思いつき文「ミッドナイトコール」

狐絽 @RoughingFox

携帯から着信音が鳴る。眠気に滲む視界で時計を見ると、時間はまだ3時21分。少なくとも誰かに目覚ましの代役を頼んでいた記憶は無いなと携帯を手に取る。ディスプレイには見覚えの無いナンバーがしっかり表示されていた。随分と堂々とした迷惑電話だと思いながら電話を取る。 #ミッドナイトコール

狐絽 @RoughingFox

切るでも良かった。だが余りの堂々とした着信に拍子抜けしていた.。寝ぼけても居た。 「もしもし。」寝起きの幾らか枯れた声で電話口の向こうに告げる。 「こんばんは。」聞き覚えの無い声が返ってきた。「誰？」尋ねると心外とばかりに「わからない？」と問われた。 #ミッドナイトコール

狐絽 @RoughingFox

男とも女とも撮れる中性的。いや、加工が施された声だ。聞き覚えもくそもない、そもそも手の加えられた声。「分かるか」少し苛ついていた。頼んでもいない、誰なのかも分からない、加工された声の相手では流石に睡眠を妨害されたという事実が強く浮かぶ。興味も引いてしまう。 #ミッドナイトコール

狐絽 @RoughingFox

相手が何かを言おうとした息遣いか呼吸が聞こえたが無視して通話を切る。明日は、もとい今日は休日で予定もない。携帯をサイレントモードに切り換えて部屋の隅のクッションに放る。床に落ちた音がしたがな、横になり目を閉じる。眠気は早々に訪れ、すぐ寝てしまった。 #ミッドナイトコール

狐絽 @RoughingFox

夢を見た。自分の部屋に自分ともう一人居る。自分は寝たときと変わらずベッドで横になりその誰かを見ている。その誰かは寝る前に携帯を放った場所に立っている。これは夢だとはっきり区別が付いていた。その誰かが誰なのかは分からない、ただ、どこかで見た事がある気がする。 #ミッドナイトコール

狐絽 @RoughingFox

尋ねようとした、だが夢だからか口から出たのは「久しぶり」との言葉。誰かは長い髪を後ろで括った女で、夏を意識した爽やかな色合いと軽い雰囲気の服装をしていた。「思い出した？」女は尋ねる。その声は記憶に無い、だがどこかで聞いた事があるような気がした。#ミッドナイトコール

狐絽 @RoughingFox

「まだなんだ。ごめん。」そう言葉を紡いだのを聞くと女は力の抜けた微笑を浮かべて、ただ頷いた。所謂、悲しそうな微笑、それを見た瞬間に目が覚めた。カーテン越しに外の明かりが部屋を照らす。明るい。明かりの程度と腹具合から昼前だろうと憶測を立てながら起きる。まだ眠い #ミッドナイトコール

狐絽 @RoughingFox

身体を起こす。寝る前の水分補給を忘れていたせいか喉が渇いていた。布団から身体を起こし台所に向かう。扉一つを開ければ台所という１Kは手軽だ。水を飲む程度に手軽もくそもないかもしれないが。冷蔵庫から飲み掛けの紅茶のパックを取出して飲む。渇いた喉に冷たさが染みる。 #ミッドナイトコール

狐絽 @RoughingFox

紅茶を飲みきりながら、昨晩の残り物を取り出す。昨晩食べた事もあり積極的に食べたいとは思えないが、それでも空腹である限り腹は鳴る。放り込むようにレンジに入れて暖める。レンジ稼動特有の小さく重く低い振動音を隠すように外から車の走る音が聞こえた、そして通り過ぎた。 #ミッドナイトコール

狐絽 @RoughingFox

まだ喉が渇いている。すぐ直るものでもないとは分かっているがつい水道水を飲んでしまう。カルキ臭くはないが、まさに水道水とばかりの風味が口内に広がる。飲み、暖め、また飲む。行動するうちに眠気が徐々に醒めていく。そういえば妙な夢を見たのだと思い出す。 #ミッドナイトコール

狐絽 @RoughingFox

どんな夢だったか。氷が時間の経過に合わせて溶け消えていくように、確かに覚えていたと思っていた夢の内容が思い出せない。正確には、思い出せるが部分的にしか思い出せない。誰かと話したのは思い出す、それもたった数言だけ。突然甲高い鈴の音。レンジが温めを終えたらしい。 #ミッドナイトコール

狐絽 @RoughingFox

音に吹き飛ばされたように、残っていたはずの記憶も見当たらない。夢を思い出すというのは今まで何度も試した事はある、そしてそのたびに些細な事で忘れてしまっている。そう、まただ。レンジから残り物を取り出して別の事を思い出す。携帯が一切鳴動しない状態である事を。 #ミッドナイトコール

