エリク・ブリニョルフソン(Erik Brynjolfsson)の” Race Against the Machine”が翻訳されたというので書店で見たのだが・・・ どうしてこんな本にしたのか?というくらいアレな装丁で目が点になったよ。。。
2013-02-22 16:42:53『機械との競争』というタイトルは直訳でいいんだけど、装丁がね、もうね。。。 こんなゴワゴワした厚手の本にわざわざする必要はさすがにないだろう。ブリニョルフソンってガチなMIT教授で、この本もちゃんとしたオピニオンをもった本なんだけどね。。。
2013-02-22 16:44:29もっと軽い装丁でちゃんとてにとれるようにすればいいのに。あと、装丁で、機械に仕事をとられるぜ!的な感じを出そうとしたのだろうけど、蟹工船やラッダイトのイメージに持ち込むのもどうかと思うよ。原書は注目の高い重要な本なのに。
2013-02-22 16:46:21本当は、新書や選書ぐらいのソフトな感じで出せばよかったのだろうけど。。。 もったいない。電子本が出てきて、装丁に工夫をしなくちゃ、みたいなこともあるのだろうけど、ジャケ買いをさせるジャンルの本でもないのでは。なにより、翻訳って、後の文献資料としての役割もあるから。
2013-02-22 16:50:36でも、真面目な話、アメリカでは、この間の一般教書演説でもあったように、国外(オフショア)へのアウトソースや、国内でのロボソース(機械化)は、人間の労働機会の話とセットになっていて、今大事な問題の一つになっていて、ブリニョルフソンの本は、そういう文脈の中での役割を担っている。
2013-02-22 16:52:58翻訳書を担当する編集者の人たちは、そういう文脈をわかった上で翻訳の判斷をして欲しいと思うし、できれば、編集者自身がどうしてこの本を翻訳して日本に紹介しようと思ったか、説明してもいいと思う。今日日、ウェブもブログもあるわけだから。じゃないとただの横流し業だよね。
2013-02-22 16:55:55そういう意味では、ビジネス書や時評書など、国外の「今」を切り取った本を翻訳する場合は、あとがきを翻訳者だけでなく編集者も書いていいんじゃないかな、と感じることは多い。キュレーターの役割も果たしてるわけだから。
2013-02-22 16:59:07ああ、要するに、本の翻訳にも、トレーサビリティを確保する、という意味で、それを手にとった編集者の痕跡もちゃんと残しておく、ってことなのかもしれない。
2013-02-22 17:03:50一連のツイート勉強になります。 RT @fermat1665: そういう意味では、ビジネス書や時評書など、国外の「今」を切り取った本を翻訳する場合は、あとがきを翻訳者だけでなく編集者も書いていいんじゃないかな、と感じることは多い。キュレーターの役割も果たしてるわけだから。
2013-02-22 17:21:31@matchan_jp ありがとうございます。でも、松島さんが手がけられた翻訳書は、松島さんご自身がその経緯を説明されている機会が多いと記憶していますし、たとえば、Makersのサイトは、そういう試みの一つでもあったと思っています。翻訳編集者=キュレーターは以前からの持論ですw
2013-02-22 17:54:10先日HONZでべた褒めされてた『機械との競争』の装丁に池田さんが違和感を示しておられる。あの本は確かコズフィッシュの方だったか。ロシアアヴァンギャルドぽくしたのねとしか思ってなかったが、、難しいな。コンテンツは原稿で読めるけどコンテキストまでは読み取れないことありそうだし。。
2013-02-22 17:21:34