斎藤清二先生による『オペラに学ぶ人間関係-愛の偽薬(プラセボ)-』

斎藤清二先生 @SaitoSeiji による、オペラ『愛の妙薬』の解説。偽薬という視点から。
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斎藤清二 @SaitoSeiji

⑤ネモリーノは続ける。  「小川はこう答えるだろう。『見えない力が私を導くのだ』と・・」 。これは、愛のもう一つの本質を的確に言い表している。愛の指向性は、あらがえない強制力として人間には感じられる。それに対して「なぜ?」と問うことは無意味だ。それは見えない力に導かれている。

2012-10-05 20:01:33
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑥アディーナとネモリーノの愛の哲学は、ここでは交差することはない。一方は変幻自在でとどまることを知らず、自由奔放。もう一つは盲目的な意志と欲望に支配されており、いささかの自由もない。しかしそこには、避けられない運命を受け入れる崇高さがある。

2012-10-05 20:05:41
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑦この愛の二つの性質は、相容れないものであるが、この相反するもの同士が、まさに互いに相手を必要としている。常に変化し続ける現象と、どうしようもない強制力をもつ「指向性(欲望・関心)」は、互いに互いを求め合う。この両者が実は一つのものであるということが、おそらくは、愛の原理である。

2012-10-05 20:08:55
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑧その相容れないものが、オペラの第2幕では結ばれる。そのためには、「偽薬=愛の妙薬」が必要なのだ。愛の妙薬は、エリシール・ダモール、すなわち、愛のエリクサー(魔法の万能薬=錬金術の賢者の石)なのである。

2012-10-05 20:11:13
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑨最愛の人アディーナが、恋敵のベルコーレ軍曹と今日中に結婚すると聞かされたネモリーノは、軍隊に入隊契約をしてお金を手に入れ、「愛の妙薬=実は単なる葡萄酒」を、ペテン師のドゥルカマーラから手に入れる。ところが、事態は、ネモリーノ自身も主要な他の登場人物も知らないところで展開する。

2012-10-05 20:12:01
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑩少し離れた町に住んでいるネモリーノの伯父が病気で死んで、莫大な遺産をネモリーノに残したという情報が、小間物屋を通じて村娘達に伝わり、彼女らは、今や大金持ちとなったネモリーノとお金目当てに結婚しようとして、ネモリーノの周りに群がる。

2012-10-05 20:13:14
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑪追加の薬を飲んだばかりのネモリーノは、葡萄酒で酔っぱらっている上に、周りの村娘達の変わりように唖然とするが、すぐに「これは、愛の妙薬が効果を発揮し始めたのだ」と状況を解釈して納得する。そこへ事情をしらないアディーナとドゥルカマーラがやってきて、村娘達とネモリーノを見て仰天する。

2012-10-05 20:15:16
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑫ ここで傑作なのは、ペテン師ドゥルカマーラの反応である。彼は、自分の売った薬がインチキ薬であるのを誰よりもよく知っているのに、ネモリーノに群がる娘達をみて、「これは、オレが売った薬が本当に効いたのに違いない」とあっさり信じ込んでしまうのだ。

2012-10-05 20:16:15
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑬こういうことは、実は医療でもしばしば起こる(内緒だが)。効くはずがないと思う治療を患者さんに試してみると劇的に効く時があり、そうすると医師は、自分の治療が本当は正しかったのだと信じ込んでしまうのである。慣れない治療者が初めて漢方薬などを使った時に、よくこういうことが起こる。

2012-10-05 20:18:44
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑭アディーナは、ネモリーノが、自分の愛を得るために、軍隊に入隊して(つまり命を捨てる覚悟で)、愛の妙薬を手に入れたということを知って、それまで馬鹿にしていたネモリーノの崇高な愛情を知り、「自分はなんというひどい仕打ちをしてきたのだろう」と深く反省する。

2012-10-05 20:19:51
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑮さてここからが、アディーナの本領発揮である。ネモリーノが、全ての女性に愛される力を薬によって得てしまったと信じ込んだアディーナは、「あなたもこの薬を飲めば、全てが解決する」と売り込もうとするドゥルカマーラに、毅然としてこう答える。

2012-10-05 20:20:48
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑯「先生のお薬は本当に効果があるということを私は知っています。でも私にはこの薬は必要ないのです。私は薬よりももっと良く効くものをもっています。それは、私のまなざし、私のほほえみ、私の愛撫、そして私そのものです。私自身こそが『愛の妙薬』なのです。ネモリーノは必ず私を愛するでしょう」

2012-10-05 20:23:09
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑰結局のところ、この後の話はとんとんとんと進んで、ネモリーノは有名な「人知れぬ涙」のアリアを歌い、その後「今こそ、『愛の妙薬』は真実のものになるわ。私はあなたを愛しています。私はあなたを幸せにしたいのです」と告白するアディーナをひっしと抱きしめて、めでたしめでたしとなる。

2012-10-05 20:25:13
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑱・・このお話は色々な意味でとても良くできていると思う。最近問題になっている、「病気の押し売り=disease mongering」とか、「医療化=medicalization」とかいう問題と関連付けて考えても、200年も前のこのオペラは多くのことを教えてくれる。

2012-10-05 20:27:04
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑲「異性にもてない」という問題が薬で治るのならば、「異性にもてない」ということは「病気」だということになってしまう。だから「愛の妙薬」を売り歩くというということは、ある意味では「病気を発明している」ということになる。もちろん「病気の発明」を受け入れる市民にもそれなりの理由はある。

2012-10-05 20:31:48
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑳しかし、愛が得られないことも、愛に苦しむことも、「薬で治すようなものではなく、それは『私』と『あなた』の関係の問題なのだ」ということを見抜いたアディーナの知恵こそが、問題の本質を明瞭に示している。同時に彼女には、薬の魔力を無邪気に信ずるネモリーノという相方が必要なのだ。

2012-10-05 20:33:30
斎藤清二 @SaitoSeiji

21:しかし、めでたしめでたしのネモリーノ君だが、勘違いまくりの結果オーライで、果たしてこのあとどういう運命をたどったのだろうか。ちょっと心配なところではあるなぁ・・・・・。 以上で、連続ツイートを終わります。

2012-10-05 20:35:02