狐絽 @RoughingFox

テレビ、本棚、ベッド、テーブル。そして脱ぎっぱなしの衣類と室内に干された洗濯物。誰かを呼べる部屋でないのは確かだと思いながら暖めた残り物をテーブルに置いた。先に携帯が落ちた辺りを探す。一昨日買って置きっぱなしにしていた本の上にあった。ライトが点滅している。 #ミッドナイトコール

狐絽 @RoughingFox

ライトの色は青色。メールの受信があるらしい。肝心な箸を持ってくる事を忘れていたのを思いだし、携帯を開きながらキッチンに戻る。メールは二通。友人と家族からだ。箸を口に咥えて冷蔵庫からお茶を出しながらメールを開いた。 #ミッドナイトコール

狐絽 @RoughingFox

家族からのメールは妹から。そろそろ母親の命日だから帰ってこれないか、という内容。毎年この時期になると届く、ある種見慣れたメールだ。友人からのメールは所謂親友から。地元でもう10年以上も友人としての付き合いをしている腐れ縁だ。内容はこれも命日だ、との内容。 #ミッドナイトコール

狐絽 @RoughingFox

なかなか稀なものだと思っている。母親の命日は、二度目の恋の相手の命日。二度目の恋の相手の命日は、母親の命日。たった一つの日に、二人の死を思い出さなければならない日があるというのは。二人には同じ内容を返す。今年も帰る、とだけ。 #ミッドナイトコール

狐絽 @RoughingFox

携帯の表示を落とし残り物に手を着ける。昨晩の出来具合は良いとは言えなかったが一晩置くとなかなかに悪くない味だ。命日の話をされたからか、その味が母親の出していた味と似ているとふと思った。今更、その程度で感傷に浸ることも泣く事も無くなった。これは、寂しい事か。 #ミッドナイトコール

狐絽 @RoughingFox

しっかりと帰るつもりではいた。テレビを着ける。世の中は連休中。此方も休みではあるがこの地域に友人が一人も居ない身の上。ただただ部屋に籠もるか買い物に行くか程度の予定しか持ち合わせていない。命日は連休の後。往復でラッシュの苦労を味わう事がないのが救いだ。 #ミッドナイトコール

狐絽 @RoughingFox

ドキュメンタリー番組がやっていた。よく討論番組で見る顔が何人かいる。辛口コメンテーターらしいが、此方に言わせれば単に非難したいだけの人種にしか見えない。面白みは感じないが無音の室内でただ飯を食べるというのも虚しさはある。閑静な住宅街のために外も静かだ。 #ミッドナイトコール

狐絽 @RoughingFox

飯を食べ終え食器を流しに置く。着替えを始める。季節は秋の頭。窓から外を見るに丁度外を歩いている人も秋を意識し始めた程度の服装だ。秋ものの上着を羽織る。冷蔵庫の中を確かめ、忘れ物がないかとも確かめて家を出る。徒歩15分程。駅近くのスーパに向かった。 #ミッドナイトコール

狐絽 @RoughingFox

天気は快晴。これでもう少し暖かければ歩いて遠出もよかったかもしれない。だが生憎とそこまで温かくも無ければ、温かくも無い為に遠出する気力も湧かない。せいぜい片道15分の距離が限界だ。連休中の昼のためか人の姿はなく、車の通りも少ない。 #ミッドナイトコール

狐絽 @RoughingFox

せめて金銭に余裕があるならばと一瞬考えたが、余裕があったところで何処かに行く事はなかっただろう。一先ず夕飯は何にするか。昨晩が肉肉しかった分、今日はヘルシーにいくのも良いかもしれない。突然、金属質な何かが倒れる音がして足と思考が止まる。ピーマンで止まるか。 #ミッドナイトコール

狐絽 @RoughingFox

夕飯はピーマンを使った何かにするとして、音の方を向く。覚えのある音と思ったら、自転車が倒れていた。そして小学生くらいだろう女の子も。周りに親らしい姿どころか通行人すら見えない。無視する訳にもいかず少女と自転車に近付く。少女が泣いているのが聞こえ、見えた。 #ミッドナイトコール

狐絽 @RoughingFox

少女に覚えはない。近所に子供のいる家はあるが今のご時世見ているだけで通報されかねない。近所の子であろうと覚えられない。 「大丈夫？」 可能な限り優しく言ってみるが声が裏返った。少女は真顔で裏返った声を出して恥ずかしそうにしている大人を見て泣くのをやめた。 #ミッドナイトコール

狐絽 @RoughingFox

少女の表情は分かり易い程に変化した。誰かと見間違えている可能性がある。自転車を起こしてあげながら、少なくとも知り合いではない事をやんわり伝えるにはどんな言葉が良いか考える。 「ありがとう。」 少女の口はそう言った。言葉を見せたが、音までは聞こえなかった。 #ミッドナイトコール