2012年12月14日

勘三郎さんの、こと。 その1

2012.12.5に現世を離れて来世へ先に行ってしまった十八代目中村勘三郎さん。勘三郎さんの思い出をつらつら語ったツイートのまとめ、その1.2012.12.5-2013.2.10。
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2012.12.5 十八代目中村勘三郎さんが現世から去ってしまいました。57歳。
早すぎます。まだまだやるべきこと、やりたいことを残したまま、天に帰っていってしまった…。本当に淋しい。淋しいです。
ファンという立場の範囲で、勘三郎さんと交流できたものとして、勘三郎さんの人柄やお仕事のことを皆さんとわかちあいたい…皆様の心に勘三郎という人を刻んでほしい、という私のわがままなツイートをまとめてみました。
少しずつ増やしていけるといいなあ…と思いつつ。


うの字 (J.Urayama) @uno36

私は何か約束して旦那に逢ったことは全くとは言いませんが、皆無に等しいです。楽屋にも数えられる回数だけ。ほとんどが楽屋に向かわれる途中やお帰りの時でした。そんな時でもきちんと接してくださる人でした。嫌がる方も多い中、あの方はそこも一つの仕事場だと考えてらしたのだろうと思います。

2012-12-10 20:11:15
うの字 (J.Urayama) @uno36

まあいわゆる出待ちというやつなわけですが。

2012-12-10 20:12:11
うの字 (J.Urayama) @uno36

手放しで出待ち推奨するつもりはないのです(基本的には迷惑行為だと思う)。私の場合は相手が中村勘三郎だった、それが僥倖だったと思います。ファンの皆さんからの手紙を受け取るときあんなに楽しそうな役者さん、他には升毅さんぐらいしか知りません。いつも観客が満足してるかを知りたがってた。

2012-12-10 20:15:56
うの字 (J.Urayama) @uno36

そんな前提でお付き合いくだされたく。

2012-12-10 20:16:54

--勘三郎さんと最後にあった日

うの字 (J.Urayama) @uno36

舞台は辰五郎で見納めでしたがおまけのような出来事が、私の勘三郎さんの最後の「お芝居」でした。コクーン天日坊に変装していらした7/1、当日券に並んでいた私の前に髭面で現れた勘三郎さんは、驚きのあまり崩れ折れた私を見て楽しそうに笑ってた。あの「変なおじさん」が最後の姿。泣き笑いなう。

2012-12-05 18:14:16
うの字 (J.Urayama) @uno36

誰も知らない、私と勘三郎さんと、居合わせたマネージャーさんだけの、思い出。

2012-12-05 18:16:12

十八代目中村勘三郎という人(断片的思い出話)

うの字 (J.Urayama) @uno36

勘三郎という役者は強い自負と同じだけの危機感や焦燥、もがく気持ちを持った人。だからこそ、常に変わらなければ、と新しいことにも挑み、古典を見直して守るべきことと変えるべきことを見極める作業を日々繰り返していた。守るべきと思うことは譲らなかった。けして新しいだけの人ではなかった。

2012-12-06 08:54:58
うの字 (J.Urayama) @uno36

やり尽くしたような役でさえ、公演中もどこか見直すところはないかと考えてらした。その工夫に気づくと、嬉しそうに、よく見てるねえと誉めてくだすった。そしてまだまだ、その見極めの途上だった。さぞ悔しかろうと思う。私も、特に古典の役々の深まりを見届けるのがこれからの楽しみだった…。

2012-12-06 08:59:55
うの字 (J.Urayama) @uno36

これから本当の名優に…歴史の教科書に九代目團十郎、六代目菊五郎、初世吉右衛門、六世歌右衛門らと並んで「十八代勘三郎」と記述されるような…なる人だった。名優の完成する過程を私達は共有できるはずだった。こんな、未完の大作として語られてはいけない人だった。悔しい。悔しい。それ以外ない。

2012-12-06 09:17:01
うの字 (J.Urayama) @uno36

私が激怒したとある芝居の感想に、にやにや笑いながら「だあって○○だろー? 行く方がバカだよー!」…心底嬉しそうだったな、あれ。芝居や映画について同じ意見だったときに、だろ?だよな!?といたずらっこみたいに笑う顔の可愛かったこと。

