@tonjiru_87 卒業の門出にふさわしい桃の節句のこの佳き日に、私たち卒業生のためにこのような心のこもった式を挙行していただき、ありがとうございます。またご多忙の中をご出席くださいましたご来賓の皆様、校長先生はじめ諸先生方に、卒業生一同心から御礼申し上げます。
2012-11-08 23:25:49@tonjiru_87 思い起こせば6年前、私たちはセーラー服を初めて着て、うれしいやらはずかしいやらで昭和の門をくぐりました。
2012-11-08 23:26:27@tonjiru_87 入学式はお姉さま方からの歓迎の歌や、昭和の扉を開くと言われる黄金の鍵など、驚くことばかりでしたが、昭和の一員として迎えていただくことができてとてもうれしかったです。
2012-11-08 23:26:35@tonjiru_87 毎日の授業は辛くもあり、楽しくもありました。ときには眠くて睡魔との戦いに負けることもありましたが、それも今は良き思い出となり、もう一度その時間を過ごしたいとすら思います。多くの先生方が私たちのために、工夫して興味深い授業を行ってくださいました。
2012-11-08 23:27:06@tonjiru_87 でも一番好きだったのは、たまに先生がしてくださるちょっとした雑談だったかもしれません。その中からも私たちは忘れられない多くのアドバイスをいただきました。ご自分の経験を私たちに与えてくださったことを本当に感謝しています。
2012-11-08 23:27:30@tonjiru_87 授業が終わるとHEROが流れ、みんなが朋友班に飛び出していきます。1年生の時は、先輩に話しかけられるととても緊張しましたが、その一方でとてもうれしかったです。学年が上がって、そのことを思い出し、同じように後輩に接してみようと思ったこともあります。
2012-11-08 23:28:48@tonjiru_87 昭和の伝統を引き継いだ気がしました。5年生になって朋友班を仕切る立場になると、1番先に掃除場所へ行ったり、全員が楽しめるような親睦を考えたりしました。このとき私たちはあるべきリーダーについて考え、実践していきました。
2012-11-08 23:29:14@tonjiru_87 2年生での「七夕の誓い」は私たちの学年のアイデンティティー形成に一役かったといっても過言ではありません。望秀海浜学寮で、睡眠泥棒をした人や持ってきてはいけないものを持ってきた人が、なんと学年の約半分いたということがありました。
2012-11-08 23:30:02@tonjiru_87 そのときに違反者が七夕の夜の食堂に集まって書いた反省文の題名が、「七夕の誓い」です。ここで誓いをたてたことで、私たちの学年の特徴である団結力が深まりました。
2012-11-08 23:30:24@tonjiru_87 2年生と言えば、私たちはボストンミッションに初めて行った学年でした。みんなで飛行機に乗り、アメリカに降り立ったときの感動は忘れられません。
2012-11-08 23:31:20@tonjiru_87 まだ使いこなせない英語を最大限に使ってアメリカの友達をつくったり、ショッピングをしたりしたことは、私たちのその後の学習意欲を掻き立ててくれました。また違う文化に触れて、お互いを尊重するというこれからの時代に大切な姿勢を学びました。
2012-11-08 23:31:35@tonjiru_87 ここで学んだことを、国際人としての人生に生かそうと思います。ボストンでは断水が起きたり、火災報知機が鳴ったり、飲み物がジュースしかなかったりとハプニング続出でしたが、それもいい思い出です。
2012-11-08 23:31:47@tonjiru_87 4年生で行った夏季寮では、昭和の醍醐味を経験した思いがしました。2kmを泳ぐ不安は、リーダーの先輩や先生からの応援で拭われ、泳げないと言っていた友達が完泳してしまう“昭和マジック”がたくさん起きました。
2012-11-08 23:32:11@tonjiru_87 友達が泳いでいる姿を見て、声が枯れるのも構わず叫んで応援したあの夏は、忘れることができません。夜に浴衣やはっぴ姿でハメをはずして踊り狂った盆踊り大会も、最高の思い出です。
2012-11-08 23:32:25@tonjiru_87 部活動に一心に打ち込んだ日々も懐かしいです。辛いときでもあきらめないで頑張り続けることで、心身ともに成長することができました。また、踏ん張りたいときに支え合う仲間がいることも知りました。協力して何かを成し遂げたときの喜びは、大きかったです。
2012-11-08 23:32:45@tonjiru_87 5年生の体育祭は、新型インフルエンザの流行の真っただ中で行われました。棍棒体操はインフルエンザのため全員で踊ることはできませんでしたが、心をひとつに熱心に練習しました。今でもあのテーマ音楽「旧友」を聞くと手足が動いてしまうでしょう。
2012-11-08 23:33:04@tonjiru_87 ちなみに3年生の時のマスゲームで踊ったZARDの「負けないで」は、今も私たちのテーマソングです。
2012-11-08 23:33:17@tonjiru_87 5年生の6月に予定されていた修学旅行が、インフルエンザで延期になったときにはどうなる事かと思いましたが、秋の関西に行くことができました。関西のご飯は毎回おいしくて、つい食べすぎました。
2012-11-08 23:33:38@tonjiru_87 特に人生で初めて豆腐でおなかがいっぱいになったことに驚きました。日本が誇るべきものと、京都の女性のしとやかさから学び、私たちも素敵な日本の女性になりたいと思いました。
2012-11-08 23:33:50@tonjiru_87 中高部での生活は、たのしいことばかりだったわけではありません。朝起きられなかったり、勉強でつまずいたり、辛いことはたくさんありました。でもそこを乗り越えたからこそ今、こうして全員で卒業することができます。
2012-11-08 23:34:03@tonjiru_87 いつでも私たち生徒のことを第一に考えてくださった先生方。 勉強を指導して下さっただけではなく、長い時間親身になって相談に乗って下さいました。先生方のお言葉は、私たちそれぞれの心に深く残っております。
2012-11-08 23:34:42@tonjiru_87 先生方がときに叱り、ときにほめてくださったおかげで、私たちは少しずつ成長することができました。ここまで育ててくださって、本当にありがとうございました。
2012-11-08 23:34:56@tonjiru_87 私たちを支えてくださった家族の皆様。 私たちをこの学校で学ばせてくださってありがとうございました。朝早くからお弁当をつくったり、私たちを送り出してくださったりしたことに感謝します。この学校で学んだことを生かして、これからの人生を歩んでいこうと思います。
2012-11-08 23:35:12@tonjiru_87 これからこの学校を担っていく妹たち。 私たちは学校を巣立ちます。これからの学校は任せました。今の学校生活を大切に過ごし、卒業するときには私たちよりもずっと立派に卒業していってください。
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