秒針は止まらない

原 沙良葉 @harasaraha

「調べたいことがある。行き先は黒猫で構わないかい？」芽衣ちゃんが私を覗き込んだ。ふわりと春の香り。「・・・芽衣ちゃんが行きたいなら行ってもいい」「甘い顔をすればすぐこれだ。偶には僕もリュカに甘やかされてみたいものだね」でも手は繋がれたままだった。　#空想の街　#秒針は止まらない

原 沙良葉 @harasaraha

りん、と頭上でベルが鳴る。「いらっしゃいませ」窓際のいつもの席につく。紅茶のいい香りを思い切り吸い込んだら少しだけ気分が晴れた。「僕はアールグレイにしよう。リュカはカモミールにするといい」メニューを見もせずに芽衣ちゃんは言った。　#空想の街　#秒針は止まらない　#ブックカフェ黒猫

はりか（玻璃花） @likeanalleycat

馴染みの顔触れが訪問した。いつもの窓際の席に着き、アールグレイとカモミールのオーダーが飛ぶ。ふとあることが気になり、湯を沸かしながら尋ねた。「今日は御二人ですか？」その時二人の表情が僅かに固まったことに、私は気付いていなかった。 #空想の街 #秒針は止まらない #ブックカフェ黒猫

はりか（玻璃花） @likeanalleycat

「ほら、いつも、黒髪で猫背気味のお客様もご一緒でしょう。今日はお見えではないのですね」紅茶を淹れながら尋ねる。顔を上げると、二人の視線が私を刺していた。笑顔でも怒りでもなく、それは不可思議なものを見るかのような視線だった。 #空想の街 #秒針は止まらない #ブックカフェ黒猫

原 沙良葉 @harasaraha

「リュカ」芽衣ちゃんの声と視線が一気に緊張を孕んでとんでくる。「遥君の容姿をもう一度言ってもらえるかい」「黒髪の癖毛で・・・」いつも猫背だった。「遥は本当にいたってこと？」きょとんとする店主さんの前で芽衣ちゃんと顔を見合わせる。　#空想の街　#秒針は止まらない　#ブックカフェ黒猫

原 沙良葉 @harasaraha

「最近リュカはここへ来てないんだろう？休暇のうちにここへ訪れて店主さんと一緒に記憶を刷り込まれた可能性もなくはないが、店主さんは１か月前の記憶はきちんとあると云う」ぱくり、とやってきたオムライスを口に含んで芽衣ちゃんは私を見た。　#空想の街 #秒針は止まらない #ブックカフェ黒猫

原 沙良葉 @harasaraha

「ややっこしいことになってきたな。落ち着かせようと思って君にはカモミールを頼んだのだが、僕にも必要だったかもしれない」「なんなら一口あげるよ」「ありがとう」皮肉だったのに上手く躱された。気を取り直して尋ねる。「今からどうする？」　#空想の街 #秒針は止まらない #ブックカフェ黒猫

原 沙良葉 @harasaraha

「まずは遥君が確かに存在していたという物証が欲しいな」「ぶっしょう」「リュカに異変があったのか僕らに異変があったのか特定しないと何も出来ない。確かに遥君がいた可能性はかなり高いがね」口を開きかけた私を目で制して続ける。　#空想の街　#秒針は止まらない #ブックカフェ黒猫

原 沙良葉 @harasaraha

「僕は遥君の下宿だったという家に伺おうと思う。リュカは前に言っていた幼馴染のところへ行きたまえ。高校生だったね？この時間ならまだいないかもしれないが連絡はとれるだろう」「幼馴染ってしぃちゃんのこと？」急に出て来た名前に面食らう。　#空想の街 #秒針は止まらない #ブックカフェ黒猫

原 沙良葉 @harasaraha

「しっかりしたまえよ。もし遥君が実際いて君の記憶が正しいのなら君が一月前の休暇のことを何も覚えてないのは不自然だろう」紅茶を飲んで芽衣ちゃんは呆れたように私を見た。「あ」遥がいてもいなくても私の記憶が異常なのは変わらないんだ。　#空想の街 #秒針は止まらない #ブックカフェ黒猫

原 沙良葉 @harasaraha

「例の幼馴染だったら君の長期休暇のことも聞いているかもしれない。聞けば思い出すかもしれないだろう？」「そう、だね」あれだけ喋ってたのに綺麗にオムライスを食べ終えて芽衣ちゃんは口を拭った。「何か思い出したら連絡してくれ」「うん」　#空想の街 #秒針は止まらない #ブックカフェ黒猫

原 沙良葉 @harasaraha

りんとベルの音を背にカフェを出る。「じゃあまた明日」「うん。芽衣ちゃんも気をつけてね」「気をつけるって何にだい？」「ゆ、誘拐犯とか・・・」口に出すとなんだか間抜けに聞こえた。でも遥がいなくなった可能性が高い以上その可能性もなくはないのだ。　#空想の街 #秒針は止まらない

