累ノ会 番外編

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鈴木大治・あべの古書店(静岡) @Abeno_Old_Books

01)そもそも宇津ノ谷の「十団子伝説」を訪ねようと思い立ったのは、8月19日に静岡浅間通りで行われた日曜門前講座「静岡の怪談」がきっかけだった。講師は八木洋行氏。四半世紀続くSBSのラジオドラマ「すっとんしずおか昔話」の台本作家であり、民俗芸能写真家でもある。

2012-08-29 20:30:38
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02)十団子がいまひとつ名物としての知名度に欠けるのは、近くに丸子の「とろろ汁」があるためだろうと八木氏は笑う。東から来た旅人は既に丸子で食事をすませ、峠の団子になど目もくれぬ。西から来た者は、もうすぐとろろ汁だ、と、さっさと十団子を通り過ぎてしまう。

2012-08-29 20:36:04
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03)八木氏が解説した「十団子伝説」は、こんな話だ。宇津ノ谷の寺の住職が病にかかり、体が膿む。苦しいので、和尚は小坊主に膿を吸い出させていた。そんなことをくりかえしていたら、宇津ノ谷の峠に鬼が出没しはじめた。夜間に峠をゆく旅人をとって喰らうのである。

2012-08-29 20:36:41
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04)はたして鬼の正体は、寺の小坊主であった。和尚はこれを知って深く悔いる。ああ、これはとんでもない事をしてしまった、自分が毎夕、己の体の膿を吸わせていたために、小坊主は人の肉の味をおぼえ、あのような喰人鬼に化身するようになってしまった。

2012-08-29 20:37:18
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05)和尚は宇津ノ谷の峠に出向き、鬼と対決する。ただちに和尚を喰らおうとする鬼に、和尚はちょっと待てと語りはじめる。お前は様々なものに変化できるそうだな、だったらこんなものに…。鬼は自分の力を見せつけて、獣や物に姿を変える。やがてそれにも飽き、鬼はいよいよ和尚を喰おうとする。

2012-08-29 20:44:37
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06)最後にわしの手のひらにのる玉に化けてくれんか。よし、これが最後だぞ。鬼は小さな玉になった。和尚がすかさず錫杖で手のひらの玉を打つと、玉は十のかけらとなってはじけた。和尚はそれを飲み込み、鬼は退治された。これが十団子の由来である。

2012-08-29 20:45:06
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07)私は八木氏が語った十団子の説話を聞いて、水銀座の芝居「青頭巾」を思い出した。「青頭巾」は上田秋成の『青頭巾』を翻案した物語で、水銀座の役者Yが独演する持ちネタだった。初演は平成22年。今はない浜松の「ロックバー・ルクレチア」が会場だった。

2012-08-29 20:45:38
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08)Yが『青頭巾』を最後に演じたのは、今年3月。静岡のライブハウスで「ふるさと怪談トークライブin静岡」が開催され、この時は、私が『累ノ怪』を、鷹匠訓子が『五月雨』を上演した。いずれも「怪談」で、特に『青頭巾』の和尚が屍肉を喰らい骨を囓る場面のYは強烈な印象を観客に残した。

2012-08-29 20:51:05
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09)この日を最後にYは劇団の稽古場に顔をみせなくなった。Yのツイッターのアカウントも消えた。私はYの携帯番号もメールアドレスも自宅も知っていたが、問い合わせることはしなかった。何かが起きた時、あれこれと世話を焼いたほうがいい人間がいて、その逆を望む人間もいる。Yは後者だった。

2012-08-29 20:51:33
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10)Yは大工仕事が得意だった。実際に大工や家具職人をしていたこともあったらしい。Yが『青頭巾』を演じたライブハウスもYが独りで内装をした。ライブハウスは昨年9月にオープンし、こけら落としのイベントはYが企画した。バンドライブと水銀座の演劇上演。「逆札」というイベント名だった。

2012-08-29 20:58:57
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11)Yは舞台には立たず、裏方に徹した。緞帳を引き、落とし幕の操作をした。水銀座から出演したのは、私、鷹匠、H、U。たぶんそれが始まりだったのだろう。昨年12月の公演出演以降、Uとの音信がぷつっと途絶えた。明けて1月14日、Hが52歳で突然死した。それからYが、消えた。

2012-08-29 20:59:20
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12)八木洋行氏は、宇津ノ谷には今も「十団子伝説」の寺があって、毎年8月23日・24日に祭礼があると話した。子供たちが歌(ご詠歌?)を歌いながら十団子を売る、楽しい祭礼らしい。8月24日には「累ノ会」がある。昼間は静岡市近辺の霊場を巡るので、宇津ノ谷の寺にも行こうと思った。

2012-08-29 20:59:40
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13)宇津ノ谷の慶龍寺が十団子伝説の寺だった。残念ながら子供たちの歌は聴くことが出来なかった。少子化はいずこも同じ、ここでも子供が集まらないのだそうだ。お守りの十団子を求めた。それから境内の十団子由来案内板を読んだとき、おやっと思った。和尚と小坊主のくだりが省略されていたのだ。

