たま売りの話

せいや＠巣ににげこんだ @dreapeter

こんばんはお嬢さん。どうしたね、思い詰めた顔をして。…僕かい？僕はたま売りさ。堪え切れぬほどたまったおもいを取り出して、この玉に仕舞うんだよ。そうすると、これに色が付く。穢したくない無垢な願いも、胸焼くような呪いでも、熟んで傷んだ恋心でも。試してみるかい？　#空想の街　#たま売り

せいや＠巣ににげこんだ @dreapeter

たま売りは街をあちこちうろついています。お客さんが吐き出すおもいを玉に仕舞い、客観にするのがお仕事。吐き出されたおもいは、たまを額に押し当てることで主観として味わうことができます。お代はややお高めですが、色付いたたまをたま売りに譲ることで無料となります。　#空想の街　#たま売り

せいや＠巣ににげこんだ @dreapeter

たま売り自身は好みませんが、望まれれば手持ちのたまを売ることもあります。「色」か「おもいの種類」を告げれば、それに合ったたまを見繕ってくれるでしょう。しかしたまの性質上、正の感情が仕舞われたたまはまず売られていません。色で選ぶ際には、どうぞお気を付けて。　#空想の街　#たま売り

せいや＠巣ににげこんだ @dreapeter

色で感情を診ようだなんて無駄だよ。たま売りは笑って言う。幸せは黄色く、かなしみは青く、呪いは黒く。君たちはそれぞれを、決まった色で括りたがるからね。定義の色眼鏡を掛ければ本質を見失ってしまう。淡く蒼いよろこびも、鮮やかに朱い憾みも、僕は見たことがあるよ。　#空想の街　#たま売り

せいや＠巣ににげこんだ @dreapeter

小銭でいっぱいの袋を差し出す少女。少女の依頼を聞いて、たま売りは口を開いた。想い人に伝わらない、溢れんばかりの恋心。うん、素敵なおもいだね。きっとこれも綺麗に染まる。何処から取り出したか、掌で玉を転がしながらたま売りはゆるやかに笑む。　#空想の街　#たま売り

せいや＠巣ににげこんだ @dreapeter

色付いたたまを彼に渡せば、君のおもいは伝わるだろうね。たま売りはふつりと笑みを消し、少女と視線を合わせた。感情を映さない眼が少女の目を射る。玉に吐き出せば、伝えたかった、伝わったおもいは君の中から消えてしまうよ。それでもと言うならば、僕は構わないけれど。　#空想の街　#たま売り

せいや＠巣ににげこんだ @dreapeter

肩を落とす少女にたま売りは便箋屋の地図を渡す。ぼくに話した言葉を憶えているかい？それを便箋に書いて、気持ちを込めて封をして、想い人の彼に渡してごらん。きっと伝わる。それでも伝わらなかったら僕のところにおいで。悔いも悲しみも全部取り出してあげるよ。　#空想の街　#たま売り

せいや＠巣ににげこんだ @dreapeter

音売り？たま売りはことりと首を傾げる。ふうん。想いを音に、味にするのか。黒い表紙の手帳を出して、新しいページを開く。僕には売るものも買う情緒もないけど、朝のあの子に会ったら教えてやろう。住所と建物の外観を書き留め、たま売りは店に背を向けた。　#空想の街　#オトトイ食堂　#たま売り

せいや＠巣ににげこんだ @dreapeter

くん、服の裾を引かれてたま売りは立ち止まる。振り返ると、小さな子供がひとり、じっとたま売りを見上げている。子供の眼を見て、空を見て、もう一度子供に視線を向けてたま売りは口を開いた。曇っているね？子供の眼を捉えたまま、ことんと首を傾けて笑う。　#空想の街　#たま売り

せいや＠巣ににげこんだ @dreapeter

お空の雲は小雨だね。君の雲は嵐だね。雷ひとつも放てないで、溜め込み続けた嵐だね。子供はぽかんと口を開けている。たま売りはすとんと腰を下ろし、子供の手を取った。きゅ、と握る。瞳を輝かせて自分を見上げるたま売りに、子供がびくりと怯む。　#空想の街　#たま売り

せいや＠巣ににげこんだ @dreapeter

遣り過ごすことは出来ない程溜ってしまったんだね。破裂させてしまえば楽になれるよ？子供は強く頭を振る。無言の意思表示。たま売りの目が輝きを増す。いいよ、いいよ。声に色が付く。持ちきれなくなったおもいを、それでも何処にも出せないおもいを、仕舞うのが僕の仕事だ。　#空想の街　#たま売り

