪に芽衣ちゃんは笑った。「工房だろ？髪に硝子粉末が付いてるぜ」　#空想の街　#秒針は止まらない

原 沙良葉 @harasaraha

芽衣ちゃんの大学から地下街入口まで大体５分。こっち方向から地下に潜るの新鮮、って呟いたら耳聡い芽衣ちゃんに睨まれた。「いつも僕の研究室に入り浸ってるのは何処の誰だと思ってるんだい」「ちゃんとお土産持って行ってるじゃない」クッキー楽しみにしてる癖に。　#空想の街　#秒針は止まらない

原 沙良葉 @harasaraha

くねくねした道の突き当りが私の師事してる工房。「ニーモア氏は遥君とは知り合いだったのかい？」ふと思いついたように芽衣ちゃんが言った。「ううん。遥すごく人見知り激しいもん、叔父さん紹介なんて出来ないよ」「ふん」「芽衣ちゃんが、」遥君なんて変な感じ。　#空想の街　#秒針は止まらない

原 沙良葉 @harasaraha

鈍色に光る工房のドアを踏ん張りながら開けた。「う、おも、いー」「毎日開けてるんだろう」「いつもは叔父さんがあけてくれっ！？」内側からドアが引かれて倒れそうになった体が誰かに支えられる。「お前らか」「ご無沙汰してます」仏頂面の叔父さんが立っていた。　#空想の街　#秒針は止まらない

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「今日の作業は終わったが」「ちょっと別件で。作業邪魔しちゃった？」「いや。入るのか？」「うん」「失礼します」軽くお辞儀する芽衣ちゃんの横をすり抜けて入る。大きい方のライトがまだ付いていて、ああ、本当についさっき作業が終わった所なんだ。　#空想の街　#秒針は止まらない

原 沙良葉 @harasaraha

「ここに来るのも久しぶりだな」「そうだっけ？」「昔はよく遊びに来たがね、最後に来たのは中２の１１月だ」「・・・よく覚えてるね」「僕の記憶力はこの際どうでもいいさ」かつん、と芽衣ちゃんのヒールが音を立てた。「わざわざやって来たんだ、雑談は後にしよう」　#空想の街　#秒針は止まらない

原 沙良葉 @harasaraha

「最近何か特別変わったことはあったかい？」「変わったことって言ったって・・・」くるり、と工房を見回す。「そんな曖昧に言われたって答えられないよ」「言いたいことは分かるが、原因が分からないんだから曖昧にしか尋ねられないだろう」「ううんん」　#空想の街　#秒針は止まらない

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そう言われても最近変わったことなんて何もない。床を見つめて言いあぐねる私に「じゃあ僕らが遥君を忘れていると気づいたのは何時だい」「へ？」「異常が起こった時点の特定につながるかもしれないだろう」「ああそっか。えーと昨日」「昨日？」意外そうな声が返る。　#空想の街　#秒針は止まらない

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「うん。部屋でごろごろしてたら借りてた本思い出して下宿に行ったら、」何もなかった。部屋は空っぽで管理人さんは何も覚えて無くて。「慌てて片っ端から電話して、でも誰も覚えて無くて」「ふむ」芽衣ちゃんは首を傾げた。「じゃあ広くとってここ１か月だな」　#空想の街　#秒針は止まらない

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「１か月っていったって何もなかったてば」ほんとに心当たりはない。「大体何かあったとしても忘れてるんじゃないの？」「そういうパターンもあるがね。確認してみないと分からないだろう。そう文句を言うなよ」「文句じゃないよ！」嫌な顔されたから慌ててフォロー。　#空想の街　#秒針は止まらない

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「・・・おまぇ１か月前長期休暇取ったろ」奥の工具整理から帰ってきた叔父さんが呟いた。「え？」「なんだ。長期休暇なんて日常じゃないじゃないか。どこか旅行でも行ってきたのかい？」「・・・そうだっけ」「リュカ？」覚えてない。「私、休暇なんてとったっけ」　#空想の街　#秒針は止まらない

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「・・・覚えてないのかい」身を乗り出した芽衣ちゃんが私の顔を覗き込んだ。「・・・うん」頷く。「馬鹿言え。おまぇ２週間休暇取ってなんかゴソゴソやってたやろう」叔父さんが変な顔をする。「全然覚えてないや」へにょん、と自分の眉が下がるのが分かった。　#空想の街　#秒針は止まらない

原 沙良葉 @harasaraha

「・・・とりあえず、これで異変の原因が君である可能性は高まった訳だ。人一人の失踪の確率が低くなったんだ。元気出せよ」「・・・うん」遥の記憶、偽物だったのかなあ。事情を呑み込めてない叔父さんが眉を寄せていった。「もぅ工房に用がないなら閉めるぞ」　#空想の街　#秒針は止まらない

原 沙良葉 @harasaraha

「お邪魔しました」お辞儀をした芽衣ちゃんを見下ろして叔父さんはおう、とくぐもった返事をした。「よく分からんが明日と明後日は休みだから、ゆっくり休め」ぽん、と頭を叩かれる。「うん」私が頷くのを見てから叔父さんはのしのし歩いて行った。　#空想の街　#秒針は止まらない

原 沙良葉 @harasaraha

あんなにみんな忘れてるって思ってたのに、記憶が間違ってるかもと分かって途端に私は不安定になっていた。この記憶はなんなんだろう。偽物、の記憶？「さて、リュカ」「！」右手があたたかくなる。「実は君に急に連れ出された所為で僕はまだお昼を食べていないんだ」　#空想の街　#秒針は止まらない