「先生、星空先生。うち、勉強頑張ったで? 国語の授業も好きになったし。英語は、まだあんまりいい点取られへんけれど、赤点やなかったで。なあ、見てや、この成績表。うち、先生に褒められたかったんよ? やから褒めてぇな、先生。お願いやから、前みたいに頭撫でて、えらかったねって言ってぇや」
2012-12-03 10:07:08日野さん。ううん。あかねちゃん。この手紙の中では、あかねちゃんって呼ぶね。あかねちゃんの話、皆からたくさん聞いたよ。お勉強、頑張ってるんだってね。授業もちゃんと真面目に聞いてるんだってね。えらいえらい。私にもっと元気があれば、頭を撫でてあげたいんだけど、それは難しそうです。
2012-12-03 10:13:24本当はずっとあかねちゃんが頑張る姿を見ていたかったけれど、これも難しそうです。残念。あかねちゃん。この手紙を読む時、私はもういなくなってるんだろうけれど、ちゃんと勉強頑張るんだよ。きっとあかねちゃんなら出来るから。
2012-12-03 10:16:02手紙をそこまで書いたところで日野さんが見舞いに来て、さっと隠す星空先生。でもはらはらとベッドから落ちて、日野さんに読まれてしまって。「なんで、こんなん……こんなん」「あはは。ドジっちゃったな。うん、でも、そこに書かれてる通りだよ」「イヤや!うちは、そんなん認めへん!」
2012-12-03 10:18:10「私だって!!」「!!」「私だって、死にたくなんかないよ!! 生きてたいよ!! やっと先生になれたのに! 夢がかなったのに!! 皆にも、あかねちゃんにも出会えたのに!! もう終わりだなんて、嫌だよっ!!」「星空、センセ……」「あかねちゃん……イヤだよぅ……死にたく、ないよぅ……」
2012-12-03 10:21:01震えながら泣く星空先生の体を抱きしめながら、うちは、何も言えんかった。口を開いたら、うちまで泣いてしまいそうで。ここが踏ん張り所やろ、日野あかね! 女を見せる時やないかい! 自分に叱咤しながら、うちは先生を抱きしめて言う。
2012-12-03 10:23:56「センセ。うち、頑張るわ。もっともっと今以上に頑張る。やからセンセは心配せんで、ゆっくり養生しぃや。死ぬなんて考えたらあかん。やってセンセには見てもらわなあかんもん。うちが立派な大人になって、夢を叶えるところ」「……夢?」「うん。うちな、センセみたいな教師になりたいねん」
2012-12-03 10:26:34「先生、に?」「うん。せや。そんでセンセのいる学校で働くねん。一緒に働いて、一緒にご飯食べて、たまにはうちの実家でお好み焼き食べて。そんな風になりたいねん。やから、センセ。夢、叶えるまで……おらんくならんといてぇや」
2012-12-03 10:30:45「そうなんだ。うん。じゃあ、私、頑張らないとね」 後になって思えば稚拙でしょうもないうちの言葉に、先生は笑って、そう言ってくれた。それから先生は、頑張った。ベッドから出られることはあらへんかったけれど、お医者さんも驚く強さで、何度も起こった発作を乗り切って、生き続けた。
2012-12-03 10:34:29苦しそうにするたんび、うちは、あの時の自分の言葉が先生を余計に苦しめることになったんやないかと思ったりもした。けれど、落ち込むうちを先生は、「あかねちゃん。スマイル、スマイル」そう言うて、励ましてくれた。
2012-12-03 10:36:27「とうとう夢を叶えたね、あかねちゃん」 春休み、桜の花びらが散る中、車いすに乗った先生は嬉しそうに言った。その顔は、すっかりと痩せこけて、肌の色も透き通るかと思う程に白くて。けど、その綺麗さは、出会うた時から変わって変かった。
2012-12-03 10:41:47「みゆきを、宜しくね」 病院を出る時、そっと育代さんに耳打ちされた。先生の身体は、もう限界やと言われてた。ここまでもったことが奇跡やとも。こうして病院を出ることを許されたんも、もう医者ではどうにもならんようになったから、やった。
2012-12-03 10:44:28「懐かしいなぁ。何年ぶりだろう」 窓から差し込む明るい日差しに目を細めながら、先生がそう言う。うちは車いすを押しながら、他愛もない話を振って。「れいかもな、ここの先生になったんやで」「聞いた聞いたー。自分の生徒から二人も先生になってくれるなんて、教師冥利に尽きるよ」
2012-12-03 10:47:06先生は、とても穏やかやった。その穏やかさが、何を思ってのことか、判っていたけれど、判りたくはなかった。「ね、あかねちゃん。教室に行こう?」 教室。それがどこのことを指すのかなんて、言われんでも判った。うちらが初めて会うた、あの教室や。
2012-12-03 10:48:47教室に入ると先生はうちに、自分の席に座りなさいって言った。窓側の、一番後ろから二番目の席。そこがうちの座ってた席やった。久しぶりに座る中学の机は、少し窮屈で。そして車いすに乗ったまま黒板の前にいる先生は、あの時よりも小さく見えて。
2012-12-03 10:51:03せやけど。「日野さん」「はい」 呼ばれて、答えた時、うちらの間にあったのは、あの頃のままの空気。どんなに大きくなっても、時が過ぎても、変わってしまっても。うちはずっと先生の生徒なんやって、そう思った。
2012-12-03 10:52:56「卒業を前に、話しておきたいことがあります」 先生は、教壇の前からうちに話しかけてくる。「皆から見ても、多分、私は頼りない先生だったと思う。おっちょこちょいだし、ドジも多いし。でも、そんな私のことを皆は支えてくれた。とても優しくしてくれた。私、とっても嬉しかったよ」
2012-12-03 10:54:58先生は、うち以外は誰もおらへん教室に向けて、そう語りかける。けれど先生には見えてるんやろう。うちら以外の皆の姿が。あの時、星空先生を大好きやった、クラスの皆のことが。
2012-12-03 10:56:08「卒業した皆にも、きっとこれからたくさん、大変なことがあると思う。でも、どうか皆には、優しさを忘れないでいて欲しいの。私みたいなおっちょこちょいで、ドジな子でも教師が出来たのは、皆のその優しさがあったから。その優しさで、お互いを支え合って欲しい」
2012-12-03 10:57:54「そうすれば、きっと世界はもっと優しくなる。きっと、素敵になる。時に辛くて、くじけそうになったとしても。皆が優しくした世界が、今度は、皆に優しくしてくれるでしょう。きっと皆なら、そんな世界を作ってくれるって、先生は信じてるから」
2012-12-03 11:00:21「これね、ずっと言ってみたかったんだ。ほら、私、卒業式にも出られなかったから、皆を見送れなかったからさ」「……とってもええ言葉やったと思うで」 うちが涙を必死にこらえながらそう言うと、先生はにっこりとほほ笑んで。
2012-12-03 11:01:55「日野あかねさん」「はい」「卒業、おめでとう。それから……ありがとう」「センセ……」「夢が叶って、ううん、叶えてくれてありがとう。貴方は私の夢でもあった。これからは私に出来なかったことを、あかねちゃんがやってくれるよね」「……うん。約束する」
2012-12-03 11:03:51「じゃあもう、一人でも大丈夫だよね?」「ほんまはイヤやけど」「甘えないの。あかねちゃんはもう、立派な社会人なんだから。これからは一人で頑張っていかなきゃ。ね?」「……うん」
2012-12-03 11:05:12