せいや＠巣ににげこんだ @dreapeter

見てごらん、すてきな菫色だ。目の前に翳されたたまを、子供はじっと見つめる。たま売りの服の裾を掴む手が、小さく震えている。君はこれを持っていくかい、それともここに置いていくかい？持っていくなら、お代は君の一日分の稼ぎだ。　#空想の街　#たま売り

せいや＠巣ににげこんだ @dreapeter

口を開きかけた子供を制してたま売りは続ける。僕はこれが気に入ってしまったから、これを見せてくれた君にひとつ、いい事をしてあげよう。たま売りは子供の震える手を取る。子供は逆らわない。　#空想の街　#たま売り

せいや＠巣ににげこんだ @dreapeter

君がもし戻るなら、戻るつもりなら、これを持っていくといいよ。掴むのが痛くても、これは君の支えだったから、なくなったら倒れてしまうよ。もし戻らないのなら、行く場所があるのなら、これは僕におくれよ。僕はこれを、とてもとても大事にするよ？　#空想の街　#たま売り

せいや＠巣ににげこんだ @dreapeter

もし戻りたくないのなら、行く場所がないのなら、僕は君に行く場所をあげるよ。僕はいくつか知っているよ。パン屋さんがいいかい、便箋屋さんがいいかい、他のところがいいかい？たま売りは子供から目を逸らさない。　#空想の街　#たま売り

せいや＠巣ににげこんだ @dreapeter

きれいだね。甘い香りがするね。子供の手を引いたたま売りが、空いた手でマカロンを指さす。お姉さん。このお菓子を、この子にひとつと、僕にひとつと、お土産用にみっつほど、僕に売ってくださいな。全部で、ええと、いつつ？ @pringprincess #空想の街　#たま売り

せいや＠巣ににげこんだ @dreapeter

ありがとう。「ありがとう！」たま売りと子供の声が重なる。えっと、お金。たま売りは硬貨を丁寧に積み上げ、てっぺんに薄紅色のたまを置く。と、僕のきもち。これは握って使うんだよ。中身はみんなと食べるご飯。手を小さく振って背を向けた。　@pringprincess #空想の街　#たま売り

せいや＠巣ににげこんだ @dreapeter

「おいしい！」うん、おいしいね。マカロンを齧りながらたま売りと子供は街を歩く。そうだ。最後のひとかけを飲み込み、たま売りがぴたりと立ち止まる。君はお菓子は好きかい？作るかい？いきなりの問いに子供はきょとんとし、意味を理解して満面の笑みを浮かべた。「うん！」　#空想の街　#たま売り

せいや＠巣ににげこんだ @dreapeter

それじゃあケーキ屋さんにしよう。君のお菓子はきっとおいしいだろうね。楽しみだね。たま売りは声を弾ませる。店に着くまで、何を話そうか。君の話にしようか、僕の話にしようか。僕は、今度は君の好きなものが知りたいな。　#空想の街　#たま売り

せいや＠巣ににげこんだ @dreapeter

辿り着いた店の前、たま売りは右手を握り、開く。そこには先の店でお姉さんに渡したものと同じ、滴型のたま。こちらは淡い黄色をしている。それを子供の手に押し付け、たま売りはゆるりと笑う。君に僕のきもちをあげるよ。中身は、マカロンとお散歩とお話。　#空想の街　#たま売り

せいや＠巣ににげこんだ @dreapeter

「なんで！」さっと顔色を変え叫んだた子供の頭を、たま売りは笑って撫でる。だって。右手を握り、開く。色のないまん丸の玉。容れ物に色があったら、入れたおもいが変わってしまうだろう？大丈夫、約束はちゃんと覚えているよ。　#空想の街　#たま売り

せいや＠巣ににげこんだ @dreapeter

たま売りは立ち上がり、店の戸を叩く。出てきた女性と言葉を交わし、子供を指差し、女性が頷くのを見てぺこりと頭を下げた。遊びに来るよ。ケーキを食べに来るよ。おごってあげるから一緒に食べよう。子供の頭をもう一度撫でて背を向けた。　#空想の街　#たま売り

せいや＠巣ににげこんだ @dreapeter

ねれぬ。たま売りに起きてもらおうか。

せいや＠巣ににげこんだ @dreapeter

たま売りは布団の中、菫色のたまを灯りに翳す。あの子は泣きそうな顔をしたね。ごめんね。小さな声で呟く。右手をきゅ、と握り、しかしゆるゆる首を振って、開いた掌は空のまま。　#空想の街　#たま売り

せいや＠巣ににげこんだ @dreapeter

今日はもうお客は来ないね。なら僕は持ったままでもいいね。色付きでもいいね。震えた声を自覚しないまま灯りを消す。右手に菫色のたまを握り上から左手を重ね、たま売りは目を閉じた。　#空想の街　#たま売り