気が利いたセリフを言えない。違うって否定も出来ないのかよ、俺は。乾いた唇が開くと、ぱり、と割れるような音がした。湿らせて、吃音。「…潤」 最初に唇の検問を通ったのは名前だけ。「潤、」 呼ぶたびにゾクゾクする。大好きな相手の名前ってのは、呼ぶだけでこんなにも色めいてくるもんなのか。
2012-10-04 22:30:18いつの間にか俯いていた顔を上げて正面から潤を見た時、心臓がやぶれるような音を立てた。ばりばり。自分のしでかした事に今更ながら気付いて猛省する。「潤、聞いて」 哀訴嘆願。「…俺、潤と一緒にいるとダメになる」様相が震える。違う、聞いて。潤。聞いて。
2012-10-04 22:43:36「潤と一緒にいると俺、もっと馬鹿になるし、何も見えなくなる。でも潤が傍にいないともっと駄目。死んじゃう。だからお願い、俺の傍に居て」 これが一つ目。 「離れたくない」 脚色はいらない、二つ目。 「ごめん、ひどいこと言って。…ねえ、潤、俺と一緒に生きて」 最後、三つ目。
2012-10-04 22:48:43目の前の薄桃色の唇が自分の名前の形に動くだけで、心臓がその音に握り潰されてしまうような錯覚に陥る。くしゃりと柔らかく。 「--千紘が、」 決別する為に伸ばした指が行方を失くして彷徨う。 「千紘が俺に命令するのは、初めてだ。」 いつも俺ばかりが懇願して、縋っていると思っていた。
2012-10-04 23:16:11「あと、そういうのを言ってくれるのも--千紘は今まで口にするのを怖れてたように感じてた。」 指がもっともっとと強欲に伸びた先には千紘がいる。俺のものとは違う、柔らかくて綺麗なその髪に触れる。 当然で自然。俺の手は飾られる為にあるんじゃなくて、この犬を愛でる為だけにあると実感する。
2012-10-04 23:23:15「…気付いてると思うけど俺は千紘より弱いよ。小細工抜きで本気でやり合ったらそっちの方が強いの、気付いてるだろ。」 いつも千紘と戦う時は自分に有利な戦場・条件を揃えて挑んだ。それを小賢しい口先で虚勢を張ってさもこっちが勝って当然だと、演技をした。本当は簡単に崩れるか細い勝利ばかり。
2012-10-04 23:27:49「こんな弱い俺でも飼い主と飼い犬ごっこに付き合ってくれるの。」 互いの情と信頼がなければ簡単に崩れてしまう関係。どちらかがその子供みたいな稚気に付き合うのをやめたら、飽きたらそれだけで終わってしまう。 千紘はいつまでも飽きもせずに終わらせずに俺だけの飼い犬でいてくれるの?
2012-10-04 23:30:17「千紘が俺のせいで駄目になってくれるのは嬉しい。もっと駄目になって。俺も同じだ。」 「死なないで。千紘の手の中で最期を見せてくれるんだろ。」 「お願いでなくても、いくらでも。千紘が望むだけ。」 「うん傷付いた。だから謝罪と賠償を要求する--ねえ、俺のこと思いっきり甘やかしてよ。」
2012-10-04 23:35:22「一緒に生きてる間、骨が熔けるくらい甘やかして。俺だけの千紘でいて。」 飼い主とは言ったけれど、これじゃどちらが犬で飼い主かなんて分からない。 心臓がもうそれ自体が別の生き物のように、逸る。 「俺のこと、リードの持ち手がどちらかなんね分からなくなるくらい、一生束縛してよ。」
2012-10-04 23:40:00手を取れなかったのは甘えそうで怖かったから。自分の意見がどこかに流れそうで。自分で立って物を言わないと、伝えきれないと思ったから。本当はすぐにでも縋りたい。抱き締めるのは簡単だけど、それじゃあ目を見て話せない。
2012-10-04 23:22:04一緒に生きて、なんて言った傍から死んでしまいそう。ドラッグ無しでこんな多幸感得られるとか初めてでどうしたら良いかわかんねーよ。良いの、俺、こんなに幸せで。悪いけどこの瞬間、世界一幸せなの俺だわ。マジで。そーゆーこと素面で言っちゃえるくらいには麻痺してる。
2012-10-04 23:44:34髪を梳く手にそのまま自分の手を重ねて、甲から指を絡め取る。俺のこと愛してくれるのは潤だけで良い。ねえだから潤の事を大好きだって言ってべたべたに愛するのも俺だけで良いでしょ?その手が触れるのは俺だけだし、告ぐ命令は全部俺のものだよね?辛辣な声も、目も、言葉も、全部俺だけのもの。
2012-10-04 23:54:45鼈甲飴を頂戴
千紘が綺麗だと褒めてくれる分だけあの日の気持ち悪さと屈辱が払拭されるんだ。言い続けてくれれば禊ぎの水風呂の回数も少なくなっていくよ。 ねえ千紘、俺は綺麗? 口が裂けた女のようにヒステリックに、病的に。
2012-10-04 23:47:17絡めた指先に口づけたまま「綺麗」。引き寄せて琅玕を覗き込んだらまた「綺麗」。キスの合間に苦しげな吐息を喰いながら「綺麗」。壁際に囲い込んで首筋に噛み付いて「綺麗」。ああ、ホラ、すぐに俺は駄目になる。好き。大好き。髪を弄る指先がまとめ髪を解く。嫌いだった亜麻色を愛でる姿が「綺麗」。
2012-10-05 00:06:41共依存からのふたり狂いなんざ大層なロマンチックだねェ?あれはまさに俺たちに御誂え向きだと思わない?でもねぇ、ほら、最初っからトチ狂ってる事くらいもう認識済みでしょう、俺たち。今更"ふたり狂い"なんて言葉を嵌めるにはもう遅い。
2012-10-05 00:08:21