うめさんによる震災初期のお話(第5話)

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森本うめ @ume_fb

第五話「遺された二人の夫」①震災後、定期的に寝言つきで見る夢がある。津波に襲われる夢、仕事で職員を叱りつける夢、高い崖から海に飛び込んで松の木や海藻にひっかかって、さらに海水に落下していく夢だ。在職中抱えていたストレスに加えて、震災のストレス障害が続いているらしい。

2012-07-08 16:21:58
森本うめ @ume_fb

②投身の夢は、というと、あるご夫婦のことが忘れられないからだろう。昨年11月ある女性が海に身を投じて、自殺した。遺された夫と二人、翌日に仮設住宅へ入居する予定だった。ご夫婦の自宅は震災の津波で流された。震災直後、ご夫婦は避難所で一ヶ月ほど過ごしていたが、ご主人が脳梗塞を発症。

2012-07-08 16:38:14
森本うめ @ume_fb

③ご主人は半年程隣町の救急病院へ入院した。幸いご主人の後遺症は軽度だったが、半年間の入院のため筋力が低下した。ご主人の入院期間中、奥さんは、交通インフラがほぼ崩壊した状況の中で、ほぼ毎日地域の避難所から付き添いに通った。お二人とも70歳を過ぎた高齢者である。

2012-07-08 16:46:40
森本うめ @ume_fb

④奥さんはご主人が退院したら、プレハブの応急仮設住宅で暮らすことは難しいと考えた。一般的な仮設住宅の広さでは、介護ベッドを入れたら一部屋ほぼ埋まってしまう。残りの居住空間は居間になり、居間で寝起きしながら夫を介護することは自分の身には堪える。浴室やトイレも健常者仕様である。

2012-07-08 17:02:05
森本うめ @ume_fb

⑤床はバリアフリーでも、介助スペースが狭い。慣れた地域で家かアパートを借りて暮らしたほうが、何かのときにも安心かもしれない…。悩んだ結果、ご主人の退院後は、地域の賃貸アパートに入居することに決めた。手すりの取り付けなど内装を改修することで話しが進んだ。所謂、みなし仮設である。

2012-07-08 17:14:29
森本うめ @ume_fb

⑥奥さんの姉も津波によって自宅が全壊、娘と二人、旧家の作業長屋を借りて新生活を始めていた。地域は小さな半農半漁の集落で、仮設住宅を建設できる敷地がなかった。家を失った地域の住民は、仮設住宅に入居しようとすれば、隣の集落の運動公園に建設された大規模仮設に入居するしかない。

2012-07-08 17:27:32
森本うめ @ume_fb

⑦自ずと、その地域はみなし仮設住宅で暮らす住民が多くなった。しかし、その結果思わぬ事態が地域にもたらされた。情報が届かないのである。避難所で生活していたときは、まだ良かった。そばにいた誰かに聞けば教えてもらえたし、貼り紙や手書きのお知らせがあった。困り事も顔馴染みに相談できた。

2012-07-08 17:39:54
森本うめ @ume_fb

⑧追い討ちをかけたのは、地域の公民館や屯所などの寄り合いの場所が被災したことだ。物資や噂話は届くが、地域住民が会して話し合う機会が無くなった。ご主人の介護と日常生活に追われていくうちに、奥さんは徐々に心を病んでいたのかもしれない。ご夫婦は、地域から孤立してしまったのだった。

2012-07-08 17:56:34
森本うめ @ume_fb

⑨心配した親戚が、仮設住宅へ入居するように奥さんへ助言して、代理で関係機関と協議した。10月下旬、ご夫婦は空きがあった隣の集落の仮設住宅へ入居することが決定した。引っ越しの日取りも決まった。奥さんは安心したのか、転居が決まったときには笑顔だったという。皆が安堵していた矢先、

2012-07-08 18:06:00
森本うめ @ume_fb

⑩奥さんは、近くの海に身を投じて自殺した。帰宅しない妻を心配したご主人が親戚に連絡、翌朝奥さんの御遺体が発見された。死を選んでしまった奥さんの不安がどれくらいのものだったかは分からない。確かなことは、地域に暗い影を落としたことだった。葬儀を終えたご主人は、単身仮設住宅へ入居した。

2012-07-08 18:22:51
森本うめ @ume_fb

⑪以後、私はたまに地域へ足を運ぶようになった。震災後のたくさんの御縁が、いろんな形で地域と私を繋いでくれたのだった。現在も途切れることのない、あたたかい御縁である。仮設住宅で一人暮らしをしているご主人は、介護サービスを利用したり、親戚や近隣住民に支えられて生活している。

2012-07-08 18:29:31
森本うめ @ume_fb

⑫ご主人は寡黙で、いかにも田舎の浜のじいちゃんといった男性だが、リハビリには熱心で、少しでも健康になりたいという意欲が伝わってくる。散歩や体操を続けているらしい…。震災で妻を亡くした友人に、震災後初めて連絡を入れたのは一周忌から一ヶ月程してからだった。

2012-07-08 18:42:38
森本うめ @ume_fb

⑬彼は「嫁さん、(津波から)逃げなかったらしいから、仕方ないなぁ…」と涙声で呟いた。彼が、自分は家事が苦手だから、老後には一人暮らしができない、と笑いながら話していたのを思い出した。哀しみが癒えることはない…。改めて、二人の奥様のご冥福をお祈り申し上げます。(了

2012-07-08 19:07:54