トンネルの女

長編ぱるにゃん
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ギャラクシースーパーノヴァ子 @gsnc_

30分程その作業を続けていると,部屋の壁はガムテープで埋め尽くされた.「…大家に怒られるよ…」「それどころじゃないだろ.どうだ,まだ女の気配はするか?」「…まだいるみたいだ…けど…随分部屋の空気は軽くなった」「…よし.神には神だ.これでとりあえず一晩は持つ」

2012-11-05 22:19:25
ギャラクシースーパーノヴァ子 @gsnc_

「神って言うけど…アレは一体何なんだ?」「さあ,そこまではオレにも分からん.道祖神の類かもしれんが…トンネルだろ,変なモノが沢山集まってくるからな」「そのトンネルの周囲にお地蔵さんなんてないだろ?」「…多分.見たことはない」

2012-11-05 22:30:55
ギャラクシースーパーノヴァ子 @gsnc_

「もしその女が持っていたのが本当に地蔵の頭なら…」「あくまでも想像だが…そのトンネルが作られた時に,元々そこにあった地蔵が撤去された…そうして土地の守護が弱まったせいで,外から変なモノがやってきた…」

2012-11-05 22:37:04
ギャラクシースーパーノヴァ子 @gsnc_

「もしくは…地蔵が撤去されたことで,元々その土地の神だったモノが,息を吹き返したのか……でも,ヒトのカタチをしてるって相当だぞ」「…神って,ありがたいものじゃないのか?人間を守ってくれる…」「う〜ん…そうとも限らないんだよ」

2012-11-05 22:37:47
ギャラクシースーパーノヴァ子 @gsnc_

「神にとっては,人間なんてどうでもいいというか…逆に,人間が神を敬うのも,ありがたいからというわけではない」「…?」「恐れだよ.禍への恐れ.神はそもそも禍なんだ.わけのわかんないモノへの恐れ.その禍を鎮めるためにヒトはカミとの関係を続けてきたんだ」

2012-11-05 22:38:44
ギャラクシースーパーノヴァ子 @gsnc_

「…じいさんが帰ってきたみたいだ.相談して対策を立てるよ.オレは朝イチの飛行機でそっちに向かう.何か異変があったらすぐ電話しろ.その結界は一晩は持つ」「…分かった」電話を切った後,オレは心細かったが,Tの言葉を信じて寝ることにした.窓からはまだうっすらと女の気配がしている.

2012-11-05 22:53:03
ギャラクシースーパーノヴァ子 @gsnc_

その晩…何時かは分からないが,おそらく真夜中オレはふと目を覚ました.点けっぱなしにしていたはずのテレビが,いつの間にか消えている.そのかわりに地面が鳴り響くような,唸り声のような,低い音が聴こえた.

2012-11-05 22:56:37
ギャラクシースーパーノヴァ子 @gsnc_

オレは窓に目をやった.ガムテープの隙間から,異様な赤い光が部屋に差し込んでいる.オレは咄嗟にレイバンを装着した.「!?」その刹那,窓ガラスが割れた.あの女だ.あの女がこっちを見ている.いや,それより…

2012-11-05 22:59:01
ギャラクシースーパーノヴァ子 @gsnc_

辺りを見回すと,沢山の人が逃げ惑っていた.オレは空を見上げた.空が真っ赤に染まり,巨大な黒い塊が,ゆっくりと空の向こうから落ちてこようとしていた.「隕石だ!人類は滅びる!」誰かがそう叫ぶ声が聞こえた.あの女はまだそこに立ってこっちを見ている.

2012-11-05 23:00:24
ギャラクシースーパーノヴァ子 @gsnc_

しかしもはやオレにはその女などどうでも良かった.天を覆う,暗黒と見紛う漆黒のあまりに巨大な姿!!それは世界に,全地球に,戦慄と破壊をもたらし…聖も魔も弾劾する,凄まじい超絶暴力の化身であるかのように見えた….

2012-11-05 23:03:05
ギャラクシースーパーノヴァ子 @gsnc_

「ハハ…ハハハ…なんてこった…ハハハ…あんたもそう思わないか?霊も妖も,神でさえも…全てを終わらせるのは巨大隕石だったってこった…こんな面白い話があるかい…」オレは半ば狂乱し,泣きながら女に笑いかけた.「…ヲ…… …カラ…」その女が何か言った.トンネルで聞いた声だ.

2012-11-05 23:08:14
ギャラクシースーパーノヴァ子 @gsnc_

「…アナタヲ…マモル…カラ…」その時,オレは初めてまともに女の顔を見た.そこにはあまりにも美しい…柔らかな…母のような…少女の顔があった….「…あんたは…一体…?」女は何も言わずに天を見上げた.

