斎藤清二先生による『オペラに学ぶ人間関係-愛の偽薬(プラセボ)-』

斎藤清二先生 @SaitoSeiji による、オペラ『愛の妙薬』の解説。偽薬という視点から。
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斎藤清二 @SaitoSeiji

以前某所で公開したことのある小文を連続ツイートしてみたい。タイトルは、『オペラに学ぶ人間関係-愛の偽薬(プラセボ)-』である。

2012-10-05 17:07:45
斎藤清二 @SaitoSeiji

①ガエターノ・ドニゼッティの『愛の妙薬』という、比較的知られたオペラがある。ドニゼッティは、ロッシーニ、ベルリーニなどと並んで、イタリア・ベルカント・オペラを代表する作曲家である。

2012-10-05 17:09:54
斎藤清二 @SaitoSeiji

②この作品は基本的には、オペラ・ブッファ(喜劇)の伝統に属するのだが、魅力的な美しい曲がちりばめられており、その登場人物のキャラクターもストーリーも、単純な喜劇とは言えない、叙情に満ちたロマン主義的な要素をもっている。

2012-10-05 17:10:27
斎藤清二 @SaitoSeiji

③最近では、一流歌劇場でのライブ上演のDVDが、比較的手頃な価格で手に入るので、家庭でも手軽に楽しめる。今回は、音楽の話と言うより、ストーリーに関する話なのだが、要するにこのお話は、医療で言うところの「プラセボ(偽薬)」のお話なのである。

2012-10-05 17:11:10
斎藤清二 @SaitoSeiji

④『愛の妙薬』の主人公ネモリーノは、純朴な田舎の青年である。彼は、裕福な農場の娘で、奔放で勝気な性格の美人アディーナにほれているのだが、相手にされない。「君のためなら死ねる」などと臆面もなく口にするが、アディーナに、「一人の人にしか恋できないなんて病気よ」と軽く一蹴される。

2012-10-05 17:13:30
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑤ただし、アディーナは、一途に自分を想ってくれるネモリーノに好意を持っていないわけではない。しかし「いつもグズグズため息ばかりついている」ネモリーノを、うっとおしいと感じており、いつも冷たくあしらっている。

2012-10-05 17:14:16
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑤そこへ、博士で医者を名乗るペテン師のドゥルカマーラが登場する。彼いわく、「私の薬を飲めば、万病全て治り、老人は若返り、不美人は美人になる」。普通であれば「そんな馬鹿な」と思うのだが、村人達は素朴にそれを信じて、我先にと薬を買う。

2012-10-05 17:15:19
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑥このオペラは200年ほど前の作品だが、この「万病に効く薬」というものは、「ミラクルエンザイム」とか「アンチエイジング・サプリメント」とか「爪もみ健康法」とかに姿を変えて、現代にしっかりと生き残っている。いや現代のほうが、「科学という装い」が強化されているだけ悪質かもしれない。

2012-10-05 17:17:05
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑦正直で純朴で、文字通りに物事を信じる「字義主義者」であるネモリーノは、ペテン師のドゥルカマーラをすっかり信用して、アディーナの愛を勝ち取るために「愛の妙薬」を買うことにする。

2012-10-05 17:19:28
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑧ここでちょっと面白いのは、「惚れ薬」とは、相手に飲ませて効果を発揮すると考える方が普通だと思うのだが、ここでは、「自分が飲む」ことによって「相手に惚れさせる」効果を発揮するということになっている。

2012-10-05 17:21:02
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑧ペテン師のドウルカマーラでさえも「こんなまぬけはみたことがない」とびっくりするほどのネモリーノは、有り金を全部はたいてその「偽薬」を買って、さっそく飲んでしまうのであるが、「その効果が出現するのは、まる一日後」だと言い含められる。

2012-10-05 17:21:42
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑨その「偽薬」は実は安葡萄酒なので、それを飲んで酔っ払ったネモリーノは、「うーん確かに効いてきたぞ、身体中に力がみなぎるようだ」と効果を益々信じてしまう。この辺りは、現実においてプラセボ(偽薬)効果が発揮されるプロセスを非常にうまく表現している。

2012-10-05 17:23:06
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑩プラセボとは、「自分(主観)を変容させる薬」なのである。だから、「何かが変わったとういう感じ」はプラセボ効果を著しく増強させる。それが「何が変わったのか」はとりあえず関係がない。そしてプラセボの効果が発揮されるためには、「文字通りにそれを信じている」ことが必要なのである。

