恥の多い人生を送って来たかどうか、まだ評するに早いけれど、恨まれない人生を送って来たとは、すでにして断ぜられない彼である。無言電話がかかってくることはなくなった。彼を恨んだ誰かが、ゴールデン街の安酒場で、いまだ彼を恨みつづけていると思うには過剰さが足りなかった。 #twnovel
2010-07-16 19:29:44「三代続けて無言電話に悩まされる一族って、いったいなんなの」母はためいきを吐いた。「えっ、じいちゃんもなの?」「女絡みでね」父は革命絡みだったが、母子は口に出さなかった。押入れに年代物の警察無線受信機が眠る、そんな一家である。「で、あんたは?」彼は肩をすくめた。 #twnovel
2010-07-16 19:39:58寄り添うことができなかった男のコたちは、背負うことができなかった男のコたちは、必然、忘れないことを、畢竟、憶えつづけることを択ぶしかなかったのだけれど、どうして彼らはマチズモを放棄せず、ホモソーシャルのなかにとどまりつづけたのだろう。綱領は明白だったはずなのに。 #twnovel
2010-07-17 06:33:58三人称の彼と三人称の彼女について、一人称のぼくが知ることを話そう。彼女が「彼は彼女が欲しかっただけなのよ」と過去形で言ったとき、ぼくにはそれを肯んじることしかできなかった。望んだものは状態だったと言いつのる以外になにができただろう。
2010-08-03 00:47:47望んだものが状態だったならば、彼女がいたという過去ではなく、彼女がいるという現在を望んだのだと。しかし、三人称の彼と三人称の彼女にそんな言葉は届かなかったし、届いたとしても、どんな免罪符にだってなりえなかった。神様がいないということを前提に、彼らの恋愛は、きっと始まったのだから。
2010-08-03 00:50:07あのころの(イデオローグとしての)ぼくが、初手から二重性を孕んでいたことを自己批判するつもりはない。サイバーパンクふうに言うならば繊細で粗雑、ハードボイルドふうに言うならばハードでジェントル、けれど、実相はただのマチズモ、それがぼくだった。もしも、彼がそれを範としたのだとしても。
2010-08-03 00:55:38結論なんかないのだけれど、ぼくは三人称の彼と三人称の彼女のどちらの側に立つこともできないのだけれど、これがあのころのぼくたちのイデオロギー闘争の結末だとしたら、その結末を彼らに押しつけてしまったことに忸怩たる思いはある(でも、自己批判したりはしない)。ひとつだけ言い訳させてくれ。
2010-08-03 01:07:12三人称の彼と三人称の彼女に遭うたび、ぼくは酒を奢らなければならない。ジンが多めのマティーニか、指ふたつぶんのバーボンを呑み干すまでの間、話を聞く義務もあるだろう。けれど、その義務を果たすとき、テーブルの下、ぼくは叩き割ったビール瓶を握りしめている。マチズモってそういうことだもん。
2010-08-03 01:14:08