2012-11-05 23:13:22
ギャラクシースーパーノヴァ子 @gsnc_

女が持っていたのは,人間の生首でもなければ,地蔵の頭でもなかった.それは眩いばかりの輝きを放つ,光の玉のように見えた.「私たちはずっと…この時に備えていました…」女の声がはっきりと聞こえた.

2012-11-05 23:16:43
ギャラクシースーパーノヴァ子 @gsnc_

「あんたは…霊か…妖怪か…危ない神じゃないのか?オレは…結界を張って…」「…それは貴方が勘違いをしただけ…」「思い込みが激しいんだから…お父さんたら…」「…何を言っている?」「私は貴方の娘です…未来の貴方の娘…」

2012-11-05 23:18:11
ギャラクシースーパーノヴァ子 @gsnc_

「世界は一度ここで終わるかもしれない.それを止める為に私はやって来ました…」「…バカな…」「お父さん,よく聞いて.私はここで死ぬかもしれないの」「この光の玉をぶつければ…あの巨大隕石を消し去ることができるわ…でもそのためには,きっと私は命を捨てなければいけない…」

2012-11-05 23:21:35
ギャラクシースーパーノヴァ子 @gsnc_

「…お父さん」「貴方を,世界を,私は守るわ.だからお願い.必ずお母さんと出逢って,必ずいつか私を生んで」「……君が死ぬと分かっていてもか」「そのためにここへ来たのよ」女…いや,オレの娘は泣いていた.透き通るような白い頬が,赤い光で染まっていた.そこに涙が筋を作り,きらりと光った.

2012-11-05 23:25:13
ギャラクシースーパーノヴァ子 @gsnc_

「…もう時間がないわ」「…やめろ…行くな…」「…最期に若いお父さんに会えて良かった.お父さん,結構カッコ良かったんだね」「…やめろ…」オレの顔は,涙でぐしゃぐしゃになっていた.

2012-11-05 23:30:11
ギャラクシースーパーノヴァ子 @gsnc_

「…さよなら.お母さんには優しくしてね」娘はそう言うと,凛とした顔で空を睨み,巨大な球体へ向かって飛んで行った.辺り一面が真っ白になった.何も見えなくなった.

2012-11-05 23:30:51
ギャラクシースーパーノヴァ子 @gsnc_

…地球は滅びなかった.しかしあまりにも多くのものが失われていた.人々は街と,秩序を再建する仕事に身を投じた.5年の間に,いくつかの国で何度か戦争があった.あのトンネルは…完全に崩れてしまっていて,同じ場所に新しくトンネルを掘る必要があった.私はその仕事をやることになった.

2012-11-05 23:42:31
ギャラクシースーパーノヴァ子 @gsnc_

3年間,私と住民たちの手作業で,何とかトンネルらしき空洞ができあがった,皆が喜び,その日はトンネルの側の広場で宴を催すことになった.人は歌い,踊った.終わりのない労働の日々の先に,ささやかな未来への希望をようやく誰もが見出すことができそうであった.

2012-11-05 23:43:33
ギャラクシースーパーノヴァ子 @gsnc_

夜が深まってきたころ,私は一人宴の場を離れ,トンネルへ向かった.同じ季節,同じ空気.あの夜を思い出す.歩を進めていると,トンネルの向こうに誰かが立っているのが見えた.

2012-11-05 23:50:42
ギャラクシースーパーノヴァ子 @gsnc_

そんな…まさか…私は次第に早足になり,走り出した.あの髪の長さ.ちょっと痩せ気味な体つき.片手には,何か丸いものを持っている.「…こんばんは」私は息を飲んだ.あの娘と同じ,透き通るような白い頬.「君は…」

2012-11-05 23:52:46
ギャラクシースーパーノヴァ子 @gsnc_

彼女はにこっと微笑んだ.「あっちの…昔の小学校の辺りに住んでるんですけど…トンネル,ありがとうございます.お陰で向こうの町に行けます」「今日は皆さんパーティーって聞いたから,これ」「…あっ」

2012-11-05 23:55:27
ギャラクシースーパーノヴァ子 @gsnc_

彼女が持っていたのは,生首でも地蔵の頭でもなく,わりと大きめのメロンだった.「皆さんで召し上がって下さい」私は涙が溢れるのを必死に堪えた.「…ありがとう」

2012-11-05 23:56:21
ギャラクシースーパーノヴァ子 @gsnc_

それから2年後,私たちは結婚した.今,妻のお腹には新たな生命が宿っている.街の新しい病院の医者が言うには,女の子ということだ.その知らせを聞いた時,私が目を瞑ったのは言うまでもない.この子が救った世界で,この子は生まれた.人智を超えた因果が,この世界を包んでいるように思えた.

2012-11-06 00:05:12