- makawakami
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やっぱりこれからは都市のことを考えるほうが圧倒的に面白い。今さら「内部と外部の曖昧な関係」とかw、もういいのでは。
2010-07-22 19:30:42いやあ、申し訳ない 笑 @ryuji_fujimuraやっぱりこれからは都市のことを考えるほうが圧倒的に面白い。今さら「内部と外部の曖昧な関係」とかw、もういいのでは。
2010-07-23 00:34:23おっとw 藤本さんのことではないですよw RT @soufujimoto いやあ、申し訳ない 笑 RT @ryuji_fujimuraやっぱりこれからは都市のことを考えるほうが圧倒的に面白い。今さら「内部と外部の曖昧な関係」とかw、もういいのでは。
2010-07-23 00:53:02都市に対するアプローチが社会とか政治の問題ではなく、「内部と外部の〜」という身体の問題になったのは1970年代、磯崎さんの「都市からの撤退」宣言以後のことかと。だから今、政治を介して都市と接続しようと社会工学の季節=1960年代の議論まで遡らないといけない。
2010-07-23 01:31:36『地域社会圏モデル』のときに伊東さんや藤森さんも言っていたけれど、伊東さんたちの世代以後は磯崎さんにアジられて都市から撤退し、住宅に閉じこもってここまできた。僕の発表に対しては、建築的才能がもう一度都市に戻ってきた、時代がひと回りした、と。
2010-07-23 01:37:48この「ひとまわりした感」というのはいろいろなコンテクストで説明できそうだけど、技術的な背景の転換があって「工学」が浮かび上がってきている、というのはひとつのストーリーになるんじゃないか。
2010-07-23 01:40:17面白い観点です。RT @takanotebook 日本の電車の中は、「公共空間」のはずなのに、乗客の多くは家の延長の「私的空間」と錯覚している世界でも珍しい空間だなあ、といつも感じていました。そして、「私的空間」は知り合いに会った途端「親密空間」に変容する。
2010-07-24 12:15:51それを「公共」と呼びうるかどうかは置いといても、極私的空間からのあるグラデーション、というか、「段階」があるような気がします。「近所のコンビニ」と「駅前のスーパー」と「ターミナル駅のデパート」みたいに。
2010-07-24 12:18:15@hajimebs 郊外の巨大SCが完全に「家の延長」になってておもしろいです。みんな部屋着だし。たぶんあれは交通手段が自家用車だからだと思う。玄関からSCまでのあいだがクルマという私的空間で繋がれちゃってる。
2010-07-24 13:02:04@hajimebs 郊外の巨大SCが完全に「家の延長」になってておもしろいです。みんな部屋着だし。たぶんあれは交通手段が自家用車だからだと思う。玄関からSCまでのあいだがクルマという私的空間で繋がれちゃってる。
2010-07-24 13:02:04それにくらべると電車はかなり公共空間。というか、「電車内的公共空間」としかいいようのない独特の場になってる。携帯電話での通話禁止に代表されるような独特のルールが発生する、とか。
2010-07-24 13:03:24社会学などで、「テリトリー意識」というような研究はありそうですね。もっとも、「公共」と「他所」は同じではないけれども。RT @pictist: @sohsai @g_stand @hajimebs 整いました。「どこまで公共?」
2010-07-24 14:15:28僕は石上くんのことかと思ってました。@ryuji_fujimura おっとw 藤本さんのことではないですよw RT @soufujimoto いやあ、申し訳ない 笑 RT @ryuji_fujimura 今さら「内部と外部の曖昧な関係」とかw、もういいのでは。
2010-07-26 01:50:23石上さんのことでもありませんw RT @taroigarashi 僕は石上くんのことかと思ってました。@ryuji_fujimura RT @soufujimoto いやあ、申し訳ない 笑 RT @ryuji_fujimura 今さら「内部と外部の曖昧な関係」とかw
2010-07-26 08:28:12誰か特定の発言というよりも、伊東さんから石上さんまで、口を揃えたように「内部と外部の曖昧な関係」と言っていますね。シルバーハット以降の伊東さんの問題意識がSANAAと経て直接の弟子ではない藤本さん、石上さんまでずっと浸透している。
2010-07-26 08:35:23都市からの撤退(磯崎)>商業主義から身を守るための個人のゲリラ住居(篠原・安藤)>内部と外部の曖昧な関係(伊東)と来たのだけど、普段設計活動していると、内部と外部の曖昧な関係についてというよりはもう少し違うことを考えている気がする。
2010-07-26 08:40:03もちろん、藤本さんや石上さんは本気で「内部と外部の曖昧な関係」について考えているから説得力があるのであって、本当は他のことを考えて設計しているのに、説明文を書くときに「内部と外部の曖昧な関係」と書いてしまう同世代の建築家や学生諸兄の形骸化についてはいかがなものかと。
2010-07-26 08:43:34内外の曖昧さを空論にしちゃう象徴的な装置は「空調」だよな。「屋外機」は「性能としての内部と外部の分断」がちゃんと存在することを端的に示している。
2010-07-26 09:48:15メモ:「靴のままお入りください」がすっとばした「内部と外部の行き来の手続き」と、「装置としての内外部の分断」
2010-07-26 09:49:52以前、「靴を脱いで上がる公衆トイレ」を設計したことがある。予想以上にきれいに使われている。日本人の上下足の美意識にあらためて驚かされた。RT @hajimebs: メモ:「靴のままお入りください」がすっとばした「内部と外部の行き来の手続き」と、「装置としての内外部の分断」
2010-07-26 11:12:29@hajimebs 青木さんの千葉の住宅がJTに掲載されたときだったか、完全空調にしていることに塚本さんがやたら喰いついてたのを思い出したり。
2010-07-26 11:37:49素晴らしいです。靴を脱ぐことはまさに「内部を内部にするための手続き」のひとつですね。RT @haruhikogoto 以前、「靴を脱いで上がる公衆トイレ」を設計したことがある。予想以上にきれいに使われている。日本人の上下足の美意識にあらためて驚かされた。
2010-07-26 23:10:12空調にしろ、セキュリティにしろ、分断することで内外部を生み出す「性能的側面」が発達したために、空間の操作がそれらからいわば(ある程度)自由になってしまった、というところも「内外部の曖昧さ」を空論にしてしまう背景なのではないだろうか。「技術が醜さを克服しちゃう(塚本由晴)」
2010-07-26 23:20:48例えば、居住の「セキュリティ」は従来、地域のレベルで共同体が担う類のことであったのだろうし、気温や湿度の快適化なんて、本来はより広域な土地や植生のチューニングが必要なはずのものごとだ。もともと建築が単体で負えるものではない。
2010-07-26 23:29:55