2012-08-29 21:04:33
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14)小坊主が和尚の膿を吸い出し云々は、十団子と一緒にもらえる「駿河国宇津之谷延命地蔵尊略縁起」にはちゃんと記述されているが、私は案内板にない「発端」を、同行していた怪談専門誌「幽」編集長東雅夫氏に語った。東氏は上田秋成の『青頭巾』を連想し、水銀座の『青頭巾』とYを思い出した。

2012-08-29 21:05:07
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15)Hが年明け早々急死した事を私はツイッターで何度もつぶやいた。そしてYの消息が不明になった事もつぶやいた。Yの奇異に「えっ?」と反応してくれたのが東氏だった。そして一面識もない(死んだ)Hが、あたかも生者のようにとしてツイッターに出没する不思議に頷いてくれたのも東氏だった。

2012-08-29 21:05:26
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16)霊場巡りに春日町の安立寺を加えたのは、『死霊解脱物語聞書』を解説した小二田誠二氏だった。安立寺には森田鶴堂の鏝絵作品が現存している。鶴堂はほとんど幻の名匠で、ここに残された鏝絵も、たまたま寺が静岡の大火前に移転したため焼失を免れたものである。そして安立寺はHの菩提寺だった。

2012-08-29 21:09:50
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17)初盆も過ぎ、Hの遺骨はもうH家の墓所に納められているのだろうと私は思った。墓に彼の名前が刻まれていたら手を合わせて冥福を祈ろう。しかし墓石にHの名はなかった。私は冠婚葬祭に極度にうといので、墓所に入るのはまだ先なのかと、その程度に考えた。女性の話し声が上方から聞こえてきた。

2012-08-29 21:10:27
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18)私は安立寺の西隣のマンションを見上げた。四階の部屋のドアの前に女性が立っている。こちらからは後ろ姿しかみえない。部屋の住人と話をしているようだ。四階のドアは四つか五つ、真ん中の部屋か、南から二番目の部屋の前に立っている。マンションの裏手、北側には谷津山がある。

2012-08-29 21:10:54
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19)その時、マンションの四階通路を、こちらに背中を向けている女性の前をYが横切ったのである。Yは私から見て右から左へ歩いていた。その歩き方のクセも、特徴のある作業着も、頭にまいたタオルの縛り方も、まぎれもなくYだった。声をかけるのをためらったのはYの通り名が女性名だったからだ。

2012-08-29 21:17:50
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20)私がそれがYである事を疑わなかったのは、マンションの裏の、安立寺の裏の里山で、Yが仕事をしているのを知っていたからだ。谷津山の、Yが雑木や竹を伐採しているあたりを北側へ下ると、昔、凄惨な惨殺事件が起きた寺院がある。住職が家族全員の頭をナタで叩き割り、それから焼身自殺した。

2012-08-29 21:18:11
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21)以前、Yが山に入って仕事をしていると、坊主頭の中年男がやってきた。男は手にナタを持っていた。伐採した竹をわけてくれと言う。それはおそらく惨殺寺の現在の住職なのではないか、と私はYに言った。「ふるさと怪談トークライブin静岡」で、私はその話をYにしてもらいたかったのだ。

2012-08-29 21:18:35
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22)あの話を、と私は言ったが、Yは別の逸話だと勘違いした。安立寺の裏の山で、マンションの裏の山で、惨殺寺の裏の山で仕事をしていると、妙な声が聞こえる。ギャーとか、ヒャーとか、ホーイとか、それが何か歌っているような調子なのだそうだ。どこから聞こえてくるのか判らない。

2012-08-29 21:18:57
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23)私はマンションの通路を歩いているYに声をかけなかった。Yは南端の角を曲がった。私はYの姿を追った。マンションの南側には外付けの非常階段があった。一階から四階まで階段を隠すものはない。Yはいなかった。私は何か勘違いをしたのだろうか。四階の通路が見渡せる先ほどの場所に戻った。

2012-08-29 21:19:27
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24)南端の部屋のドアがあいている。もしかしたらYはあの部屋に入ったのだろうか。私はしばらくマンションの四階を見上げていた。その一部始終を東雅夫氏が目撃していた。挙動不審でしたよ、と後でおっしゃられた。結局、Yはもう現れなかった。

2012-08-29 21:27:34
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25)それから馬場町会館で「累ノ会」があった。一昨年、同じ場所で四夜連続の怪談会を開いた。水銀座の怪談芝居と、小二田誠二氏、吉永進一氏、一柳廣孝氏の講義。最終日、Yが来て、死んだHが「演劇をやらないか」とYを誘った。先週、私が見たH家の墓にHの名はなく、いるはずのないYを見た。

2012-08-29 21:39:58