2012-10-05 17:24:21
斎藤清二 @SaitoSeiji

おもしろいことに、一日後にはアディーナの方から自分を愛するようになる、と信じているネモリーノからは、いつものおどおどした自信の無さが消え、アディーナから見ると、これまでにはない自信に満ちた落ち着いた態度に映る。これはアディーナを混乱させ、2人の関係は明らかに変化し始める。

2012-10-05 17:26:39
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑫余談だが、優秀で能力の高い女性の中には、「自分に惚れるような男性に惚れることはできない」という心的態度をもっている人がいるように思われる。つまり、相手が自分に好意を示せば自分は醒めてしまい、相手が自分に無関心であればあるほど、自分は相手に関心を持ってしまうのである。

2012-10-05 17:31:10
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑬当然のことながら、このようなパターンの関係は、ハッピーエンドになることは、理屈上はないはずである。アディーナもおそらくその一人なのだが、そのうまくいくはずのないパターンが、「愛の妙薬」のもたらしたパラドクスによって、変化するのである。

2012-10-05 17:32:01
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑬ネモリーノが自分に関心を示してくれないことに腹をたてたアディーナは、強引で自信家の軍人ベルコーレのプロポーズを、ネモリーノへのあてつけのために受け入れるという暴挙に出る。結婚式はその日のうちに行われることになり、ここまで泰然自若としていたネモリーノは、大いにあわてることになる。

2012-10-05 17:33:32
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑭ストーリーは急展開する。絶望したネモリーノはドゥルカマーラに「なんとかしてください!」と泣きつく。ドゥルカマーラは、抜け目なく「妙薬をもう一本飲めば効き目が早まる」と言う。無一文のネモリーノは、恋敵のベルコーレから、軍隊への入隊を条件に契約金をもらい、再び「妙薬」を手に入れる。

2012-10-05 17:38:08
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑮軍隊の出発は1日後なので、アディーナの愛を手に入れても、1日後には分かれなければならず、兵隊になれば戦死するかもしれない。 ここでネモリーノは、「一日でもアディーナの愛を得ることができるのなら死んでもかまわない」と叫び、この歌劇の「ロマン派」的性格が明瞭になる。

2012-10-05 17:40:34
斎藤清二 @SaitoSeiji

以上で、『オペラに学ぶ人間関係ー愛の偽薬(プらせぼ)』の第一部を終わります。しばらく休憩して第二部を始めます。ご期待ください。

2012-10-05 17:44:04
斎藤清二 @SaitoSeiji

『オペラに学ぶ人間関係ー愛の偽薬(プラセボ)』の第二部の連続ツイートを開始します。小見出しは「愛の本質の二つの側面」です。

2012-10-05 19:50:51
斎藤清二 @SaitoSeiji

①歌劇『愛の妙薬』は、基本的にはばかげた喜劇的なストーリーなのだが、実は人間関係の本質に関わる深いテーマに触れる部分がある。 第一幕の、まだネモリーノが妙薬を手に入れる前の、アディーナとの二重唱「ちょっと、アディーナさん」では、とても深遠な「愛の哲学」が歌われている。

2012-10-05 19:52:50
斎藤清二 @SaitoSeiji

② アディーナは歌う。「一人の人しか恋せないなんて病気よ。私は毎日新しい恋をするの。そうすれば楽しいわ」 。ネモリーノが答える。 「毎日違う人に恋するなんて僕にはできない。僕は一人の人を恋する」 。

2012-10-05 19:54:32
斎藤清二 @SaitoSeiji

③アディーナは続ける。「そよ風に聞いてご覧なさい。『なぜあちらこちらへと吹くのか?』と。そうしたらこう答えるでしょう『それは生まれつきだからよ』と・・」 。 常に一つにとどまるところなく、変幻自在に変化する妖精、それがアディーナである。

2012-10-05 19:55:57
斎藤清二 @SaitoSeiji

④しかし、ネモリーノはこう切りかえす。「小川に聞いてご覧なさい。『なぜ自分が生まれた山から流れ出すのか?』と。生まれたところから流れ出せば、必ず海に飲み込まれて消えてしまうというのに・・」 。これはなかなか鋭い返答だ。とてもお馬鹿さんの返答とは思えない。

2012-10-05 19:57:27