2012-12-07 23:53:52
うの字 (J.Urayama) @uno36

はっきりと、あの演出嫌いだ、とか、あの芝居おかしい、とか書いても、自分の感じたことをそのままに書いてさえあれば、きちんと読んで受け止めてくれた人でした。そういう人だから私も、ダメだと思ったことを伝えるときは七転八倒でした。

2012-12-08 00:01:35
うの字 (J.Urayama) @uno36

可愛い人だったな、と思うのはあれだけお坊ちゃんでお金もある人なのに、ちょっとしたものでものすごく喜んでくれるところ。私は庶民だから、へたなブランドものあげるよりも、と、勘三郎さんが見たこともなかろう変なものや、芝居のパンフレット、DVDなんかを差し上げることが多かった。

2012-12-10 21:36:01
うの字 (J.Urayama) @uno36

本は勘三郎さんのほうがよっぽと読んでた。いつも何か本を持っていて手前味噌も興奮気味のまま、貴女、読んだことある?読んだほうがいいよ!と教えてくれた。私があげた本で最も喜ばれたのは立川談春「赤めだか」。慶應大学の講演会で学生に勧めるほどのお気に入りだった。MJにも勧めたんですっけ。

2012-12-10 21:41:17
うの字 (J.Urayama) @uno36

ニンテンドーDSが初めて出た時、クリスマスプレゼントにソフトと一緒にプレゼントした。勘三郎さん、一瞬、口ぽかん。横で付き人さんが「ありがとうございます!」 な、なんで?と思ってたら大笑いしながら「いや、今日ね、買いにいかせようとおもってたのよ!」 付き人さんが御礼を言うわけだw

2012-12-10 23:39:08
うの字 (J.Urayama) @uno36

私が、勘三郎さーん、と呼びながらばたばたーっと走ってって、こけっ、と何かにつまづいた、なんてときは、必ず「静かにいなんせや、こけたら起きていなんせや」とボソッと小さい声で呟いて笑ってた。法界坊。

2012-12-10 23:52:00
うの字 (J.Urayama) @uno36

遠くからでも、私を見かけたときの、おーう、という、少しかすれた声、ひょいとあげた片手、優しい笑顔。今ある記憶以上の記憶はもう増えないのだ。何度でも何度でも思い出して消えないように、思い出しておこう。

2012-12-11 01:55:09
うの字 (J.Urayama) @uno36

勘三郎さんもお父様を32歳で亡くして一からだった。先代に習った役のほうが少ないくらいで、あとは偉大な先達、周囲の先輩からの教えと自身の研究だった。先代は播磨屋にうまれながら、六代目の薫陶を受けてその両方を身につけた。極論、中村屋の芸とはその貪欲さそのものだと思う。だから、大丈夫。

2012-12-13 09:05:37
うの字 (J.Urayama) @uno36

今さら気づいたが源左衛門さんも食道がんだったんだ…。

2012-12-14 02:30:34
うの字 (J.Urayama) @uno36

歌舞伎座の破風。メディアにも話してたけど「あんなもんなくていいんだよ」えっ「だって金丸座だって中村座だって破風なんかないでしょ? 江戸の芝居小屋にはもともとないんだよ、あんなの。銭湯じゃないんだからさ。なくしゃいいよ」外側の面影に関心がないのは役者だからなんだろうねえ。

2012-12-14 08:49:02
うの字 (J.Urayama) @uno36

ところで勘三郎さんは長岡市の名誉市民でもあるのですが、長岡では動きはないのかな…だいぶ行けてないもんなぁ…。

2012-12-14 09:26:34
うの字 (J.Urayama) @uno36

06年12月長岡で河井継之助記念館開館記念シンポジウムに勘三郎さんが出席。南座の楽日の翌日で私は始発で京都→東京→長岡。向こうは車だったんでしょうね。帰りは新幹線が1本違いでホームでばったり。「どうやって来たの!?(説明を聞いて)よくひとりで来られたねえ!」 このおぼっちゃんめ!

2012-12-14 12:47:51
うの字 (J.Urayama) @uno36

長岡駅のホームのお弁当屋さんを楽しそうに眺めていて(すごくかっこいい黒のロングコートなのに子どもの顔してショーケースまじまじ)、どれにしようかな♪って顔してたのに、後ろから記念館のスタッフさんが「あっ、お弁当、ありますよ!」 その瞬間の八の字眉の可愛かったこと…(ひっそり爆笑)。

2012-12-14 12:50:23
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