紙ひこうき

ディズニーアニメ『紙ひこうき』で空折。 盛大なネタバレを含みますので御注意ください。
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かんころもち @ka_n_ko

ポセイドンラインで働くサラリーマンのキースさんは、代わり映えのしない日常に飽き飽きしている。ある日モノレールを待っていた駅のホームで、すっ飛ばした書類を追いかけて走る一人の少年に出会った。どうにか書類に追い付いてほっと一息ついた少年と目が合えば、とても綺麗な少年でドキッとなる。

2013-04-07 21:09:20
かんころもち @ka_n_ko

そこへまた悪戯な風が吹いて、今度はキースさんの書類がぶわっと風に飛ばされた…と思いきや、咄嗟に少年が足を伸ばして、べしっと踏み付けにして書類をその場に縫い止めた。ちょうどさっき、少年が自分の飛ばした書類をそうやって捕まえた時のように。他人の書類を踏んでしまった少年は顔色真っ青。

2013-04-07 21:12:01
かんころもち @ka_n_ko

すみませんごめんなさいと土下座せんばかりの勢いで頭を下げて、キースの手に拾った書類を押し付けて、発車直前のモノレールに飛び乗ってしまう少年。発車のベルと共に無情にも閉まるドア、窓の向こうで申し訳なさそうに振り向いたプラチナブロンドの頭。薄紫色の瞳はすぐに伏せられてしまう。

2013-04-07 21:14:58
かんころもち @ka_n_ko

その一部始終を呆然と見送ったキースがはっと我にかえった時にはもう遅い。緩慢な仕草で見下ろした、少年に拾われた書類には、彼が履いていたブーツの足跡がくっきりと残されている。綺麗な子だったなぁ、名前くらい聞けば良かったと、キースさんは足跡付きの書類を片手にぼんやり考える。

2013-04-07 21:17:57
かんころもち @ka_n_ko

ところ変わってポセイドンラインの一室。未練がましく足跡の書類を見下ろしていたキースの机に、どんっと大量の書類が積み上げられる。おまえには期待している、と告げるCEO。ありがとうございますと返したものの、私はこんな仕事をしたかったのだろうかと考えるキースの表情は晴れない。

2013-04-07 21:20:50
かんころもち @ka_n_ko

溜息を吐きながら窓の外を見る。隣にそびえ立つのは、ヘリペリデスファイナンスが有する支店の一つだ。何気なく視線を投げた窓の向こう、そこに見知った顔を見付けてキースは目を見張った。そこにいたのは、今朝駅で出会った足跡の少年だったからだ。彼はどうやら、隣のビルで面接を受けているらしい。

2013-04-07 21:24:30
かんころもち @ka_n_ko

おおい、君、と声を張り上げ手を振った。二つのビルは間に大きな通りがある。行き交う車や人々の喧騒で、キースの声は届かない。更に声を張り上げようとしたところで、CEOが訝しげな表情でこちらの部屋を覗き込んでた。何をしているんだ。いえなにも。これ以上騒ぎ立てるのはさすがにまずい。

2013-04-07 21:34:59
かんころもち @ka_n_ko

どうする、どうすれば良いと辺りを見回せば、少年が足跡を残した書類が目に飛び込んだ。一瞬躊躇い、よしと頷いたキースは、先程CEOが机に積み上げた書類の山に手を伸ばした。一番上の一枚を手に取り、てきぱきと折目をつけていく。そうして出来あがったのは、白い紙ひこうきだ。

2013-04-07 21:40:01
かんころもち @ka_n_ko

出来あがった紙ひこうきを、キースは窓から向かいの窓へめがけて飛ばした。風を掴めなかったそれは向かい側に辿りつく前に失速し、遠い地面へ落ちて行く。キースは諦める事なく、次の書類に手を伸ばした。二つ目の紙ひこうきを折り上げ、また飛ばす。今度は向かいへ届いたが、一つ下の窓に飛びこんだ。

2013-04-07 21:42:10
かんころもち @ka_n_ko

胸毛が特徴的な、ガタイの良い男がそれに気付いてこちらを見た。君じゃないよ、の意味を込めてキースが両手を×にして振れば、男はなんだよモウ、とばかりに不機嫌そうな表情で紙ひこうきをくしゃくしゃにまるめゴミ箱へ放り込んだ。キースは諦めない。何度も紙ひこうきを折っては向かいの窓へ飛ばす。

2013-04-07 21:44:18
かんころもち @ka_n_ko

何個目かの紙ひこうきを手離そうとしたところで、がっしりと後ろから肩を掴まれた。怖い表情をしたCEOが、なにを遊んでいるんだとキースを叱る。肩をいからせてCEOが立ち去る後ろ姿を見送った後、キースはまた懲りずに書類を折っては紙ひこうきを窓の外に飛ばした。

2013-04-07 21:46:11
かんころもち @ka_n_ko

紙ひこうきを飛ばす。壁に当たって地面に落ちた。紙ひこうきを飛ばす。飛んできた鳥の群れに弾き飛ばされ、向かいの窓へは届かない。紙ひこうきを飛ばす。窓の向こうへ飛び込んだそれは、少年に気付かれる事なくゴミ箱の中へとダイブした。紙ひこうきを飛ばす。飛ばす。飛ばす。どれも一つも届かない。

