為末大さんのつぶやきまとめ【自分の範囲】について

為末大さんのつぶやきまとめ 2012年10月7日 自分の範囲って本当は自分で壁を作ったところまでだと思います。自分を自分と認識しているのは何か?そんな問いが自分を認識させる。
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爲末大 Dai Tamesue 熟達論発売中 @daijapan

おはようございます。今日は【自分の範囲】について

2012-10-07 09:28:17
爲末大 Dai Tamesue 熟達論発売中 @daijapan

昔、髪を切った時に、床に落ちた髪を見ながら、もしあれが僕の腕だったとしたら腕はいつ僕で無くなるんだろうかと考えた事がある。切り落とされるまでは自分で、落ちてからは自分じゃない。一体自分という範囲はどこまでかというのがあれから気になっている。

2012-10-07 09:30:24
爲末大 Dai Tamesue 熟達論発売中 @daijapan

僕がパラリンピックに興味を持った最初も、義足がモノなのか自分なのかが気になったから。パラリンピックには、モノの自分化の世界があって、本来は観察する側とされる側のはずが、義足に関しては混じり合ってすごく不思議な状態に僕には見える。

2012-10-07 09:33:45
爲末大 Dai Tamesue 熟達論発売中 @daijapan

自分という存在への不確かさ、観察している自分とされているそれ以外、という事の危うさを僕はいつも感じている。一体何が何を観察しているのか。本当にそれは観察と言えるのか。見ている自分は本当にいるのか。胡蝶の夢

2012-10-07 09:39:34
爲末大 Dai Tamesue 熟達論発売中 @daijapan

向こう側は本当に向こう側なのかと思える人は知的だなと僕は思うけれど、もっと突っ込んだ人は思う自分は本当にいるんだろうかと考える人もいて、そういう人と話すのはとても興味深い。妻はいつも”私は間にしかいない”と言っている。

2012-10-07 09:47:33
爲末大 Dai Tamesue 熟達論発売中 @daijapan

自分は存在しないというアイデアと感覚は、突き詰めると全ては自分という感覚か、境目がないという感覚に向かうんだと思う。自然を大事にとしきりにいいながら、自分の体に無頓着な人もいる。外から眺めれば人間の体も自然の一部。

2012-10-07 09:51:52
爲末大 Dai Tamesue 熟達論発売中 @daijapan

【終わり】ゾーン状態の時、観察する側とされる側という隔たりが無くなって観察者の不在が起きる。ただひたすらに行為に没頭する僕がいると、周囲は観察して気付くのだけれど自分は自分に気付かない。自分という存在への不確かさは、そういう感覚を体験したからかもしれない。

2012-10-07 09:57:36