10周年のSPコンテンツ!
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ほんのこ @shbttsy74
松山市民会館なう。このあと14時から広河隆一講演会うぃる。 #IWJ_EHIME1 で中継&実況あります。 http://t.co/BJJFqN5l
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広河隆一講演会「いま私たちができること」松山市民会館にて14時00分より。IWJ愛媛1でUSTREAM中継あります。 #愛媛 #原発 ( #IWJ_EHIME1 live at http://t.co/PLBwuvH7)
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開演15分前、受付&物販コーナー。 #IWJ_EHIME1 http://t.co/c4Gh1GYv
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よろしくお願いします!チャンネルは #IWJ_EHIME1http://t.co/V6O4tzfx RT @RyuichiHirokawa: これから松山市で講演会です。27日は宇和島で講演会。
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始まりました。まず、原発さよなら四国ネットワークより主催者挨拶。 ( #IWJ_EHIME1 live at http://t.co/PLBwuvH7)
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DAYS JAPAN原発関連の号や写真集の紹介中。 ( #IWJ_EHIME1 live at http://t.co/PLBwuvH7)
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広河隆一氏講演、まずは駆け出しのカメラマン時代、ボクシングの写真を撮っていた頃の話。そこから講談社の仕事をするようになり、藤原新也氏らと共にJALと組んで旅行雑誌を作るはずが…。 ( #IWJ_EHIME1 live at http://t.co/PLBwuvH7)
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広河氏「チェルノブイリ事故時、パレスチナの難民キャンプのことで頭がいっぱいだった。お金を現地に届けるにも、ジャーナリストたちが次々と殺されていた。僕も尾行を巻きながら」 ( #IWJ_EHIME1 live at http://t.co/PLBwuvH7)
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広河氏「僕はその頃、原発はいいものだと思っていた。正しい原子力の使用があると信じていた。だけどその頃に、昔の講談社時代の友達が訪ねてきて、自分たちが作りたい雑誌の話になった」 ( #IWJ_EHIME1 live at http://t.co/PLBwuvH7)
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広河氏「彼らは『外国に、これが日本の雑誌だ』と胸を張れるものがない、自分たち発信のものも作りたい、LIFEの日本版を作りたい、タイトルはDAYS JAPANにする、と」 ( #IWJ_EHIME1 live at http://t.co/PLBwuvH7)
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広河氏「僕もそれに意気投合した。新しい雑誌の創刊号を作るチームに入り、広瀬隆さんや立松和平さんにも声をかけた。創刊号では核の問題をやろうと。タイトルは『4番目の恐怖』」 ( #IWJ_EHIME1 live at http://t.co/PLBwuvH7)
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広河氏「放射能について何を書けるのかわからない。すごく戸惑ったが、これから何が起こるか考える時に、かつて起こった場所を訪れるのがいいと考えた。それでスリーマイル島やイギリスへ」 ( #IWJ_EHIME1 live at http://t.co/PLBwuvH7)
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広河氏「向こうで会ったおばさんが現地を案内してくれた。事故の後にいろんな異変に気がついていた。動植物の異変。ピンク色の煙が流れていた、色のついた小雨の中を歩いたなどの証言も」 ( #IWJ_EHIME1 live at http://t.co/PLBwuvH7)
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広河氏「彼女が、60cmくらいのタンポポの葉を見せてくれた。保険局長が調査をする。その専門家が日本から来たということで、住民らは喜んだ。ちゃんと調査してくれる、ウソはつかないと」 ( #IWJ_EHIME1 live at http://t.co/PLBwuvH7)
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広河氏「保険局長が『逃げろ』と言っていたことに、当局が反発していた。パニックを煽った、余計な心配をかけたと。それで更迭された。その後に赴任したのが日系一世の人物」 ( #IWJ_EHIME1 live at http://t.co/KDegPFR0)
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広河氏「スリーマイル島原発事故でさえも、ガンの発生は増えなかったという識者の意見が。真偽を調べもしないで流していたということ。『そんなわけないだろう』とお母さんたちが戸別訪問を」 ( #IWJ_EHIME1 live at http://t.co/KDegPFR0)
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広河氏「その局長の調査は何だったのか。調べていくと、お母さんたちのグループはある事実にぶつかる。彼らが行った調査は5マイル内の調査。それがわかっても、マスコミ政府の発表は消えない」 ( #IWJ_EHIME1 live at http://t.co/KDegPFR0)
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広河氏「その時僕は、チェルノブイリには行けなかったが(まだ禁止されていた)、ザルツブルクなどには多くの雨が降った。ある研究者が、ミュンヘンの公園を管理している人がある物を持ってきたと」 ( #IWJ_EHIME1 live at http://t.co/KDegPFR0)
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広河氏「それは、60cmのタンポポの葉だった。やがて日本でも、地図に黒い丸が生まれると思った。その後DAYS JAPAN創刊号で『4番目の恐怖』を発表。流通業者はすごく怖がった」 ( #IWJ_EHIME1 live at http://t.co/KDegPFR0)
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広河氏「非常にまずいし、やっちゃいけないという考え方。最後まで怖がった。業者が嫌がろうと、自分たちは第2のLIFEを作るんだ、という意気込みで始めた。キャンペーンのように原発問題を」 ( #IWJ_EHIME1 live at http://t.co/KDegPFR0)
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広河氏「当然敵が多くなる。一語一語に危機を感じているというか。一番怖がったのは講談社の宣伝部・広報部。広報費が消えていくのが恐ろしい。2年経たない内にDAYS JAPANは潰された」 ( #IWJ_EHIME1 live at http://t.co/KDegPFR0)
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広河氏「しばらくの間、僕は漁師の手伝いなどをしていた。そのうちに湾岸戦争が。イラクとクウェートに取材に行き、フォトジャーナリストに戻った。結局フリーランスも発表媒体があって成り立つ」 ( #IWJ_EHIME1 live at http://t.co/KDegPFR0)
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広河氏「世界は戦争を後押しする側に立った。あの戦争は正しかったという写真が求められた。それで、どうしても自分たちのメディアがほしいと、3人で会社を立ち上げた。企業のバックアップなしに」 ( #IWJ_EHIME1 live at http://t.co/KDegPFR0)
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コメント

ほんのこ @shbttsy74 2012年5月26日
まとめを更新しました。メンションを追加しています。
Love Shinto @revolteaware 2018年12月29日
まとめづくり、ありがとうございます。
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