8bitLO

お兄さんのツイノベ。
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U @ebleco

考えるより先に、駆け出していた。赤いモザイク模様の中、白いワンピースを着た少女が、裸足のまま、金糸の髪を揺らし、私の眼前を駆けて行く。反射する熱源で、ゴーグルが曇る。私は、片手でゴーグルを外した。――『8bitの空隙が、私には視(み)える』。赤い炎の隙間を、駆ける。#8bitLO

2012-11-25 20:46:58
U @ebleco

片手を翳すように、ゴーグルで少女の姿を探す。駆けながら、私の肉眼は、『炎の境界線』を正確に捉えていた。こんな目になってから、良かったと思う事が、一つだけある。四角い炎の隙間を、私が通過可能か、一目で判断出来る。「おい、返事をしろ!」炎が爆ぜる音に、声が掻き消される。#8bitLO

2012-11-25 20:53:41
U @ebleco

――『8bitの空隙が、私には視える』。辿り着いた研究室の前で、ゴーグル越しの少女は立ち止まっていた。もう、周囲の熱で液晶の壊れたARゴーグルは、内部の鏡面部品を露出させていた。扉を、蹴り飛ばす。熱に歪んだ扉は、一度蹴る毎に、隙間を押し広げていく。「死なせるものか」#8bitLO

2012-11-25 21:03:29
U @ebleco

扉を、押し開ける。叩き付けた両手を肩が、熱に焼かれて気味の悪い音を上げた。居た。見つけた。倒れた同僚に駆け寄り、肩を抱き上げると、気道を確保する。「言っただろ、お前、私の目を直すって、狂人になんかさせないって」唇。息を吹き込む。心臓を叩く。少女の姿は、もう見えない。#8bitLO

2012-11-25 21:14:06
U @ebleco

「私を、置いていってみろ」呼吸。「それこそ、私は耐えられない」鼓動。「お前が居なくなったら、私は狂ってしまう」炎が燻る音と、8bitに霞む視界。「だから、頼むから!」水滴が、四角い同僚の頬を、濡らす。同僚が、息を吹き返すと、同時。スプリンクラーが、漸く作動し始めた。#8bitLO

2012-11-25 21:18:29
U @ebleco

「……資料、燃えちまったな」「いいんだ。もう、いいんだ」「資料だけでもさ、持ち出そうと思って、そしたら、気が遠退いて」「解ってるよ」私が、同僚を引き摺るようにして研究所を出た時、救急車の赤い光が、辺りを飛び回っていた。私に駆け寄る四角い模様の中に、彼女の姿もあった。#8bitLO

2012-11-25 21:25:26
U @ebleco

「何だよ、泣くなよ」「うるさい」「俺を、助けてくれたんだろ? こういう時くらい、笑えよ」「うるさい」「可愛くねぇな。もっとさ、愛想良くしろよ。お前、女なんだから」うるさい、うるさい。私だって、好きでこんな風になったわけじゃない。こんな時だけ、私に女らしさを求めるな。#8bitLO

2012-11-25 21:29:48
U @ebleco

現場検証は、煩雑さを極めた。私には、8bitの世界が残されただけで、同僚が入院している間は、燃えてしまったARゴーグルの代わりも手配出来そうもない。当時の私に責任能力は無いとされた事だけが、唯一の救いだろうか。焼けた研究所の賠償金なんて払っていたら、破産してしまう。#8bitLO

2012-11-25 21:38:33
U @ebleco

「……先生?」四角い模様が、私に声を掛ける。元より友人など数える程も居ない私に、こんな好意的な声を掛けてくれる女性は、一人しかいない。「お体は、もう大丈夫なんですか?」「ああ、お陰様でね」近くで見れば、あの少女に似た髪の色をした彼女は、申し訳なさそうに眉尻を下げた。#8bitLO

2012-11-25 21:41:56
U @ebleco

「あの事故は、君の所為じゃない。私の不注意が招いたものさ」あの日以来、少女の姿は見えていない。「……あの、先生、また学会に戻ってきますよね?」「そのつもりだよ」「絶対、絶対ですよ? 先生は、男性ばかりの学会で、第一線で活躍する女性学者……私の、憧れの人なんですから」#8bitLO

2012-11-25 21:49:36
U @ebleco

「ああ、君に失望されないように、努々覚えておくさ」四角い塊にしか見えない顔を、そっと撫でる。彼女は、頬を赤らめたように見えた。私も、彼女くらい可愛げがあれば、もっと世の中を上手く渡っていけたのだろうか。彼女は、自分の事を「俺」なんて呼ぶ事はしないだろうと、私は笑う。#8bitLO

2012-11-25 21:54:10
U @ebleco

経過報告。電脳による視覚の補正は、依然として幾らかの問題点が残っていると言わざるを得ない。心理的な側面、或いはクオリアに類する、未だ脳科学の分野において解明されていない事例として研究を進める必要がある。私の中の少女は、無意識と調和を始めている。経過は追って書き記す。#8bitLO

2012-11-25 22:03:32
U @ebleco

「……どうだ、見えるか?」「ああ、よく見えるよ」「……そうか。よし、やった! やったな!」「……」「何だよ? 人の顔をじろじろ見て」「いや、お前、こんな顔をしてたんだな、と思ってさ」「変な奴だな。いつものしかめっ面はどうしたんだよ?」「こういう時くらい、いいだろ?」#8bitLO

2012-11-25 22:11:38
U @ebleco

「……ん? 何だこれ、バグか?」視界の隅。そこには、8bitの塊があった。正常に視覚を補正する世界。『私の中の少女』は、8bitの世界から、手を振っていた。「なぁ」「何だよ、レンズはこれ以上薄くは出来ねぇぞ」「一言でいいんだ。『おかえり』って、言ってくれないかな?」#8bitLO

2012-11-25 22:17:14
U @ebleco

ーーーーーーー#8bitLOーーーーーーー

2012-11-25 22:18:10
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