2013-04-07 21:47:48
かんころもち @ka_n_ko

次を、と書類の山に手を伸ばす。その手は書類が納められた箱にぶち当たり、プラスチック製のそれは音を立てて床に転がった。全ての書類を紙ひこうきにしてしまっていたのだと、キースはようやくそこで気が付いた。焦燥感に煽られるまま、もう一度窓の向こうの少年を見る。

2013-04-07 21:50:12
かんころもち @ka_n_ko

彼の面接は、無事に終わったらしい。ぎこちない笑顔で担当者と握手を交わし、席を立つ彼の姿に焦ったキースは、とうとう足跡が残された書類に手を出した。お急ぎで折った紙ひこうきを、窓から身を乗り出して投げようとしたそこに、強い風が吹きつけた。突風はキースの手から紙ひこうきを奪い去る。

2013-04-07 21:51:47
かんころもち @ka_n_ko

あ、と焦って手を伸ばしても届かない。風に煽られた足跡の紙ひこうきは、力なくビルの谷間へ落ちて行く。当然、向かいの窓へは届かない。キースにはついぞ気付かないまま、少年もまた部屋を出て行った。扉の向こうに少年の背中が消える。キースはたまらず、椅子を蹴ってオフィスの外へと駆け出した。

2013-04-07 21:54:23
かんころもち @ka_n_ko

途中、すれ違ったCEOがどこへ行く、と叫ぶのも構わず、転げるような勢いでビルの外へ。行きかう車に轢かれそうになりながら反対側の歩道へ駆け付け、辺りを見回してみても、少年の姿は見当たらない。肩を落としてうなだれるキースの足元には、先程風に攫われた足跡の紙ひこうきがあった。

2013-04-07 21:56:27
かんころもち @ka_n_ko

拾い上げたそれを、むしゃくしゃとした気持ちのままもう一度空へめがけて飛ばす。風を掴んだ紙ひこうきは高く舞い上がり、街の上空を飛び、そして人知れぬ裏通りの一角へと舞い降りた。そこには、キースが投げた幾つもの紙ひこうきが転がっている。足跡の紙ひこうきもまた、静かにそこへ横たわった。

2013-04-07 21:58:42
かんころもち @ka_n_ko

一度地に足を付けた紙ひこうきの物語はそこでおしまい。いつか雨に打たれて、数多の紙ひこうきはびしょびしょに濡れてごみに変わる。キースが少年に抱いた、淡い恋心もまたここで終わり。……けれども、それで本当に良いのかい? 諦めてはいけないよと、誰かの声が聞こえた気がした。

2013-04-07 22:01:12
かんころもち @ka_n_ko

一陣の、風が吹いた。地に落ちたはずの紙ひこうきがカタカタと震え、もう一度ふわりと浮いて切っ先を空へ向けた。足跡の紙ひこうきはらせんを描いて風に乗り、そこに落ちていた他の紙ひこうきと共に高く、高く空へと舞い上がる。紙ひこうきは隊列を組んで一つの場所を目指した。目的地はキースだ。

2013-04-07 22:04:03
かんころもち @ka_n_ko

とぼとぼと肩を落とし会社へ戻ろうとするキースの背中を、こつんと叩くものがいる。振り返ればそこにあったのは、先程どこかへ飛ばして捨てたはずの紙ひこうき。眉をひそめてまたそれを飛ばしたはずなのに、くるりと一回転して戻った紙ひこうきは、またキースの背中に突き刺さる。

2013-04-07 22:05:48
かんころもち @ka_n_ko

無視して立ち去ろうとするキースを咎めるように、更に数個の紙ひこうきがキースの背中を叩いた。振り払い、歩きだす。今度は顔と腹にめがけて飛んでくる紙ひこうき。振り払っても、はたき落としても、数多の紙ひこうきが飛来し、キースを取り囲み、あっという間に捕えられてしまった。

2013-04-07 22:09:54
かんころもち @ka_n_ko

慌てるキースにはお構いなしに、キースを覆った紙ひこうきが彼を引きずりどこかへ飛んで行こうとする。抗おうともがくもむなしく、キースは紙ひこうきと、それが巻き起こす風によってどこかへと連れ去られようとしていた。

2013-04-07 22:11:09
かんころもち @ka_n_ko

一方その頃、会社での面接を終えた少年――イワンは、花屋の店先で薔薇を眺めていた。薔薇ってトイレの匂いに似ているなあと失礼な事を考えていた彼の鼻先に、どこからともなく飛んできた紙ひこうきが突き刺さる。驚きそれに目をやったイワンは、その表面に見覚えのある足跡を見付け、ぎょっとなった。

2013-04-07 22:12:29
かんころもち @ka_n_ko

ちょっと、まさかこれ、今朝の。慌てるイワンの手をすり抜けて、紙ひこうきはふわりと空へ舞い上がる。待って、待ってと走るイワンを導くように、足跡の紙ひこうきはくるりくるりとイワンの鼻先を掠めて飛んだ。見失わないように、けれどもけっして捕まらないように。

2013-04-07 22:15:11
かんころもち @ka_n_ko

紙ひこうきに巻き込まれたキースは、どんなにふんばろうと懸命にもがいても敵わず駅まで連れて来られていた。最後の抵抗とばかり、柱にしがみついてその場に踏みとどまろうと試みたが、力及ばずモノレールの中へ連れ込まれる。無理矢理席に座らされ、断ちあがろうとすれば紙ひこうきに抑えつけられる。

2013-04-07 22:16:46