【ちょっとしたシバピノ】「司馬くん…相談があるんだけど、いい?」隣を歩く司馬に打ち明けようと決意するまでに、実に三日を要した。兎丸にとっては困惑と混乱ばかりが入り混じり、いっそ全てを無かった事にしたい程であった。
2012-07-29 04:26:35眉をハの字に歪めた司馬が、足を止めて兎丸を見下ろす。サングラスに隠されてはいるが、優しげな風貌が兎丸は好きだった。優しいのは風貌だけではない事も、勿論知っている。兎丸を気遣ったのか、司馬はそっとその小さな手を引き、近場の児童公園へと連れていった。
2012-07-29 04:29:17いつもは公園に溢れている小さな子供の元気な声は今はない。もう日の暮れる時間だからか。代わりに、能天気なカラスの声が響き渡る。握られたままの小さな手が、緊張で震えた「あのね、司馬くん…何だか最近変なんだ」
2012-07-29 04:31:45最初に異変に気付いたのはいつだったか。多分、些細な事からだった。ペンを紛失したり、ノートが消えたり。所在のわからなくなった私物に首を傾げつつも、自分が決してしっかり者ではないと自覚している兎丸は、どこかで無くしてしまったのだろうと信じて疑わなかった
2012-07-29 04:34:20「今日はね、地理の授業で使う筈だった地図帳を忘れたんだ。誰にも言ってなかったんだよ?なのに、友達に借りに行く前に、机の上に置かれてたんだ。怖くなって、子津君に借りた奴を使ったんだけど…ねぇ、どう思う、司馬くん。これって…これってストーカー、だよね…?」
2012-07-29 04:40:21兎丸の大きな瞳は、今にも零れそうな程に潤んで揺れていた。司馬と繋がれた手に力が篭る。何かに縋っていなければ耐えられない、そんな面持ちをしていた。「司馬くん、僕どうなるの?ずっとこのままなのかなぁ?そんなの嫌だよ、こんな怖い思い、したくないよ」
2012-07-29 04:42:54段々と盗まれる頻度が高くなり、内容も大胆になってきた。決して許しは出来ないが、私物が無くなる程度ならば、まだいい。しかし、それがいつまで続き、どこまでエスカレートするのか、考えるだけで心臓が凍ってしまいそうだった
2012-07-29 04:44:40そんな折、痛い位に司馬の手を握りしめていた兎丸の手を、そっと何かが包み込んだ。それが司馬の手の平だと知ると、兎丸は怖ず怖ずと顔を上げる。絶望の淵で見たのは、真っ直ぐに兎丸を見つめる優し過ぎる二つの目であった
2012-07-29 04:46:51いつだって隣にいて、優しく見守ってくれた親友。誰よりも理解してくれる存在。兎丸は、張り詰めた緊張がそっと和らいでいくのを感じていた。「…そう…だよね。僕には司馬くんが居てくれるんだもんね」安堵とも取れる笑みが、口元に浮かぶ
2012-07-29 04:48:40「怖いけど、司馬くんがいてくれる…守ってくれるんだもん。きっと、大丈夫だよね?」サングラスを外したところを見るのは本当に久しぶりだった。しかし、その目に映りこんだ自分に、兎丸は我を取り戻す。あまりに情けない顔をした自分は、司馬にどう見えていたのだろうか?
2012-07-29 04:51:04司馬がいてくれるから、大丈夫。それは盲目で絶対的な安心。兎丸は不安などなかったように笑みを取り戻し、司馬の手を引いた。「有難う、司馬くん!僕、また頑張れる気がする」相変わらず言葉はなかったが、それは良かったと言ってくれた気がして、兎丸ははにかんだ
2012-07-29 04:53:25二人並んで夕暮れの道を歩く。頼りになる親友がいる幸せを噛み締めながら、きっと何とかなると自らに言い聞かせ、兎丸は司馬に再び微笑みかける。…しかし。「あ痛ッ」「?」「もう、どこかに引っ掛けたのかなあ?今多分髪の毛抜けた…」「…」その幸せの儚さなど、きっと誰も知りはしないのだろう
2012-07-29 05:13:34