原 沙良葉 @harasaraha

「変な魔法使うやつとかかもしれないし」「それだとむしろ危ないのは君の方だぜ。一人だけ記憶を持ってるなんて僕が犯人なら邪魔でしょうがない」「わ、私よりも芽衣ちゃんの方が有能だもの」絶対芽衣ちゃんの方が邪魔だと思う。言い募ると芽衣ちゃんはふふと笑った。　#空想の街 #秒針は止まらない

原 沙良葉 @harasaraha

「大丈夫さ。変なやつがいたら蹴りでもいれて逃げ出すよ」笑って肩をすくめられた。犯人がいるなんて本気で思ってないみたい。「明日は僕が君の家まで迎えに行くよ」「講義は？」「自主休講だ。非常事態だからしょうがない」「・・・困るのは私じゃないからいいけど」　#空想の街 #秒針は止まらない

原 沙良葉 @harasaraha

「じゃあ明日ね」手を振って歩き出した。怖かったり不安になったりしたけど、今はたぶん遥が心配なのが一番な気がする。ぐるぐるした気分のまま駅を目指して駆けだした。しぃちゃんに会いたい。会ってぎゅーってしたい。　#空想の街　#秒針は止まらない

原 沙良葉 @harasaraha

勢いよく走っていく彼女を見送って僕はゆっくり歩きだした。春の陽気は暖かいけれど気分は沈む。人一人がその記憶と共に消えてしまうなど恐ろしい現象だ。消えたと思われる遥と同様にリュカのことも気にかかった。何故彼女だけ覚えているのか。一月前何かあったのか。　#空想の街　#秒針は止まらない

原 沙良葉 @harasaraha

裏通りを抜けて彼の下宿があるという北区を目指す。リュカは犯人の存在を気にしていたが僕はその可能性は低いと考えていた。確かに人為的なものは感じるが、リュカにだけ記憶がある説明がつかない。僕が考えていたのは家出だった。この場合は夜逃げが適切だろうか。　#空想の街 #秒針は止まらない

原 沙良葉 @harasaraha

「面倒なことになった・・・」嘆息しながら呟くが、同時にどこか浮き立つ自分も感じていた。この街では超自然現象は多いが、こうして事件として目の前で起こるなどまずない。人が一人消えているのだ。真剣になりこそすれ浮き立つなんて「最低だ」自嘲の笑みが浮いた。 #空想の街 #秒針は止まらない

原 沙良葉 @harasaraha

研究のために街を訪れるが夢かなわずに街を去る。研究が失敗したことを知られたくない、あるいは家族の元に帰りたくなくて自分に関わった者の記憶を消して姿を眩ます。ただ初めて友人になったリュカの記憶だけは消すに忍びなかった・・・一応筋は通るように見える。　#空想の街 #秒針は止まらない

原 沙良葉 @harasaraha

が、所詮空論だ。僕やリュカの友人がそんなことをするとは俄かには信じがたいし、もしもリュカにこの考えを伝えれば彼女は激怒するだろう。この考えであって欲しいと思うのは僕の願望だ。煙のように消えてしまうとか事故で失踪したよりは、まだこちらの方がましだ。　#空想の街 #秒針は止まらない

原 沙良葉 @harasaraha

そこは割に綺麗な家だった。くりいむ色の壁は新しくはないがこざっぱりとしている。１階の管理人の部屋であるという扉のノッカーを叩いた。　#空想の街　#秒針は止まらない

原 沙良葉 @harasaraha

走りながら腕時計を見る。午後３時。しぃちゃんが家にいるかどうか微妙かもしれないなあ。立ち止まって、少しだけ息を弾ませて歩きながらメールを打つ。「会えたら会いたいな、と。送信っ」昔からしぃちゃんには素直になれるのはなんでだろう？　#空想の街 #秒針は止まらない #デコ少年と平凡少女

朔月みりあ @miria_saku

家に向かって歩きながら、ケータイの電池をはめて電源を入れる。光る画面に、新着メールの文字。「リュカさんからだ」「リュカさん？」「３つ上の幼なじみの人。会いたいってメールなんだけど、いいですか？」「寧ろ俺が邪魔じゃない？」 #空想の街 #秒針は止まらない #デコ少年と平凡少女

朔月みりあ @miria_saku

「少し返信遅れてごめんなさい。今帰宅しているところです。どこか行きましょうか？それと、もうひとりいるんですが構わないでしょうか？」 #空想の街 #秒針は止まらない #デコ少年と平凡少女

原 沙良葉 @harasaraha

「おー返事きた」一緒にいるって誰だろう。友達？首を捻りながら返信。『何処かで待ち合わせでもいいよ。かふぇみつとかどうかな。一緒の子が平気なら私は気にしない(*^^)v』「送信！」空へ向かってボタンを押す。　#空想の街 #秒針は止まらない #デコ少年と平凡少女