〔AR〕その8.93

東方プロジェクト二次創作SSのtwitter連載分をまとめたログです。 リアルタイム連載後に随時追加されていきます。 著者:蝙蝠外套(batcloak) 前:その8(http://togetter.com/li/342690) 続きを読む
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BIONET @BIONET_

「……レイヤーは電光石火のチョップ! イヤーッ!」 『イヤーッ!』

2012-07-27 21:30:48
BIONET @BIONET_

澄み渡る夏の青空、それを仰ぎみるのにお誂え向きな大木の木陰で、威勢のいいかけ声が反響する。

2012-07-27 21:34:47
BIONET @BIONET_

紅魔館を彼方に望む霧の湖の畔。ここ一体を根城にしている妖精や、その輩である童姿の妖怪達は、大木を背にした男の一挙手一投足に見入っていた。

2012-07-27 21:44:53
BIONET @BIONET_

いや……果たしてその者は男なのであろうか。確かに軽妙な語り口調の声音は、一般的な人間の男性のものと受け取って間違いはない。便宜上、男として扱うのが妥当だろう。

2012-07-27 21:47:58
BIONET @BIONET_

だが、その風体が余りにも異様すぎて、種族や性別を飛び越えた果てしない違和感を放出していた。

2012-07-27 21:48:07
BIONET @BIONET_

この幻想郷の暑い盛りにあって、男の衣装は全身をくまなく覆っている。その形は、知識がある者が見れば、あるいは、幻想郷における伝説の戦闘集団、『忍者』の装束を思い浮かべるだろう。

2012-07-27 21:48:23
BIONET @BIONET_

が、しかし、目にも鮮やかどころではない、色彩だけで見る者に目眩を与えるようなピンク色は、忍者という単語のイメージを吹き飛ばすには過激すぎた。

2012-07-27 21:51:12
BIONET @BIONET_

極めつけは、頭だった。頭部は頭巾で覆われていて、髪の毛の一本も見られない。そして顔面は、鈍く光る銀のような仮面で一部の隙もなく覆われている。故に、この男は、外見から表情を始めとする人間味を伺えない。

2012-07-27 21:52:19
BIONET @BIONET_

しかしてこの男、発する声音は前述のように調子がよく、いうなればとても子供受けしそうな雰囲気があった。事実、男と対面している子供妖怪達は、男がそらんじる空想の言葉の一字一句に、目を輝かせていた。

2012-07-27 21:53:31
BIONET @BIONET_

さて、この男、先ほどから何をしているのだろうか。何らかの劇を演じているのは誰が見てもわかるが、それは幻想郷ではあまりなじみのないものだった。

2012-07-27 21:56:40
BIONET @BIONET_

男は、三脚で支えられた厚みのある木の枠、その側面に切り込まれたスリットに、絵が描かれた紙を差し込んだりして、子供達に見せていた。

2012-07-27 22:00:31
BIONET @BIONET_

それは、外の世界で言うところの、紙芝居と呼ばれる演劇であった。話の流れに従って、次々に木枠の中の絵を取り替えていくことで、作り話の面白さと絵の面白さを両立させたものだ。

2012-07-27 22:05:21
BIONET @BIONET_

紙芝居の元となる大道芸は、江戸時代頃から存在していた。しかし、紙芝居という形に確立するのは、幻想郷が外界と隔離した後の外の世界でのことであり、幻想郷内ではほとんど見られないものだった。

2012-07-27 22:14:09
BIONET @BIONET_

ということは、この男は外の世界から紙芝居を持ち込んだのだろうか。それとも幻想郷内で、何らかの事情で紙芝居を作成して始めたのだろうか。知識人であればそのようなことを思考するかもしれない。が、今はそのような思索はあまり意味がなかった。

2012-07-27 22:17:37
BIONET @BIONET_

ともあれ、劇はクライマックスに達しているのか、男の語りは熱さを加速させていた。

2012-07-27 22:24:57
BIONET @BIONET_

「鋭いチョップは敵の肩を捉える! イヤーッ!」 と男が裂帛の気合いを吐き出せば。 『イヤーッ!』 と子供達は沸き上がり。 「ギロチンめいた破壊力が肩を粉砕! グワーッ!」 と男が真に迫った苦悶を叫べば。 『グワーッ!』 と子供達はバタバタと大げさな身振りではしゃぐ。

2012-07-27 22:32:28
BIONET @BIONET_

「ハッハー! ゴキゲンだねお嬢ちゃん達! ようし、今日は特別サービスだぞぅ」 男は芝居を中断し、子供達に向けて、厚手の複合素材に包まれた掌を差し出す。そこには、綺麗な包装紙に包まれたキャンディ、グミ、チョコレートが。

2012-07-27 22:37:42
BIONET @BIONET_

『わーい!』 弾かれるように、子供妖怪達は男の手を取り囲む。めいめい、好きな菓子をかっさらい、瞬く間に平らげていく。

2012-07-27 22:42:52
BIONET @BIONET_

「おじちゃーん、続き続きー」 サイダー味のボール飴を転がしながら、子供妖怪の一人、チルノが男に催促した。 それに対して男は、自身の顔面近くまで左手を持ち上げ、人差し指をメトロノームめいて細かく震わせた。

2012-07-27 22:45:56
BIONET @BIONET_

「チッチッチッ。おじちゃんはないぜベイベー。いくら体感時間既に何万年と経験していたとしても、俺の心はいつだって二十台さ!」 「二十台っていくつ?」 橙が首を傾げて尋ねると、男はHAHAHAと言わんばかりに笑い声を上げて答える。

2012-07-27 22:51:00
BIONET @BIONET_

「ルート20の二乗だろ。まぁいいさ、今日の俺は優しいからな。華麗にスルーしてやるさ」 そして男は紙芝居の続きを開始する。 主人公の凄まじい攻撃が悪役を叩きのめし、止めの一撃が炸裂。そして……。

2012-07-27 22:59:21
BIONET @BIONET_

「サヨナラ! 敵は爆発四散! これで悪は去った……しかし、今後再びこのような悪党が現れないとも限らない。備えよう。彼は改めて心に誓った……」

2012-07-27 23:02:06
BIONET @BIONET_

画面一杯に爆発の様子が描かれた絵が一瞬駆け抜け、最後に夕焼けを望む主人公の後ろ姿で、物語は幕を閉じたようだった。

2012-07-27 23:04:31
BIONET @BIONET_

「……ハイ、っつーわけで今回はここまで! よい子のみんなは昼寝にでも勤しみな!」 『えーっ!?』 子供達は一斉にブーイングを起こすが、男は怯むことなくそれを笑い飛ばした。微動だにしない銀の仮面の内側が、本当に笑っているかは定かではないが。

2012-07-27 23:06:25
BIONET @BIONET_

「ダイジョブダッテ! また近いうちにやってくるからさ。な!」 「本当? いつ頃?」 観衆の一人のルーミアが懇願するような眼差しで尋ねると、男はこめかみに当たる部分に右手の小指を押し当てた。

2012-07-27 23:11:37